第11話 Girl

 叔母さんと母が経営しているDioskouroiディオスクーロイの路面店の方は、主に女の子に客層を絞っていて、尚且つ品揃えもデパートの方より充実しているようだ。

 こちらの店長さんはデパートの店舗の店長より若く、尚且つよりガーリーなファッションだ。かなりフレンドリーにお客さんに接しているように見える。言い方を変えると、正直チャラく見えた。

 店の様子を外から覗いていた俺たち——と言うより主にオーナーである叔母さんだな——に気付いた店長さんは、接客を終わらせると入口の方に近づいて来た。


愛彩あやさん、お疲れ様です。本日は視察ですか?」


「お疲れ様。京子きょうこちゃん、今日はプライベートよ。娘たちとショッピングなの」


 叔母さんは店長に俺たちを嬉しそうに紹介してくれた。て言うかこの店長うちの母と叔母さんの見分けがつくんだな。デパートの方の店長もそうなんだけど、俺と秋菜同様にそっくりなのに、よくもまあ見分けがつくものだ。


「お世話になってます。長女の秋菜です」


 ん、長女? しまった、先手を打たれたか。まあ今やどうでもいいがな。


「こんにちは。秋葉あきはです。お世話になります」


 何か癪に障るから、敢えて自分が妹だという(設定になっている)点については何も説明を加えない。ただ念のため、ここでも本名ではなく、双子設定用の名を名乗る。


「どうも、初めまして。店長やらせてもらってます、綾瀬あやせ京子っす。てか娘さんまで双子さんっすか? お二人共超カワイイっすね」


「うふふ、そうでしょう。自慢の娘たちなのよ〜」


 この店長さん、見た目チャラいけど喋ると体育会系になる。


「二人共凄くスタイルいいから何でも着こなせそうですよね」


「ここで扱ってるJohn Bull Tumbleって言うブランドありますよね。最近あそこの服がお気に入りなんです」


「あ〜〜、ジョンタンの服かわいいっすよね〜。え〜っと、こっちになりますね」


 秋菜の言葉に応えて店長さんが店舗の一角を案内してくれた。ていうか、ジョンタンって略すのね。そこには秋菜お気に入りのJohn Bull Tumbleというブランドの服がまとめて置いてあり、マネキンではなくトルソを使ったディスプレイがデパートとはまた違った雰囲気を醸していた。

 アーガイル柄やらチェック柄といった英国の伝統的な生地や柄のものが多く、ブリティッシュ・トラッドがベースになっているらしい。そこにパンクっぽさやモッズっぽさが同居しつつ、それでいてガーリーな雰囲気が絶妙のバランスで盛り込まれている。——と言うのは秋菜からの受け売りである。そう言われてみると確かにその通りなのだろう。パンクでかわいいけどどこか上品で、秋菜が気に入っているのもよく分かる気がする。でもミニスカは未だハードルが高いんだが。

 この店では結局、そのブランドのTシャツを2点とブラウス、そしてスカートと七分丈のコットンパンツとデニムパンツを購入した。スカートは短めだがこの前買ったのほどではない。あと別ブランドの財布も購入した。秋菜も数点買い物をしていたようだが、自分の買い物があったので彼女が何を買ったのかは見ていなかった。服はお互いに共有しているので、お揃いは無駄だろうと秋菜を説得し、別々に見て回ったのだ。

 俺の分だけでも八万円ほどにも上る買い物になったが、全部叔母さんの奢りだ。さすがオーナーだけあって太っ腹。それにしても華名咲家の女性陣は総じて買い物好きだ。と言うかどこかオカシイのじゃないかとすら思う。叔母さんや母なんて、数十万とか百万単位の買い物を平気でしているから、金銭感覚が俺ら中高生とはまるで違うのだ。親父や叔父さんも大変だなぁ。もっともガッツリ稼いでいる様子だが。

