第4話 High-School Girl (We Loved)
俺の通っていた中学とは経営が同系列で、且つ経営者の身内というコネもあり、新しい高校への進学の手続きは特に何の問題もなく完了した。晴れて入学式からは女子高生、世間で言われるところのJKってやつだ。実感ないけど。
入学式までの間は家族の引っ越しがあったり、今後JKとして恥ずかしくないよう叔母さんと秋菜からの女子力アップトレーニングを受けさせられたりと、結構忙しくしている。特に言葉遣いについては皆がうるさいのだが、女言葉で話すのは照れくさすぎてなかなか板につかない。
そんな日々を送る中、今日は
出かけるにあたっては、秋菜立ち会いの下、メイクや髪のセットをしっかりやらされた。
実はあれから何度かやらされていて――それも自主トレまでやらされて――自分としてはなんとかできるようになったつもりだが、秋菜にチェックされるとまだまだ駄目出しされる。だけどそうやってメイクが上達すればするほど、本当に男としての矜持が失われていく気がして切ない気持ちになる。
服装は秋菜のコーディネイトでされるがままだ。秋菜の服装とのバランスが云々とどうでも良さそうなことを言っていたが、女の子のファッションなんてさっぱり興味がない世界だ。
外に出ると、幸いにも今日は春の陽気とも言えるお出かけ日和。
秋菜のコーディネイトによれば、今日の俺は白地のリネンストライプのノースリーブワンピースをベースとした出立ち。肩のところがストラップで留まっていてリボン風になったAラインっていうのか? これだけでは肌寒い感じがするので、デニムジャケットを羽織り、ニットキャップを合わせている。靴は
心情的にワンピースにはかなりの抵抗感があるが、鏡を見るととても似合っていて、正直かわいいと言わざるを得ないではないかこんちくしょう。照れるぜ。
秋菜の方は紺地に白のストライプのコットンの半袖ワンピース。ウエストで切り替えがあり、スカート部分のストライプが斜めになっている。襟首が深めのV字で、その上に発色の良いパステルカラーの軽めのニットカーディガンを羽織るコーディネイトだ。帽子は被らず黒縁のウェリントンタイプの伊達眼鏡をかけて、髪の毛はロクヨンくらいに分けて後ろで括っている。靴は白のデッキシューズ。さすがに堂に入っているというかよく似合っていてかわいい。
ついこの間までは俺の方が背が高かったのに、中学に入ってから秋菜の背がグッと伸びて追いつかれた。今は多分ほぼ同じくらいじゃないかな。俺は162センチある。男の俺はこれからまだガンガン伸びるつもりでいたんだが、女となってはあまりガンガン伸びても困るかもしれないな。自重しておくか。負け惜しみじゃないぞ。
最寄りのバス停から秋菜と二人でバスに乗って街へ出る。目指すはうちの系列のデパート。ここなら下着から服から靴から何でも一通り揃うし、何と言っても株主優待券で割引価格で購入できる。
デパート前のバス停で降りてさっさと向かおうとすると、秋菜に手を引っ張られた。振り返ると秋菜が「手繋いで歩こ?」といかにもかわいらしく首を傾げながらにっこり微笑んでいた。
まぁ、そりゃ客観的には非常にかわいらしいに違いないのだが、こっちは子供の頃から兄妹同様にして育ってきてるわけで、こんなのに心揺れたりはしない。まぁ手を繋ぐくらいのことにも別段抵抗はないけど。何しろ子供の頃なんてスキンシップは
あれ、そう言えば一方的に裸を見られてるけど、秋菜の裸は大きくなってからは見てないな。なんか損してないか、俺? もっとも家族の裸なんて別に見たくもなんともないんだけどな。でも何だろうな、この損してる感は。
二人で手を繋いで歩いていると、傍から見ればさぞ仲の良い双子の姉妹にでも見えるのだろうなぁ。
外見的に目立っているのは何となく分かるが、ちょいちょい野郎どもからの視線を感じるのは正直居心地が悪い。逆に女の子からの視線だと心地よく感じてしまうのは、俺がまだまだ男であるということだな、うん。
「ちょっと。鼻の下伸ばさないで」
不意に秋菜から指摘を受けてしまう。何だよ、目敏いな。
「その顔で間抜け面下げて歩かないでって言ってるじゃん。かわいくしてくれないと嫌よ、
