第14話 爪
夕食はさすが
メインだった和牛A5ランクは、香りといい、口溶けといい、普段食べているものとはまるで別物だった。
正直うちは財閥系で元は華族という家なので、一般庶民とまでは言えないものの、日頃の食生活でそんなに贅沢三昧しているわけじゃない。いや、普通からすると贅沢な部分はあるのかもしれないが、それでも普段当たり前にスーパーで食材を買って使っているわけだから、知れているでしょ。
山菜の天麩羅も香りよく、新鮮で柔らかくて素材が持つ甘みが感じられる。聞けば裏山でその日使う分だけ野草や山菜を採ってきて調理しているんだそうだ。
他にも川魚の燻製や甘露煮、鮎のうるかとか、俺にとっては珍しかったり手の込んでいたりする料理が盛り沢山。いずれも盛り付けが美しく、目にも美味しい料理だった。板前さんの腕と手間暇惜しまぬ情熱に拍手を送りたい。
素晴らしい料理にみんなでワーワー興奮しながら舌鼓を打つ様子に、叔父さんも満足そうに終始にこやかだった。尤も普段から柔和な人だけど。
夕食が終わって暫くして、叔父さんと叔母さんは二人で散歩に出掛けてしまった。相変わらず仲の良いことだ。
秋菜も喜んでいるし、クラスでもちょっとした評判になってしまって、何人かの女子たちにやってあげた。俺の爪は当然秋菜が好き放題にやるのだが、秋菜もやはり手先が器用でセンスがいい。なかなかのクオリティで可愛くしてくれる。って俺は一体何処へ向かっているのだろうね……。
そんなことを考えている内に秋菜のネイルに当てていたLEDライトのタイマーが切れた。ジェルがLEDライトで硬化するタイプなのだ。
「はい、できたよ」
「うひょ、ちょぉ〜かわいい。ね」
そう言って俺に指先を見せてくる。たった今俺が仕上げたんだってのに、見せてこなくても分かるよ。
「ほら、いいでしょ、かわいぃ〜。ね」
「うん、かわいい」
俺が同意すると心底嬉しそうに満面の笑顔を浮かべて、ずっと手を
「はぁ、もう
「ゲフッ」
秋菜が抱きついてきて頬擦りしている。衝撃で肺内の空気が一気に強制排出されて変な排気音が出てしまった。
「ぐ、ぐるじぃ(く、苦しい)……」
本気で苦しむ俺に追い打ちをかけるかのように、秋菜は俺の顔という顔にチューを浴びせまくってくる。遠のいて行く意識の中、奥の方で祐太が苦々しい顔をしているのが見えた。
意識が戻ると目の前に秋菜がいて、一瞬俺がいると思ったくらいだから、俺もこの体にかなり馴染んできたということだと思う。起きようとするのに身動きが取れないと思ったら、秋菜と仲良く抱き合って寝ていたようだ。気を失ったような気がするんだが眠っていたのか、おかしいなぁ。
それにしてもさっきからスマホが引っ切り無しに鳴っていると思ったら、叔父さんが俺と秋菜の寝姿を激写、LINEに投下、家族からコメントが付きまくるといういつものやつだった。もうやだこの人たち。そんなことよりさっき目が覚めたばかりだというのにもう寝る時間である。
男子と女子に部屋が別れて、女子グループは俺含めて三人。布団を仲良く三つ横に並べて寝ることになった。何で俺が真中の布団なのか嫌な予感しかしないが、秋菜と叔母さんによる強権がまた発動したわけだよ、また。
「夏葉ちゃん、わたしもギュウってしていい?」
「叔母さん……?」
何言い出すんだよ。俺を真中にするなぁとは思ったけど、まさかそんな目論見があったとは。
「だって子供の頃はいっつも秋菜と夏葉ちゃんのことギュッてしてたのに、大きくなったら男の子だし流石にできなかったじゃない? でもこうしてせっかく女の子になったんだから、また昔みたいにギュッてしたいなって思うじゃない。写真撮って
「あ、写真撮る気だ。母さんに見せる気満々だ」
「四の五の言わないのっ。エイッ! う〜ん、夏葉ちゃん。わたしの大事な大事な娘。いい子いい子」
思っていたより叔母さんのハグは優しくて、頭を撫でられてたら何となく毒気が抜かれたというか、何だろうなこの安心感。懐かしくてくすぐったい感じ。
「今よ、秋菜ちゃん。カメラカメラ!」
「え……? ちょ、ま。撮るなって」
「いーねいーね。いただきー」
「だ~っ、俺の純情返せーーっ。泣いてやるっ、泣いてやるぅっ」
「秋菜も乱入〜っ。とぉ!」
もうそれからはキャッキャキャッキャと何だか修学旅行のようなノリの騒ぎになった挙句、叔父さんから厳重注意を受けてしまった。
結局、騒ぎ疲れてそのまま爆睡。どんだけ寝るんだよ、俺。あと秋菜も。
朝起きて感じたのが肌がつるっぴかになっているということだった。それは秋菜も叔母さんも同様だった。温泉効果、恐るべし。
「「「温泉! 行くよ、温泉に!!」」」
