第10話 Bésame Mucho

 正門付近で叔母さん待ちしている状況もいい加減うんざりしてきた頃、腕章を着けた男女二人組が近づいて来た。


「こんにちは。私、メディア部の佐藤といいます。こっちは北野。今、新入生を取材しているんだけど、お二人さん写真にちょっと協力してもらっていいかな」


「はい、もちろんいいですよ。かわいく撮ってくださいね」


「もっちろん。むしろかわいく撮れなかったらこのカメラの性能かカメラマンの腕前を著しく疑うわ。じゃあ、そこの桜の横に二人で立ってもらえるかしら。そうそう、その辺りで。私がお話伺うから二人は自然にしてて。彼が勝手に写真とるから」


「あ、はい」


 秋菜のやつ勝手に請け負いやがって。こういうの苦手なんだよな。


「それにしても二人はそっくりよね。一卵性双生児なのかしら?」


「私達双子ではないんです。実は私達の両親が双子同士なんですよ」


「お父様とお母様がそれぞれ双子同士ということ? へぇ〜、そうなんだ~。それでそんなにそっくりなのねぇ。二人は中等部からの持ち上がり組?」


「あ、はい。私はそうですね」


「と言うとそちらは受験組なのかしら」


「まぁ、そんなところです」


「そんなところというと?」


 やば。細かく突っ込んで来られそうだな。


「う〜ん、正確に言うと系列校からの編入扱いですかね」


「あら。そういうケースもあるのね。知らなかったわ」


 ふぅ、あぶねえなぁ。あんまり突っ込まれなくて済んだ。


「二人共制服のコーディネートがとってもかわいいわね。二人で打ち合わせて組み合わせを決めたりしてるのかしら?」


「いえ、特に打ち合わせとかしてませんけど、今日の気分で選びました。ね、夏葉ちゃん?」


「え? あぁ、そうですね。でも相手のコーディネートを見れば、自分が着たらこんな感じなんだな〜って分かるので便利ですよ。360度、それも動いてるところもチェックできるので鏡を見るより便利です」


 制服が届いた時にあらゆる組み合わせを試してみたからな。その上でお互いああだこうだ言ったり言われたり、おまけに叔母さんのファッションチェックも入ったので大体着こなし方のデータベースは二人で共有されている。


「なるほど~。それはちょっと便利かも。ところで二人共とってもかわいくて絵になるから、ポーズを取った写真も撮ってみようか」


 げっ、ポーズってモデルみたいにか? それはさすがに勘弁して欲しいな。

 俺の顔に困惑の表情が滲んでいたのか、佐藤という人からそう構えなくてもいいと笑われた。


「楽にしてて大丈夫よ。特別なことしなくても二人はとってもかわいいんだから。じゃあ、腕を組んでみて」


 腕を組むのか、と思って両腕を組もうとしたら、秋菜が俺の左腕に絡み付いてきた。何だよ、と思ったのだがよく考えたら腕を組むってこっちの意味かと気付きそのまま突っ立っていた。


「いいわね〜。もうちょっとほっぺたをくっつける感じで。そうそう、いいわよ〜」


 何だよ、写真撮るのにこんなにベタベタする必要あるか? しかも俺たち従姉妹同士だぜ?


「おぉ〜、かわいいわ。常軌を逸したかわいさだわ。じゃあ今度はもうちょっと寄りの画を貰いたいわね。二人共横を向いて向き合ってみてくれるかしら」


「ん? こうですか?」


「そうそう。それじゃ行くわよ。二人でかわいくキスしてみましょうか、はいっ」


 はいっ、て言われても……。何言い出すんだよこの先輩。って、秋菜やる気満々かよ。既に唇を尖らせて目を瞑ってスタンバイ状態だ。


「ほれ、ほれ、夏葉ちゃん早くぅ」


 唇を尖らせたまま小鳥のようにパクパクしている。かわいいけど何で兄妹みたいなこいつとチューしなきゃならないんだよ。


「やだよ。こんな人前でそんなことできるか」


「え〜、じゃあ誰も見てないところでしたいの〜? やだ夏葉ちゃんのエッチ〜」


「そんなこと言ってないだろ。てか秋菜は恥ずかしくないのかよ」


「恥ずかしいけど、記念にそれくらいいいじゃん。さっさと終わらせちゃおうよ」



 はぁ。教室での騒動からどうにか脱出できたと思ったらこのピンチ。ツイてないな。ここはさっさと終わらせちゃおうという提案を飲むか。秋菜とチュッとするくらい減るもんでもないし。ペットボトルの回し飲みだってお互い平気なくらいだ。


