第12話 さくらんぼの實る頃(Le Temps Des Cerises)
入学式の翌日からは二日間に渡り学力テストが実施された。
このテストは、中等部からの持ち上がり組より、受験組の方が断然有利だったことだろう。もっとも俺自身は勉強は苦手じゃないし、寧ろ成績は中学時代も常にトップだったくらいで、そんなに心配はしていなかった。今回は別にトップじゃなくたっていいと思っているし、テストを受けてみた感触もそんなに悪くはない印象だった。
結果は思った通り、そこそこ悪くないと言えるものだった。上位の一、二位が受験組の男子で三位が何と秋菜、俺は四番だった。
お陰で秋菜は俺に対してまたお姉ちゃんキャラ(オネエキャラではない)を強調してきて軽く自慢気だったが、俺はその程度のことでそう気に病むような器の小さい男じゃないのだ。野球の打順だったらクリーンアップの頂点、チーム一の大打者のポジションじゃないか。ハハハ、実に立派なものだ。俺は小さい男じゃないのは間違いないが、でも今は女の子だから器の大きな男である必要はないのじゃ。秋菜の奴め、次のテストは覚えておけよ。ウケケケッ。
「やだ、夏葉ちゃんが悪い顔してるよぅ。グヘヘ、グヘヘヘ。デュフフ、デュフフフ」
変態の友紀ちゃんがこっちを覗き込んで両手をワキャワキャしながら悪そうな笑い声をアテレコしている。ワキャワキャってのはどんなかって言うと、うーん、まぁワキャワキャだ。
「友紀ちゃん、変なアテレコしないで」
不機嫌さをちょっと強調して抗議する。
「あ〜ん、今日も夏葉ちゃんいいにほひがするぅ。す〜は〜す〜は〜」
俺の抗議なんて聞いちゃいないな、こいつ。変態チックに絡みついてくる友紀ちゃんを引き剥がし、取り敢えずおでこに一撃手刀をかましておく。頭を抱えてしゃがみこんで悶える友紀ちゃんを見下ろしていると、かなり扱い方が分かってきたんじゃないかという気がする。
「うふふ。夏葉ちゃんも友紀のあしらい方が巧くなってきたねぇ〜。秋菜もだいたいそんな感じで対応してるよ」
という楓ちゃんの評価を得て、俺はますますその確信を強めたのだった。
そんなことをしていたら、教室に例のメディア部佐藤さんが姿を表した。
と、すぐに俺を見つけて席までやってきた。
「はいこれ。先日取材させていただいた記事を掲載してます。写真も使わせてもらったので贈呈させていただきます。フリーペーパーなんだけどね」
ぽんっと俺の机に置かれたそのフリーペーパー『
「!」
即座に裏返して表紙を下にするが、アホの坂田に奪われる。
「な、なんと百合々々しい……」
そう、先日の秋菜とのあの写真が、なんと表紙に使われているのだ。あの写真っていうのはつまり、秋菜と俺が、その、チューしてるやつだ。それが表紙にデカデカと使われている。
慌ててアホの坂田から奪い返そうと試みるが、既に時遅し。クラス中のみんなが集まってきていて我先にと『
「フム。今月号は思った通り、かなり行けそうね。いつもより増刷で行くことにするわ」
と目を爛々と輝かせて誰かに電話していた。
このフリーペーパー
様々な企業の経営者の子息令嬢が集まっている学校だけあって、このフリーペーパーにも多くのスポンサーからの広告収入があり、なかなか本格的な運営なのだ。つまりは俺と秋菜のキスショットを表紙としたこの冊子が町中にばらまかれるということだ。
「皆さん、落ち着いてください。
佐藤さんがそう言うと、クラスメイトから地響きのような
あの写真が校内で、そして町中で人の目に入るのはもう必至である。今更どう足掻いても手遅れだ。そう諦めるよりなかった。
校内でも今月号の
サイン? サインって、俺にどうしろと……。一応なるべく失礼の無いように丁重にお断りはしたが、これからこんなことも起こりうるのだろうか。
今日はそんなこともあって、帰宅した時にはぐったりと疲れていて、ベッドに倒れ込むようにしてそのまま秋菜に電話で起こされるまで眠ってしまっていた。
そろそろ夕食の支度を始めるからというので階下の秋菜の家の方に降りると、リビングのテーブルに
俺はソファに突っ伏して深い溜息を吐いたのだった。
「あら夏葉ちゃん、どうしたの? 溜息なんか吐いちゃって」
呑気に訊いてくる叔母さんに、俺は突っ伏したままフリーペーパーを指差して、
「これだよ、これ」
と返答した。
