第5話 双子座グラフィティ

 さて、メイク道具と下着類という難関をクリアした今、俺はもう何も怖くないような心持ちになっている。きっと空も飛べるはず。そんな気さえしている。

 何だろうこの万能感に支配された感じは。

 さぁ、何でも来い。今やそれくらいの鷹揚な気持ちでいるのだが、よくよく考えてみるとまだまだこれから女物の服を買うというハードルが控えているのだよなぁ。

 何々構うものか。バッチコーイである。


 さて、次なる店は実を言うとうちの母と秋菜の母親が共同でオーナーをしているセレクトショップDioskouroiディオスクーロイだ。ティーンエイジャーをターゲットにしているらしく、男物も女物も扱いがあるので俺もたまに利用していた。

 オーナーの家族ということでここでの買い物は株主優待券なしでも自動的に3割引きだが、今の俺は性別が変わってしまったのでオーナーの息子の立場は使えなくなった。まぁ、秋菜あきながいるから大丈夫か。


「いらっしゃいませ、お嬢様」


 店長自らお出迎えだが、秋菜と俺を見比べて目が点になっている。

 だろうな、双子で通用するくらい二人は似ているらしいから、店長もさぞや戸惑っていることだろう。


「こんにちは。いつも母がお世話になってます」

と笑みを満面に浮かべて愛想よく挨拶する秋菜。俺も合わせて目礼しておく。

 店長さんは俺たち二人を見比べて目をパチクリさせている。まだこの状況を飲み込めていない様子だ。


「こっちはわたしの双子の妹の秋葉あきはです。多分初めてですよね」


 しれっとまぁこの人と来たら。そういう嘘を平気で吐きますかねぇ。

 俺の名前は夏葉かようなんだけど、この場合その名はオーナーの息子として知られているのでここでは使えない。それで秋菜が自分の双子の妹設定をゴリ押しするために自分と俺の名前をミックスして秋葉にしたのだろう。

 葉っぱと菜っ葉か、漬物みたいだな。

 確かにこれなら双子っぽいが、字面からどうもオタクの聖地的な感じがして、個人的にはちょっと違う感が拭えない。俺自身もオタク的な素養はある程度あるとは思うのだが、モノホンの皆さんの足元にも及ばないライトな層なのさ。

 念のため確認だが、アキバ・・・ちゃんじゃなくてアキハ・・・ちゃんだからね。


「ほら、秋葉ちゃん。ご挨拶」

と言いながら秋菜が肘を入れてくる。


「初めまして。秋葉です」


 満面の作り笑顔で挨拶させていただきました。すっかり堂に入ったものですわ。


「そうでしたか。愛彩あや様に双子の娘さんがいらっしゃったとは存じませんでした」


 店長は意外だという顔をしていたが、それでも一応納得はしたようだ。

 因みに愛彩というのは秋菜の母親の名前。うちの母親の方は愛妃あきと言いますよ。


「この子、ちょっと病気をしていて長く療養生活をしていたんです。やっと病気も治って一緒に生活できるようになったので、二人でお買い物しようって」


 秋菜、本当にこの子はまるで息を吐くかのように嘘をペラペラと吐いてまぁ。いつからそんな子になってしまったんだろうかと驚きのあまり目が点になりそうです。秋菜の奴はこっちを向いて舌をぺろっと出している。

 何故かこっちの方の良心が痛む。ごめんなさい、店長さん。


「あ、見て見て。このクリケットセーター超かわいいよ」


「あ、こちらのセーターは、ロンドンの新進気鋭のデザイナーが立ち上げたJohn Bull Tumbleっていうブランドのものなんですけど、プレッピースタイルをベースにしながら、ロンドンらしいパンキッシュな感性を取り入れていて、絶妙なバランス感覚がかわいいですよねぇ」


「そうですね〜、レタードになってて凄くかわいい。あ、このスカートもかわいい」


 言ってることが半分以上分からないが、一応頷きながら分かってる風を装っているのは男の見栄だ。


「あぁ、そちらもそうですね。同じJohn Bull Tumbleのものです。スコットランドの伝統的なタータンチェック柄に、パンクテイストな尾錠がいっぱい付いていて結構クールっぽいんですけど、ウエストの位置が高くてスカート単体で見るよりミニ丈で、実際に履いてみるとこれがまた凄くかわいいんですよ。よろしかったらご試着してみられますか?」