 さて、その後は靴屋でスニーカーと編み上げサンダルを購入。女子化がどんどん進むぞ、おい。


 夕食は叔父さんの提案で結局フレンチではなくイタリアンとなった。

 叔父さんと待ち合わせて、リストランテPARADISOパラディーゾで食事した。ここは初めてだが、例によって系列店だそうだ。

 祐太のやつはマジで忘れられていたようだ。結局いつもの様に、独りで階下にあるコンビニで弁当を買って食べる羽目となるのだった。かわいそうにな。

 叔父さんがご馳走してくれたのはちゃんとしたコース料理で、一品一品の量は少ないが進み行くにつれて満足度が増して行くようによく計算されている。


「今日は何を買ったの?」


「夏葉ちゃんのお洋服と靴をうちのお店で買ったのよ」


 叔父さんの問いに叔母さんが答える。


「ふうん、ディオスクーロイでか。いい服を買えたかい?」


 叔父さんが俺の方を見て訊いてくる。あんまりその話はしたくないんだが。


「あ、うん。女の子の服ってまだよく分かんないんだ。Tシャツとかデニムは一応自分で選んだけどね。身長は変わってないのに前に着てたTシャツとかジーンズとか体型と合わなくなっちゃってさ」


「女の子と男の子は骨格も肉の付き方も違うからね〜」

と叔母さん。


「あはは、それは仕方ないね。学校ではどう? 問題ない?」


 叔父さんが優しい声の調子で、今までとは環境が変わり過ぎた俺のことを気遣ってくれる。


「う〜ん、女子高生ってもんにはなかなか慣れないけど、まあ、それなりにやれてると思う」


「ホントかな〜。夏葉ちゃんがちゃんとやれてるか心配だよぉ。わたしたちって見た目そっくりだから結構注目されてるみたいでさ。男女おとこおんなとか評判立てられたりしたら秋菜絶対やだからね」


「大丈夫だって。そこそこやれてるって」


「そこそこって何よおっ」


 叔母さんは、そんないつもの二人のやり取りをニコニコして眺めている。

 きっと双子の姉妹を見るような目で俺たちを見ているのだろう。自分自身がうちの母と双子の姉妹だからな。

 そうして会話しながら食事は進み、デザートがテーブルに置かれた。でっかいはまぐりの貝殻のような形をした焼き菓子で、全体に粉砂糖が振られている。カメリエーレがこのお菓子について紹介する。


「ドルチェはナポリ地方の焼き菓子スフォリアテッレでございます」


「うわ〜、美味しそうっ」


 秋菜の声が合図になって他のみんなも感嘆の声を上げる。


「形もかわいいわね」


「さあさあ、我慢できない。食べよう食べよう」


「いただきま〜す」


 サックサクの食感と柑橘系の香りで、パイ生地があまり油っこくなく食べやすい。中に入っているのはアーモンドクリームか。

 以前はあまり好んで甘いものを食べる方ではなかったのだが、女子化してからそこそこ甘いもの好きになった気がする。特に生理前からやけに甘いモノが食べたくなっていた。


「どうだい、ここのデザートは美味しいだろう?」


 確かに美味い。みんなも口々にそう言っている。


「レストラン経営で心掛けていることがあってね。料理がいいのはもちろんのことなんだけど、最後に出てくるデザートには特別に力を入れているんだ」


「へ〜、確かに美味しいよぉ、このお菓子」


 秋菜がしきりに感心している。元々女子だけに甘いものには目がない。


「うん。どうしてデザートに力を入れるか分かるかい?」


 はて。わざわざそう問いかけてくるのは何か特別な理由があるのだろうか。


「女性受け狙ってるんじゃないの?」


 秋菜の説も一理ある気がするが、他にも何かありそうな気がするなぁ。


「そうだね。今時は女性の支持を得るのは必要な経営努力だと思う。それも確かにあるんだけど、デザートって料理の一番最後に食べるものだろう? 一番最後に食べたものっていうのは印象に強く残りやすいんだ。最後がイマイチだとその日食べた折角の美味しい料理の印象よりも、今ひとつだったデザートの印象が最後に強く残る。デザートが美味しければその逆だ。リピーターになってくれるお客さんはどっちだと思う?」


