第15話 僕のマシュ・・・

 お昼ご飯は、叔父さんが囲炉裏料理の専門店という珍しいお店に連れて行ってくれた。文字通り囲炉裏を囲んでそこで調理された魚や豆腐や茸等をいただけるという店だ。さすが叔父さんが連れて行ってくれる店だけあって、なかなか趣きのあるいいお店だった。昨晩はごちそうだったけど、この料理なら昨夜苛めた胃袋にも優しくて健康的だし、カロリー的にも優しい。女子に対するこの辺のり気無い気遣いが大人というか、叔父さんらしい優しさだ。


 食後は画廊を訪れたり、おやつ時に食べ歩きしながら訪れた揚げ物屋さんで購入した塩辛入りの珍しいコロッケや、煎餅屋さんで買ったでっかい煎餅等、この土地ならではの美味しい物を色々と楽しんだ。

 祖父母には五つ星のお店で焼き菓子をお土産に購入したが、実はこの焼き菓子はお祖母ちゃんからのリクエストで、帰ってからお祖母ちゃん秘蔵の美味しい紅茶を飲みながら一緒に食べようと約束しているのだ。お祖父ちゃん用には一応別途箱根の地酒も購入してある。クラスメート用にも幾つかお菓子やチョコレートを購入して宿に戻った。

 宿に戻るとまた温泉だ。今回はもうヘアトークは無しで順調……であるかに思えたが、今度は叔母さんのレクチャーでおっぱい体操なるものが始まってしまった。

 バストはなるべく揺らしたりしない方が型崩れしないというのが常識と思われているらしいのだが、最新の研究によればその限りでもないらしい。何でも固くなってしまってはいけないのだそうで、俺とかみたいな初心者(何の初心者なのかという話だが、まぁ想像した通りの意味だと思うよ、多分)のバストはまだ固いらしい。

 叔母さんのを触らせてもらった——これもおっきくなってからは初めての経験でちょっとドキドキしたが、向こうも何とも思ってないようだし、こっちはこっちで意外にも全然邪な気持ちにはならなかった——ら、マシュマロみたいにフワフワして柔らかかった。この際だからいつもの仕返しに秋菜のも揉ませてもらったが、何と俺のより断然フワフワで敗北感に苛まれる羽目になった。

 こうして触ったり触られたりを抵抗なくできてしまってることや、フワフワ感で敗北を感じたりしている自分に後になって気づき、ショックを受けた俺。女として負けたという事実に落ち込んでしまう俺。最早自分のことを俺って呼んでるくらいで、ほぼ女子なんじゃないか、俺。

 しかしおっぱいは触る側に限るな。あのフワフワな触り心地は何とも気持ちがいいよ。男のままでいたら未だにあの感触を知ることはできなかったろう。男が無闇にやったら犯罪行為だからな。あのフワフワはいいぞ、幸せのマシュマロ心地だよ。やべぇ〜、友紀ちゃんの気持ちがちょっと分かってしまう俺やべぇ。

 湯船の中でも秋菜とキャッキャはしゃぎながら無邪気に触り合いっこをしている内に、二人共のぼせて鼻血を出した。念の為に確認しておくけど、この鼻血は全然エロいやつじゃない。ただののぼせ。触り合いっこも単純に子どものじゃれ合いと同じで、お互い全然エロいことは考えてなかった。……はず。

 因みに、お風呂の中で叔母さんにマッサージをしてもらっただけで、ブラをした時の谷間が今までよりハッキリクッキリできて、バストポジションもアップしていてちょっと感動した。やり方をしっかり習って毎日やろうと思った。


 風呂から上がると叔母さんと叔父さんはまた二人で散歩に出掛けてしまったので、秋菜と祐太を誘って温泉卓球大会と相成った。もちろん温泉卓球の公式ユニフォームである旅館の浴衣着用だ。秋菜のやつは俺とほぼスペックが同じなので、流石に手強くなかなか勝負が着かなかった。祐太のやつは年下だけあって、まだまだ俺たちのレベルにまでは達していないようで、軽くボコっておいた。ボコられた当の祐太は、何故か頬が上気して心無しか嬉しそうに見えた。やっぱりよく分からんな、思春期は。難しいお年頃だね。