「はいっ、是非! 秋葉、試着試着ぅ」


 って、やっぱり俺に着させるのかよ。よりによってミニスカートって言ってなかったか、今? マジかよ~。


「じゃぁ、このセーターにこのスカートを合わせて、インナーはどうしよっかなぁ」


「そうですねぇ、クレリックカラーのブラウスとか、もしくは直にこのセーターでもかわいいと思いますよ。妹さんのニットキャップやオックスフォードシューズとも合うと思いますし」


「あ〜、いいかも〜。秋葉、ちょっとこれ着てみなよ」


「ではお嬢様、フィッティングルームはこちらです」


 お嬢様と来たかぁ〜。そうだよなぁ、オーナーの娘だからな。本当は息子なんだがそれを主張して男の娘扱いされるのも不本意か。しゃーなしだな。

 そんなわけでまたフィッティングルームだ。服を脱いでスカートを履く。マジでミニスカートだった。赤いチェックのスカートは切り替えになっており裾の方で広がっている。左前に合わせ目があってそこに3本の革ストラップが付いている。短いなぁ。これパンツ見えちゃわないか? 要注意だぜ。

 セーターはVネックのコットンニットだ。安物のコットンセーターだと重みでだらんとなりがちだが、これは値段も高いだけあって全然だらんとはならない。

 襟元と左のアームにラインが入っていて、左胸と右腕にはJの文字のワッペンが付いている。着てみると、着丈も袖丈も気持ち長めだが結構細身のシルエットで体のラインがはっきり出る。

 姿見を見てみると、ファッション誌に載っていても違和感はなかろうというくらい似合っているように見える。


「着替えたぁ〜?」


 秋菜から声が掛かった。

 カーテンを開けると秋菜と店長さんが待ちかねていたとばかりにギラギラした眼つきで真ん前に立っていた。こちらをつま先から頭の天辺までしげしげと眺めつつ顔を上気させている様子からすると、客観的に見てもイケてるということではないだろうか。


「ほわぁ〜、超かわいいよぉ。似合ってるわ、秋葉ちゃん。ねぇ、店長?」


「えぇ、さすがお嬢様です。それにしてもこの脚線美! 惚れ惚れしてしまうくらいそちらのスカートがお似合いです。ここまでこのスカートを履きこなせる体型の人はそうそういませんよ」


 そんな風に褒められて悪い気はしないが、かと言って単純に喜ぶ気にもなれない。ここで素直に喜んでたんじゃまた男から一歩遠ざかる気がする。

 本音を言えば、どうにか男に戻る方法はないものか探りたいと思っているのだ。あまり女子であることに馴染み過ぎたくはないのだ。


「店長! この子お持ち帰りで!」


「はっ?」


「違った。この服お持ち帰りで。そのまま着て帰ります。秋葉ちゃん、お金」


「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」


 そんなこんなで俺、遂にミニスカデビュー。試着した服を着たままで、元の服は袋に入れてもらう。店を出てしばらく歩いてみても慣れないミニスカで足元が覚束ない。こんな俺が男に戻る日は来るのだろうか。なんか来ない気がしてきた……。


「はぁ〜ん。夏葉ちゃん、なんてかわいいのかしら。もう夏葉ちゃんなら目の中に入れても痛くないわぁ」


「むしろお前見てる方がイタイわ」


「あと靴も買わなくちゃね〜」


「あ〜、ごめん。正直もう疲れたわ。今日はもう限界っぽい」


「ん〜、しょうがないなぁ。これくらいでへこたれてるようじゃ、女子としてはまだまだだね。ねぇ、じゃあお昼過ぎてるし何か食べない?」


「うん、お腹すいたー。何でもいいから取り敢えず腹に入れたい」


「またぁ。腹とか言わないの」


 俺たちは一旦デパートを出て、近くにあったハンバーガーショップに入った。レジでセットを受け取り席を探していると、二人組の女子がテーブル席から秋菜に声をかけてきた。


「秋菜〜、秋菜〜」


「お〜、友紀ちゃんとさっちんじゃ〜ん。何、買い物?」


「うん、そうだよぉ。てか秋菜が二人いる!」


「あぁ、従姉妹の夏葉ちゃんだよ。高校からは学校も一緒になるよ」


「へ〜、そうなんだ~。そっくりだねぇ。双子みたいじゃん」


 どうやら秋菜と喋っている方が友紀ちゃんで、俺と秋菜を見比べて言葉を無くしている方がさっちんか。話の流れからすると秋菜の中学からの同級生で高校では俺も同じ学校なのか。