「それはデザートが美味しい方に決まってるわ」


「その通り。実はね、これはレストランに限った話じゃないんだよ。秋菜だって夏葉だって、まあ男だろうが女だろうがね、人に与える印象っていうのは別れ際が一番大事だよ」


「ふむ、なるほどね」


「うん。どんなに愛想を振り撒いたって、別れ際に感じ悪かったら悪い印象が強く残ってしまう。終わりよければ全てよしって言葉があるけど、今話しているのは、どちらかと言うと徹頭徹尾っていうニュアンスが近いかな。最後まで油断しないで他の人の気持ちを損なわないようにしなさいってこと。別れ際まで徹頭徹尾誠実でありなさいと言えばいいかな」


 こういうの、叔父さんらしい言い草だ。普段、決して説教臭いようなタイプの人ではないんだけど、日常生活のちょっとした出来事なんかに絡めて、人生訓のようなものをさらっと教えてくれたりする。これが結構印象に残っていたりするんだよな。


「う〜ん、なかなかそこまで意識してはできてないなぁ」


 秋菜が素直に自分を顧みて感想を述べる。


「確かになかなか難しいことだけどね」


 叔父さんも特にそのことで否定的なことを言ったりはせずに認める。

 でもそうか。男だとか女だとか以前に、人として身に付けるべきことがあるってことだよな。女子化してしまってそのことで結構いっぱいいっぱいになってたから、人との接し方という点では御座形おざなりになっていた気もするな。

 そもそも面倒な局面が多いので心に余裕が無いというか、うんざりしていることが多いものだから、自分自身が人としてどうかとか正直考えてなかった。少しは考えた方がいいかな。

 そう言えば友紀ちゃんの最初の印象は凄くしっかりした真面目な子だったのに、途中から大暴落だったな。これは正に叔父さんが言ってたことじゃないか。なるほどな、改めて身が引き締まる思いだ。ここで引き合いに出される友紀ちゃん。残念な子だよ。

 その日は最後まで美味しく料理をいただいてからみんなで帰宅した。


 帰ると祐太が独り侘びしくコンビニ弁当を食べていた。ゴメンな、祐太。

 お店に併設されているドルチェ専門店で買ったお土産のケーキを、祐太を交えて皆で食べながらお茶を飲んだ。シチリアのカッサータというドルチェ。リコッタチーズとドライフルーツやナッツが中に入った冷たいケーキだ。見た目にもとてもカラフルでかわいらしいものだったが、味の方も絶品だった。

 お店でたっぷり食べたはずだがここでもぺろりと平らげる。甘いもの、こんなに好んで食べる方じゃなかったのに、体質が変われば食の嗜好も変わるというものなのか。

 よく甘いモノは別腹なんて女の子が言ってたが、実際に女性の方が甘いモノを食べた時にエンドルフィンとオレキシンが出やすいらしく、その所為で正に別腹状態になるのだそうだ。詳しい仕組みは知らないが、体の作りがやはり男性とは違うということなのだろう。こういう違いが、いちいち俺に体の変化を思い知らせるんだよな。


 それにしても入学式早々色々あったな。

 ヘンタイの友紀ちゃんに揉まれたり、クラスメイトから質問攻めにあったり、囲まれたし、メディア部の先輩から恥ずい写真撮られたし、その後買い物して外食して……。

 はぁ、疲れたな。明日も学校だし、風呂でゆっくり今日一日の疲れを取ってさっさと寝るか。もちろん日々の日課である女子としてのメンテナンスは怠れない。秋菜のチェックが厳しいからな。因みに入浴に伴う生理対策にも、昨日より慣れた調子で手際よく対応できた。

 男に戻る道からどんどん遠ざかる一方のような気がしてまた大切な何かが抉られた。そんな夜なのさ。

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