「しょうがないなぁ。短くね、短く。一瞬で終わらせるのでシャッターチャンス逃さないでくださいね、先輩」


 カメラマンの男子生徒がちょっとムッとしたような顔をした。

 確かに初対面の先輩に対してちょっと失礼な物言いだったかもしれないけど、こっちだって不躾な要求に応えるんだからそれくらいのことは許してくれていいだろ。


「すみません、先輩。この子悪気はないんですけど、ぶっきらぼうな性格で」


 秋菜がすかさずフォローを入れてくれるが、ぶっちゃけ多少の悪気はあったんだ。


「いいっていいって。それじゃあ仕切り直しで。はい、お願いしま〜す」


 佐藤さんの掛け声でシャッターが連続で切られる音が響き、俺と秋菜はキスをした。ほんの短いキスだった。それでも体温と柔らかい皮膚の感触が伝わってきた。きっと秋菜の方にも俺と同じ感触が伝わっているんだろうな。

 俺たちは兄妹みたいな感覚なので、これで変な気を起こすようなことは無いと思うが、それでも今、トクトクと心臓から体中に血液が巡る音がしている。秋菜はどうなのかな……。

 俺は少しの間茫然自失としてしまっていたようだ。時間にすると恐らくほんの数秒間だったと思うが、自分の鼓動の高鳴りに気付き、そのことで我に返って顔が真っ赤になった。

 先輩たちはデジカメの小さな液晶モニターを覗き込みながら、今のテイクの可否を確認しているようだ。秋菜もそれを確認しようと先輩たちの元へと歩いていた。俺は今のうちにほとぼりを冷まさなくては、と少々気がきながらも、只々その場に立ち尽くすだけだった。


「おぉ〜、これはいいっ。最高のショットが撮れてる! でかした北野!!」


「これ、焼き増しして頂いてもいいですか? 綺麗に撮れててわたし気に入っちゃった」


「もちろんそれくらいのことはさせてもらうわ。こんないい写真を撮れる機会はなかなか無いからね。よかったらデータで渡そうか?」


「やったー! 北野先輩も私たちのことこんなにかわいく撮ってくださってありがとうございますっ」


 北野先輩が赤くなりながら満更でもないといった感じで表情を緩めている。さっきのムッとしていた表情はもうすっかり消えてしまったようだ。男は美人に弱いからな。仕方あるまいよ、北野先輩。

 そんな風に彼らを観察しているうちに俺の動悸も治まったようだ。焦ったぜ。

 秋菜のやつは平気なのか。そこがちょっと癪に障る。


「いやいい画が撮れたよ。二人共ありがとう。じゃあ二人のクラスと名前を教えてもらえるかな」


「はい。わたしは5組の華名咲秋菜です」


「華名咲夏葉、1組です。かなさきっていう字は中華の華に名前の名、咲き乱れるの咲です。夏の葉っぱと書いてかようと読みます。この子は春夏秋冬の秋に菜の花の菜って書きます」


「OK。華名咲夏葉さんと華名咲秋菜さんね。ご協力感謝します。時間取らせちゃって悪かったわね。気をつけて帰って」


 漸くこの写真撮影から解放された。これ以上絡まれないうちに叔母さんと合流したい。そんな風に思っていたらやっと叔母さんの車が来た。これ以上人に関わらないようにそそくさと車に乗り込む。


「叔母さん遅いよ〜。待ちくたびれたぁ」


「ごめんごめん。大分待たせちゃった? 理事長と話してたら長引いちゃって」


「大丈夫だよ、待ってる間すんごく楽しかったもん。ね〜、夏葉ちゃん」


「もうその話はするな、秋菜。気が滅入るから」


 秋菜は楽しそうだ。俺は嘔吐しそうだ。


「新聞部の人が来て取材受けちゃった。かわいく写真撮ってもらえたんだよ」


「あらそうなの。それはよかったわねぇ。わたしも写真見たいな〜」


 よくない。よくないぞ、そこは。


「写真もらう約束したから見せたげるね。超カワイイよ」


「うふ、楽しみねぇ〜。愛妃にも見せてあげなくちゃ」


 やめろぉ〜、母さんに見せるんじゃない。恥ずかしすぎる。絶対叔母さんと一緒に盛り上がるだろう。しかも親父と叔父さんも絡んでくる可能性が高い。ヘタしたら梨々花りりかもそこに加わりそうだ。最悪だ……。