そんなわけで、女子グループは朝食前にひとっ風呂浴びることになった。
よく考えたら、俺までなんか温泉の美肌効果につい興奮して意気投合してしまったんだが、女子化にどんどん馴染んでしまっていることに空恐ろしさを感じる。
それにしても、こんな朝から温泉に入っている人は俺たち以外にいないようだ。結構朝から入ってる人もいるのかと思っていたんだけど、すっかり貸切状態、若しくは家族風呂かっていう感じ。男性陣はいないけどね。
叔母さんや秋菜の毛無しさんがやっぱり目に入ってきて、必然自分の処理されていない毛と較べてしまう。う〜ん、今まで全然気にしていなかったなぁ。ツルツルにしちゃうといっそ清々しいくらいな気もしてきたな……。
「どれどれ、えいっ」
「いったぁ〜い。何すんだよ!」
何をされたかって言うと、秋菜が俺の毛を引っ張ったのだ。世間じゃデリケートゾーンと呼ばれるくらいなのに、何しやがる。普通しないよな。涙目になったじゃないか。
「フフフ。悔しかったらやり返して見給えよ〜。おーっほっほっほ」
秋菜は、自分の毛のないデリケートなゾーンをこれ見よがしに突き出して挑発してくるんだが、それは流石に酷過ぎない? こいつは幾ら家族だからって羞恥心というものが無いのだろうか。祐太に対してこんなことしないだろうが? とは言え、俺もつい食い入るように見てしまったんだが。……一瞬な、一瞬だけだよ。直ぐに我に返って冷静さを取り戻したって。
「ふん、せいぜい風邪引かないようにな」
俺はそれ以上秋菜に構わず、かけ湯をして、叔母さんと一緒にまったり露天風呂に浸かった。暫くして叔母さんは立ち上がって
因みに叔母さんのは縦棒状になっていて、毛は短めにカットされている様子だ。大人風に言えば、ワンフィンガー的な? ホントは何ていうのかよく分からんが。う〜む、何も生えてないよりこの方がエロい気がする。
なんて俺も随分無遠慮になってふむふむと観察していたら
「夏葉ちゃんのエッチ」
と、叔母さんに頬を赤らめられた。
そんな恥じらいなんてホントは無いくせに、一瞬俺も焦ってしまったじゃないか。実際秋菜同様その部分を突き出して見せてるんだから恥じらってなんかいないのだ。やっぱり母娘だな。ここの家族ときたらホントに明け透けというのかオープンというのか……。まぁ考えてみたらうちの場合も割り合いそうなんだが、妹がまだ小学生ということで多少の配慮はしていたわけさ。うちはね。しかし俺ももうこのメンバーの中では、コソコソしている方が何か負けな感じがするので、すっかり遠慮無く、素朴な疑問をぶつけてみた。
「ねぇ、それって鋏でチョキチョキやるの?」
「え? これはねぇ、専用のヒートカッターを使うのよ。鋏だとカットした断面が尖っちゃってチクチクするんだけど、ヒートカッターは毛を焼き切るから毛先が丸まってチクチクしないのよ」
「ふ〜ん、そうなんだ」
ほらね。何ら
こういう人たちなんだ、うちらの家族は。俺なんて最早全然男扱いなんてされてないんだから。実際体は完璧に女子だしね。
さて俺はどんな風にするかなぁ、なんてすっかりその気になっているなんて流され過ぎじゃね、俺?
「あ、そう言えば明後日予約入れておいたから、叔母さんと一緒に行きましょ。母娘水入らず、エステのフルコースで女を磨きましょうね、夏葉ちゃん」
「あ、あはは。あははは」
まぁうちの場合は親が双子同士だし、ほとんどどっちも親みたいなもんだし、実際母娘と言っても何の違和感もないんだが、エステで一緒に女磨きとか言われても流石にね。笑いも引き攣るってもんですよ。
「楽しみだわぁ。まさか夏葉ちゃんと一緒にエステする日が来るなんてねぇ、うふふ。今回は秋菜ちゃん抜きで二人で楽しみましょうねぇ〜」
そんなに嬉しそうな顔されちゃあしょうがないな。親孝行と思って一緒に楽しむか。秋菜はいいんだろうか。まぁいいや。
それにしても結局風呂に入っちゃあヘア談義に終止してるのは
朝食は模範的な温泉旅館の焼き魚定食だった。
味噌汁の出汁も丁寧に取ってあるし、お新香の漬かり具合も最高。これもちゃんと手作りしているなぁ。あれ、俺って年寄り臭い?
朝食の後は、旅館の近所を散策したりしてのんびり過ごした。
祐太の態度は相変わらずだ。思春期むずいな。何だか避けられているし、チラチラこちらを気にしている様子かと思えば次の瞬間には苦々しい顔をしている。この旅行中にちょっとは改善されるかなとちょっと期待していたのだが、逆だったな。折を見計らって話し合ってみようかなぁ。
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