言いながら秋菜の顔が近づいてきたかと思ったら頬にチュッとキスされた。
「ほぇ?」
あまりの想定外。思わず変な声が出てしまう。ホントにちっちゃい頃はお互いにチュウくらい何度もしていたらしいが、この歳になってこんなことなんて。
周りも一瞬時が止まったかのように道往く人々がこちらを凝視して固まった。直ぐに何事も無かったかのように目を逸らして再び歩き出したが。
「今、なんか凄いスタンド使った? ザ・◯ールド的な」
照れ隠しも込めて、思わずツッコミのようなボケのような何かを入れてしまったが、秋菜には何のことやら通じなかったらしく、きょとんとしただけだった。
「ほら、突っ立ってないで行くよ」
秋菜に手を引かれながら俺たちはデパートに入った。一階には化粧品店が並んでいる。嫌な予感がしたのだが案の定、秋菜に手を引かれながらまず入ったのは化粧品店のテナントだった。
のっけからテンション下がるが、もう秋菜にお任せでさっさと終わらせる。……つもりなのに店員に話しかけられてしまった。内心では店員空気読めやと思いつつ、愛想笑いを浮かべてしまう気の小さな俺である。
「あらまぁ、かわいらしい。失礼ですがお客様たちは双子さんですか?」
「いや、従兄妹同士です」
と否定するつもりだったのに、被せるようにして秋菜が
「はい、そうなんです! わたしたち仲良し双子ちゃんなんです!」
なんて俺に抱きつきながら頬を寄せるようにして言うものだから、俺は出かかった言葉をついには発することなく喉元で押し留めるよりなかった。
「そうでしたか〜。こんな美人姉妹がいらっしゃったらさぞ親御さんもご自慢でしょうねぇ」
と店員さん。
「いえいえ、そんなぁ〜」
とは秋菜。
こんな中身のない話に付き合ってられるかと俺はさして興味もない店内を物色し始めると、
「こちら、この春の新商品となっておりまして」
と、すかさず商品のアピールをして来る店員さん。
あぁ、早く用事を終わらせて店から出たい解放されたいと涙目になりつつ秋菜を見やると、店員とのコミュニケーションを卒なくこなしながらも必要なものをどんどん揃えていく。この手並み、さすが女子だよなぁ。
今日の軍資金はお祖父ちゃんからせしめてあるので、秋菜は値段の確認もろくにせずに良さそうなものをどんどんチョイスしていく。かわいい孫娘が二人で寄ってたかって上目遣いで“お願い”すればお祖父ちゃんなどいちころである。こういう時、女の子は得だなぁと実感。
「これくらいで足りるか? 足りなければ言いなさい」
と、財布から無造作に取り出して渡された万札は、20万ほどあった。ペソじゃないぞ、円でな。
この人の金銭感覚は高校生ではとても計り知れない。因みに古い人なので買い物は基本現金主義だ。
レジで秋菜が左手を差し出してきたので、金額を確認してお金を払う。
お金を預かっているのは俺だ。まぁ、主に俺の買い物ということになってるしね。実際には下着以外は秋菜と俺でシェアすることになってるので、実質的に二人の買い物なのだが。
次に向かうは、これまた俺にとっては敷居のめちゃ高いランジェリーショップだ。こういう店は目のやり場に困る。
「あ、すみません。妹の採寸お願いします」
近づいてきた店員を秋菜が呼び止める。ていうか俺が妹っていう設定なのか。
名前から察せるかとは思うが、俺が夏生まれで秋菜は秋生まれ。つまり俺の方がちょっとだけ早く生まれているのだけどな。
ん、待てよ。採寸っつった? 他人からおっぱいを測定されるとか凄く恥ずかしい気がするんだけど、どうしてこうも女子というのは恥ずかしいイベントばかりが目白押しなのか。
「かしこまりました。私ボディコンシェルジュの武藤と申します。ではお客様、こちらへどうぞ」
とフィッティングルームに案内された。
ボディコンシェルジュか。こういう専門店にはそんなプロがいるんだなぁ。
フィッティングルームに篭もり、ジャケットだけ脱いだ状態で服の上から店員さんの持っていたメジャーで採寸される。所謂トップとアンダーの2箇所とウェストとヒップも測られた。
武藤さんは手慣れた様子でサイズをメモに書き取っていく。
こんな服の上からでもいいんだなとか思っていたら、
「ではこのまま少々お待ちくださいね」
と言われ、武藤さんが戻ってきた時にはブラジャーを数枚手にしていた。