「でしょでしょ。実は親同士が双子なんだよね〜」


「あ〜、だから従姉妹でも双子みたいに似てるんだぁ。凄いね。わたしは古田友紀、秋菜と同中おなちゅうで、高校も一緒なんだ。夏葉ちゃんよろしくね」


「ども。じゃあこれからお世話になるかもしれないね。こちらこそよろしく」


 なんか挨拶男っぽくなっちゃっただろうか。まぁ大丈夫か? 秋菜の様子からすると大丈夫そうだな。そのまま友紀ちゃんがさっちんの方を紹介してくる。こういうの本当は秋菜が紹介するべきじゃね?


「で、こっちのちっちゃい子が岡田佐知香、通称さっちんね。ほら、さっちんご挨拶」


 友紀ちゃんはまるでおかんのように、さっちんに挨拶を促している。秋菜は完全にこの場の仕切を友紀ちゃんに丸投げする気のようだ。友紀ちゃんは中心的な存在というわけではないにしても、マスターオブセレモニー的な回し役とか?

 するとようやく我に返ったさっちんが口を開いた。


「ちっちゃい言うな。夏葉ちゃん、佐知香も秋菜と同中なんだ。それにしても二人そっくりだね。秋菜とは結構付き合い長いけど、こんなそっくりな従姉妹がいるなんて知らなかったよ」


「あ、どうも。そんなに似てるかな?」


 ほぉ。座っているから身長は分からないが、見たところ確かに小粒な感じだ。

 目はパッチリしていて両目の間が少し離れ気味だがそれがかわいい。栗毛色に染めた肩くらいまでの髪をふわふわエアリーな感じにスタイリングしている。小さいけどお姉さん風にしているな。既に高校生の雰囲気出ている。白いチュニックにデニムのホットパンツという軽装だ。


「よかったら一緒にどう?」


「ホント? 席空いてないかと思ってたからラッキー。夏葉ちゃん、座ろ」


 友紀ちゃんのお誘いで相席することとなった。

 その友紀ちゃんというのは、多分身長は普通かやや高めくらい。ストレートでショートな黒髪をセンター分けしている。たまご型のほっそりした輪郭で細くて切れ長な目が印象的な美人さんだ。下はデニムで上は七分袖の色の綺麗なボーダーシャツを着ている。

 席に着いて喉の渇きを癒やそうとドリンクを飲んでいると、秋菜の同級生二人の視線が纏わりつく。彼女らにとってはどうせ見慣れた顔なはずだが、それが二つ並んでいるとさすがに気になるのか物珍しそうだ。


「ソロでさえかわい過ぎる秋菜がデュオで並んでるとか、もうさすがに辛抱たまらんものがある」


「やだ、友紀。発言がオヤジ入ってるって。でも気持ちは分かる。確かに辛抱たまらん」


「ちょっとやだぁ。さっちんまでオヤジ入ってるし」


 そう言って秋菜は笑っている。俺はどっちかって言うと苦笑いだ。


「てか夏葉ちゃんの服、超かわいくない?」


「へっへぇ〜。いいっしょ。わたしのコーデでさっき買ったばっかりなんだ」


 何か秋菜が自慢気で鼻につくな。ドヤ顔をやめなさい。


「はふぅ〜ん、ヤバイ。あまりのかわいさに萌える。お持ち帰りしたい」


 おいおい、何言ってんだ友紀ちゃんよ。変態さんか。


「いいでしょ~。でもあんたに渡すわけにはいかないわ。夏葉は秋菜オレの嫁!」


「何! 認めないぞ。夏葉ちゃんはわたしが嫁にもらうし」


「秋菜も友紀も落ち着きなよ。取り敢えず間を取ってわたしが嫁にもらうってことで手を打ちましょうか」


「「それ全然間取れてないし!」」


 はぁ。何なのこのおっさん女子たち。女子校育ちは女子力落ちるとは聞いていたが、こうも心がおっさん化するものなのだろうか。まぁ、二人ともかわいいからむしろ俺がお持ち帰りしたいくらいなんだが。……ってそれも違うか。俺は今女子なわけだから、俺がお持ち帰りするってことはその、何だ。女同士であれだな。てかこの場合お持ち帰りされたとしても同じか。ぎゃふん。