「新聞部じゃなくてメディア部な。それと叔母さん、母さんに見せるのだけは勘弁して。あんな写真見られたらもう一生の恥」


「何々、脱いじゃったの?」


 叔母さん、悪ノリするからな〜。賞味期限切れの元アイドルでもあるまいし脱ぐかよ。


「さすがにそれはないよママ。あのね〜、夏葉ちゃんとチューしちゃった〜、エへッ


「エへッじゃねぇよ。汚点だよ汚点、あんなもん」


「ちょっと酷ぉい。超かわいかったじゃん、あの写真」


「写真見てねえし」


「写真もらったら夏葉ちゃんにもちゃんと見せたげるから安心なさいって〜」


「見せなくていいって! あんなの恥ずかしくて見られたもんじゃない」


「あら〜、話を聞けば聞くほど楽しみだわ〜。秋菜ちゃん、絶対見せてね」


「いやいや、今のくだりのどこに楽しみになる要素あった?」


 もうこの人たちヤダ。一事が万事この調子なんだもん。これに母さんが加わった日にはとてもたちの悪い最悪最凶トリオになってしまうのだ。詰んだぁ、マジ詰んだぁ。


「どうする? 何か晩ご飯の支度する気もしないし、また外食しちゃおうかしら」


「ママサボり過ぎ〜」


「あら、じゃあ秋菜ちゃんに作ってもらおうかしら」


「昨夜は中華だったし今日はフレンチがいいなぁ」


「出た、手のひら返し」


「じゃあパパに連絡して落ち合うようにしようかしらね」


 言うや否や、叔母さんはもう携帯電話を取り出して叔父さんに電話していた。因みに祐太ゆうたのやつは今完全に忘れ去られているな。影薄いぞ、頑張れ祐太。


「晩ご飯にはまだ早いわね。じゃあ時間までお買い物楽しんじゃおっか」


「賛成ーっ!」


「叔母さん、昨日も散々買い物したじゃん。まだ買う物あるの?」


「え〜? だって夏葉ちゃんの服とか靴とか小物とかぁ、まだまだ全然足りないじゃなーい」


「え、また俺の? いいよ、そんなに買い揃えなくても。もったいないよ」


「だ〜め。せっかく夏葉ちゃんはこんなにかわいいんだからいっぱいお洒落しなくちゃ。秋菜ちゃんに負けてちゃダメよ」


「いやぁ、俺男だしなぁ」


「何言ってるの〜、立派に女の子でしょ、もう」


 ぐぅ。相変わらず抉ってくるぜ、この叔母さんは。


「ねぇねぇ、また秋菜とお揃いにしようよ。私達最強のかわいいコンビだよ」


「はぁ。また自分のことかわいいって言った」


「夏葉ちゃんは自覚なさすぎなんだよ。折角かわいいんだからそれに見合うようにしなくちゃ宝の持ち腐れだよ?」


「そんなもんかなぁ。中身で勝負すればいいんじゃないの?」


「人の第一印象は見た目だよ。それに言うほど中身も磨いてないでしょ」


「うっ」


 なかなか厳しいところをついてくるぜ。こいつもまた抉ってくる。


「じゃあどこ行く? あ、ママの店に入ってるJohn Bull Tumbleの服かわいいよね。秋菜気に入ってるんだ。夏葉ちゃんがこの前買ったセーターとスカート超似合ってたもん」


「あー、俺にとっては汚点のひとつだけどね。まさか生きている間にミニスカ履くことになるなんて想像の斜め上過ぎて未だに現実として受け入れられないくらいだわ」


 あのミニスカートを履いた自分のことを思い出すと現実逃避したくなって思わず遠くを見つめてしまった。心はあくまで男子な俺がミニスカートを履くことに抵抗を感じないわけがない。もっとも男子には女装で興奮を覚えるという性癖が多かれ少なかれあるものだと言う話を聞いたこともあるが、秘めやかな願望と、実際にお洒落としてミニスカートを履くことを実行に移すのとではわけが違う。

 男であることを隠して白昼堂々と女装、しかもミニスカート姿を世間に晒している人が周りにいたらどうだろうか。その人の人となりを知らなければ、受け入れるのはそう簡単なことではないのではないだろうか。もちろん、それでその人を否定する理由にはならないのだが。

 うちの家族は、俺の女性化に対してはむしろかなり前のめり気味なくらいだが、俺自身は受け入れざるを得ないとは言うものの、そこにはやはりせめぎ合いを禁じ得ないのだ。まぁ、JKの制服着てスカート短くしてる時点で今更なんだけどさ。この自己矛盾にも頭抱えたくなる。


「あ、それじゃあ路面店の方に行ってみる? あっちの方が品揃え多いんだ」


「え? お店別に出したの?」


「あら、知らなかった? あのお店結構評判いいらしいのよ〜。それで路面店も出すことになったのよ。かれこれ半年くらいになるかしら? それじゃあ娘達を紹介しがてら行ってみようか」


「うん行こう行こう! じゃあまた夏葉ちゃんと双子設定だね〜」


「あ〜、もうどうでもいい」


「投げやり? いいからいいから。またかわいくしてあげるんだから元気出しなって〜」


「はぁ〜」


 俺は盛大に溜息を吐くのだった。この人たち疲れる。

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