「これきれいに撮れてるわよね。ホントいい写真だわ。データもらって引き伸ばしてわたしたちの部屋に飾っているのよ、この写真。主人も気に入っててね」
「はぁっ!?」
何たることであろうか。既に叔母さんたちの手にはこの写真のデータが渡っていてパネルになって飾られているというのか。いや、しかしLINEで家族共有されなかっただけまだマシだったと考えるべきか。
「ちゃんとパネルにして愛妃たちにも送っておいてあげたから心配しなくて大丈夫よ」
バレてたぁ。こういう人だった。
はて、そういえばこのところ、祐太と顔を合わせる度に微妙に目を逸らされるなぁとは思っていたが、まさかその写真の所為ではあるまいな。
「これホントいい写真よね。逆光なんだけど、それがまたいい効果出してるわよね。って言うのは旦那が言ってたんだけど、キラキラしてて私もすごくいいと思うのよ。生徒が撮ったんでしょ、これ? なかなかいいカメラマンよね」
あぁ、確か北野とか言ったかな、あのカメラマン。まぁ、きれいに撮れてるけどさ。俺と秋菜がチューしてる写真ばらまかれて素直に喜べないって。
「あったあったぁ」
と、秋菜が奥からアルバムを手にして出てきた。
「ほらほら〜、これ見て、これ」
開いたアルバムのページにあったのは、俺と秋菜がまだ3歳位の頃に、向い合ってキスしてる可愛らしい写真だ。正に『
「あらまぁ、懐かしい写真ね〜。わたしの天使たちだわぁ」
うっとりと叔母さんも写真に見入っている。こんな3歳児の写真なら俺もかわいいと思いもするが、高校生同士ともなるとまた違ってくる。撮られた側としては渋々だったし、エロい感情とかそんなもんは無いけど、見る側は、あのアホの坂田が言っていたみたいに百合々々しいだの何だのという風に見るわけだ。
多分、叔母さんみたいな身内はそんな風に見ないからこんなに喜んでいられるのだろうけども、これが人目に晒されることを考えると背筋にツーッと冷たいものが走る。
「あ、そうそう。前にお話したけど、うちの
などと思い出したように叔母さんが話しだしたのだが、何かとんでもないことを言っている気がするのだけど、気のせいですか。違いますよね。
「はぁっ!?」
とは、本日二発目の驚愕した俺の声である。
「毎月
「へ〜、そうなったんだぁ。モデルとかちょっと楽しみだなぁ。ね、夏葉ちゃん」
とにこやかに、満更でもないと言うように俺に同意を求めてくる秋菜だが、もちろん全然同意できない俺である。俺は再度深い溜息をついてソファに突っ伏したまま暫くは起き上がれなかった。
「さぁさぁ、晩御飯の支度始めるわよ。いつまでもそうしてるんじゃないの」
「秋菜、今日はお前やれ。俺はもう力尽きたわ」
「わたし? いいけどわたしが料理手伝ったらどうなるか分かってるでしょうが」
「堂々とそういうこと言うかよ、まったく。分かったよ、洗い物はちゃんとお前がやれよな」
「オッケー。でもわたしがお皿洗ったらどうなるか分かってるでしょうが」
「うるせーよ。何でもかんでもその手で切り抜けられると思ってんなよ、ボケ」
俺は起き上がると秋菜にクッションを投げつけて、手伝いを始めた。
「もう、またそういうかわいくない言葉使うんだから。いい加減にやめなさいよ、かよちん」
「はぁ? かよちんって何だよ。変な呼び方すんな、ヴォケ」
「そっちこそ下唇軽く噛んで言うな、ヴァ〜カ。イーッだ」
「子どもかよ、ったく」
「はいはい。あなたたちそれくらいにしておきなさいよ。ほんっとに昔から仲がいいんだから」
なんて、これのどこに仲良し要素があったのか分からないが叔母さんからやんわりとストップがかかる。ここで止めないと叔母さんの本気説教が始まってしまう。叔母さんが本気で切れると大変なことになるのは小さい頃からこの体に染み付いているので二人共それ以上言い合いは続けない。
それにしてもモデルの話。しかも
いや待て、ここに犠牲者がいるじゃないか。俺の犠牲の下に成り立つ成功なんて、ちっともウィンウィンじゃないじゃないか。負け組になっちゃう人がここにいますよ。
クソ、どうしてこうなった。否が応でも先が思いやられる展開だ。俺はまた一つ、大きな溜息を吐いた。男としての矜持なんてもはや片隅に追いやられて何処へ行ったのやらだ。遠いなぁ。元へ戻る道は。トホホ。
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