「友紀ちゃんたちは買い物これから?」


「うん、ここで待ち合わせてさっき合流した所。秋菜たちは? 一緒に買い物する?」


「あ〜、うちらは丁度買い物終わったところなんだ。これから二人で美容室行って帰る」


 ん? 美容室も予定に入ってるのかよ。聞いてねぇし。早く帰ってキン◯ダム読みてぇのになぁ〜。クソぉ、俺の引っ越し無くなったから春休み中に全巻読破する予定でいたのにちっとも進みやしない。


「あ、そうなんだ。じゃあうちらはそろそろ行こうか、さっちん」


「そうだね、行こうか」


「うん、秋菜またね。夏葉ちゃんも。高校は同じクラスになれたらいいな」


「友紀、顔がエロくなってるよ」


「え、そんなこと無いよ。でも一緒のクラスになったら夏葉ちゃんのその可憐な肢体を隅から隅まであんなことやこんなことを……」


「はいはい。夏葉ちゃんがドン引きしてるからその辺にしておきなね。ごめんね、夏葉ちゃん。この子時々壊れるけど根はいい子なのよ」


 さっちんがどうしようもなくダメな子を見るような顔をしながらフォローを入れている。俺としても返す言葉もなく、ただ愛想笑いを浮かべつつ黙って頷くしかなかった。最初はしっかりした子なのかという印象だった友紀ちゃんだが、最後の方は残念な子という印象に変わりかけていたが、まぁかわいいので許す。

 二人が店を出た後も、しばらく秋菜とのんびりと駄弁りながら休憩して、美容室に寄ってから帰った。何となくくどいような気もするが、美容室も秋菜が行き付けの華名咲ホールディングス傘下の店だった。どんだけ手広くやっているのやら、身内のことながら正直俺も呆れ気味だ。でもお陰で色々優遇してもらえてオイシイっちゃあオイシイのは間違いない。

 秋菜は特に切り揃えるくらいで髪型は変わらなかったが、俺は美容師さんの提案でショートボブになった。ゆるい巻き毛なのである程度のアレンジも利くと言ってたが、女子の髪型のこととかサッパリ分からないので多分当面は秋菜のおもちゃになるであろうこと必至だ。

 あくまで俺は男に戻りたいと思っているのだが、それを口にし辛い雰囲気を周囲が醸し出しているので、何となく俺も気を遣って黙って状況に甘んじている。しかし内心では諦めていないぞ。言い聞かせていないとこのまま流されそうで怖い。


 家に帰ると、俺の服装や髪型で家族が大騒ぎで、そのテンションはちょっとしたお祭り状態だった。

 母は秋菜たちのようにかわいいかわいいと。梨々花もお姉ちゃんかわいいとべったり纏わり付いてくる。俺はつい数日前までお兄ちゃんだったのにそんなに違和感なくお姉ちゃんと呼べるようになるものなのかな。父は写真撮りまくりだ。

 挙句の果てに秋菜の家族を呼んでまた宴会となり、そっちの家族も同じような反応で結局俺はまたキン◯ダムを読み進めることが叶わなかったのだ。

 俺の家族は明後日には引っ越しだというのにこんなことで大丈夫なのだろうか。人ごとなんだがちょっと心配だ。


 こうしてまた華名咲家の夜は更けていく。

 今日は一日女子イベントで出歩いていたのでかなり疲れたな。またゆっくり風呂に入って疲れを癒やそう。

 そういえば女子になってからバスタイムが長くなった。風呂での女子ならではのメンテナンスでどうしても長くなるということもあるし、慣れなくて色々と疲れることも多いので風呂が癒やしの時間になっているのかもしれない。毎日こんなに疲れていて、学校が始まってからどうなるんだろうか。心配である。今日会った秋菜の友達みたいなノリに付いていけるだろうか。そんなことも不安材料だ。学校が始まったら親戚同士の俺と秋菜は多分クラスが別々になるだろうし、秋菜に助けてもらえない状況も多々ありそうだ。

 何より俺は男に戻る方法を模索したいと考えている。もし男に戻れた日には多分転校だ。仮に突然男に戻るようなことでもあれば、クラスメイトの前からは恐らく突然姿を消さなければならなくなる。

 バスタブに浸かりながら、あれこれ今後のことについて考え込んでしまうのだが、今いくら思い巡らせてみたところで、ほぼどれも結局は意味のないことだという結論に行き着いては、溜息を吐くばかりであった。

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