 祐太をボコって気持よくゲームを終え、また素晴らしい夕食に舌鼓を打つ俺だった。そして祐太の態度も若干だが軟化したように見える。俺の威厳、若干回復か? あれ、もしかして祐太って、俺が女子化してしまったから今までみたいに気楽に接することができなくなって、どう接していいか分からなくなってるだけなのかなぁ。まぁな、俺もなかなか自分の中でどう消化していいのか分からなかったもんな。この旅行中に、急激に自分の中の受け入れられなかった部分が瓦解している気がするんだが、それに対してまだ怖さを感じている自分もいる。そんな俺の方の急激な変化に、祐太の方も俺以上に追いつけなくて、わけ分からなくなっているのかもしれない。他のうちの家族共がそもそも柔軟に受け入れ過ぎなんだよな。祐太は見てると結構真面目なやつだからなぁ、そう単純にはいそうですかとはならないのかもしれない。

 何か一人で勝手に納得した俺は、夕食後に旅館のリラックスルームに祐太を誘って、一緒に小田原サイダーを飲みながら話した。


「ごめんね、祐太」


「え?」


「俺、自分の身の上に起こったことだけで一杯一杯でさ。祐太の気持ちのこととか全然考えてあげられてなかったよ」


「……」


「俺がこんなになっちゃってさ。こっちはこっちでこの状態に慣れようと必死だったんだけど、そうやって急に変わっていく俺に、お前どうしていいのか分からくなってるんじゃないの? 実際当の本人がどうしていいのか分からなくなってるくらいなんだからさ。違う?」


「……」


 祐太は黙ってうつむくばかりだ。

 何だかこの間が持てず、小田原サイダーに口を付ける。


「ふぅ、美味し」


 ちらっと祐太を見やれば、また顔を赤くして俯いている。せっかく奢ったんだから飲めばいいのに、小田原サイダー。微温ぬるくなるぞ。


「まぁな、祐太にしてみれば秋菜がもう一人増えたような感じなんだろな。そりゃキツイわな。だけどね、俺がこんな風に女になっちゃっても、俺は俺だからさ。秋菜みたいにキツイ姉さんが増えるわけじゃないから、安心しな。ね?」


「……」


 祐太の頭をガシガシと手荒に撫でながら顔を覗き込むが、ますます真っ赤な顔して俯いているだけだ。ダメだったか。こうして祐太の顔をまじまじと覗き込んでいると、やっぱり俺と似た顔立ちだ。特に男だった頃の俺な。どうせほぼ似たような遺伝子なんだろう。あ、睫毛長いなぁ。キュッと鼻筋が通っていて唇の形もはっきりしている。なかなかイケメンじゃん。まあ俺には敵わないがな、ワッハッハ。なんて呑気なことを思っていたら矢庭に祐太が立ち上がったかと思うと、サイダーを流し込むようにして一気飲みし、案の定ゲホゲホ咽込んでいた。

 呆気にとられていると、今度は早足で俺から離れて一旦立ち止まり、そのまま

「待ってて。いつになるか分からないけど、待ってて」

と意味不明なことを口走って部屋に戻って行った。


「……何を待ってりゃいいんだろうな」


 俺は残りのサイダーをちびちびやりながら、ぼんやりと瓶が空になるまでの時間を潰した。

 結局祐太との関係修復はうまく行かなかったか。はぁ、思春期むずいな。まぁ、何か知らんが待ってろって言うんだから待ってりゃいいか。何を待つのか知らないが。

 その後、空瓶を何処に捨てたらいいのか分からず暫く探し歩いて、結局仲居さんに頼んで処分してもらい部屋に戻った。


 部屋では叔父さんと叔母さんが二人でお酒を飲んでいた。邪魔しちゃ悪いかと思って寝室にしている部屋に行こうと思ったんだが、付き合えと言うので腰を下ろした。ジュースを勧められたが、サイダーを飲んできたばかりだったので、スナック菓子をつまみながら輪に加わる。

 祐太は寝室に篭ってしまったようだ。秋菜がまた隣に移動してきて抱きついてくる。無視していたのだが、やけに絡んでくる。よく見ると顔が赤いし若干眼がとろんとしている。


「え、お前もしかして酒飲んでない?」


「へへぇ、バレちゃった? ちょっくら失敬しちゃいました〜」


 叔父さんの方を見ると、眉間を抑えて首を振っている。叔母さんの目がヤバイ感じに座っている。俺は思わずブルっと悪寒が走り正座してしまった。


「ちょっと油断した隙に飲まれた。後で厳重注意しておく」


 叔父さんはそう言って日本酒を手酌で飲んでいる。この空気、何とかしなくては。俺はとにかくどうにかしなくてはと話題を変える。


「いやぁ、塩辛コロッケ美味しかったねぇ」


「ん? ああそうだね。ビールのつまみにしたら最高だろうなぁ〜。帰りにもう一回寄って行こうか」


 叔父さんがさっと空気を読んで話に乗ってくる。なのに元凶の秋菜は空気を読まずぐうすか寝ている。


「いいねいいね。あとあの手焼き煎餅のさ、シソ味とゆず味が珍しかったよねぇ」


「おぉおぉ、あれな。うんうん。珍しいといえばあれはどうだった? ほら、えっと、そばソフトクリーム」


「あー、あれね。意外に美味しかったねぇ〜。ていうかこうして振り返ってみると、随分食べちゃったねぇ。帰ったらダイエットだなぁ」


「はは、そうだね。随分食べてたなぁ。でもそんなこと全然気にしなくてもとっても魅力的だよ、夏葉ちゃんは」


 うっ。叔父さんの不意打ち。そんなこと言われて嬉しいとは。乙女心揺さぶってくるな、叔父さん。何だか叔父さんがキラキラかっこよく見えるぜ。————って、乙女心? 今乙女心って言った、俺?

 恥ずかしさのあまり俺は赤面、叔父さんはイケメン。ってライムキメてる場合か。ヤバイな俺。女の子かよ。……女の子だよね。トホホ。

 叔父さんが手を伸ばしてきて優しく頭を撫でてくれた。何かくすぐったいけど嬉しいな。ちょっとにやけてしまう。


「育ち盛りなんだからさ、無理にダイエットなんかするより健康的な方がいいと思うな」


 うぐ。何だか子供扱いされた。ちょっとショックで凹む。モデルの仕事だってしてるのに。まぁ身内の手伝いみたいなものだけど。いかんいかん。軽くテンション下げてる場合じゃないのだった。この場のヤバイ空気をなんとかせねば。


「楽しかったよねぇ〜。ねぇねぇ、またみんなで旅行しようね」


 叔父さんは優しい顔で頷いている。いつもの感じだ。叔母さんも凄く柔らかい表情で俺に眼差しを向けている。


「夏葉ちゃんが楽しんでくれてよかった。夏葉ちゃん、なんか変わったわね。こっち、いらっしゃい」


 そう言って叔母さんは自分の横をトントンと叩いている。その場所に移動すると優しく抱き寄せられておでこにキスしてくれた。


「女の子になったわ。いい子いい子。愛してるわよ、夏葉ちゃん」


 そう言ってまたずっと頭を撫でてくれた。この体になって不安もいっぱい感じるが、この旅行中こうして何度も優しく抱きしめられて愛情を注いでもらっている。だから幸せも同じくらい、いや、それ以上にもらってるかな。

 ほんわかと優しい時間が流れる中、部屋には秋菜の高鼾たかいびきだけが響き渡っていた。

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