「では、まずこちらを試してみていただけますか?」
と一枚ブラジャーを手渡される。
「着け終わりましたら声をお掛けくださいね」
と武藤さんは優しく微笑んでカーテンを閉めてくれた。
ふうん。まぁ、今やブラジャーくらい自分で問題なく着けられるようになったぜ。余裕余裕。なんて思いながら着けてみると、若干カップがぶかぶかなようだ。
武藤さん、サイズでかすぎるよ。でも取り敢えず試着室の中から「着けました」と声をかける。
「はい、では入らせていただきますね」
と武藤さんがフィッティングルームの中に入ってきた。
俺の胸をぱっと見てすかさず
「お客様、ちょっと失礼しますね」
と言ったかと思うと、大胆に俺のブラの中に手を突っ込んできて、脇の方から肉をぐいっとカップの方へと引き寄せた。反対も同様にしてからストラップを調整する。
「どうですか」
呆然としていたところに訊かれてようやく我に返り確認してみると、なんとさっきまでスカスカ感があったブラの中身が、尻尾の先まであんこの詰まった鯛焼きみたいにしっかりと収まっているではないか。
これは何のマジックだ。
「おぉ」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。
「着け心地はいかがでしょうか。痛いところとか違和感はありませんか?」
「う〜ん、そうですね。こんなものかと」
「かしこまりました。では念の為にこちらもお試しになってみてくださいませ」
と、武藤さんの見立てでもう一枚を手渡された。
「はい、ありがとうございます」
言われるがままにこちらも試してみる。今度はさっき武藤さんにされたみたいに脇に手を突っ込んでカップの中へ押し込むようにしてみた。うーん、やっぱりまた余っちゃってるなぁ。
取り敢えずまた武藤さんに声を掛けると、またもやブラに手を突っ込まれて肩紐の調整をされてと、一通りの行程が完了した時にはバッチリカップは満タンになっていた。ボディコンシェルジュ有能。
「今度はいかがでしょうか?」
「お? おぉ?」
肩をぐるぐる回してみる。さっきよりも何だかしっくり来る気がする。腰を回してみる。フィット感やべぇ。これは違和感全然ないぞ。こんなに違うものか。
「こっちの方がさっきよりも断然体に合ってる気がしますね。へぇ〜、こんなに違うんだ」
改めて姿見で胸元を見てみた。
おわっ、む、胸に谷間ができておる! 女の子みたいじゃん。いや、女の子か。何これ凄い。
「左様でございますか。同じサイズでもカットによって随分違うものなので、色々と試してご覧になるのがよろしいかと思います。デザインはどのようなものがお好みでしょうか?」
デザイン? デザインかぁ。あんま考えてなかったな。とちょっと迷いかけると、横から秋菜が
「高校生なんですけど、普段用とお洒落用を何枚か考えてるんです」
と口を出してきた。
「かしこまりました。では夏物の制服着用時でもあまり表に響かないものと、お洒落重視のものですね。ご案内致しますので、お着替えになったらお知らせください」
なるほど。さすがボディコンシェルジュは察しがいい。
男子にとって、学校の衣替えイベントで発生するブラウス越しの透けブラはなかなか興奮を誘うものだと知っているな。ボディコンシェルジュ有能。
しかし逆に見られる立場となった今、無駄に男子の妄想を掻き立てる材料になると分かっていながら、何も講じないままでいる手はない。
着替えながらそんなことを考えていると、秋菜から声が掛かった。
「夏葉ちゃん、お姉ちゃんが選んであげるから任せなさいね」
「あ?」
「あらら? もしかしてすっかり下着に興味湧いちゃったかしら?」
なんて言っている。
まぁそうか。考えてみれば下着選びのセンスなんて当然持ち合わせていない。男目線で選んだらどうせエロ下着だ。そんなもんを自分が着けるとか考えただけでドン引きだ。
「いやいや、任せるって。てかさぁ、秋菜のお姉ちゃん設定って決定なの?」
返事はなかった。
着替え終わったのでフィッティングルームから顔を覗かせると、既にそこに秋菜はいなかった。武藤さんに案内されて俺の下着をああでもないこうでもない言いながら楽しそうに選んでいる。
フィッティングルームを出て秋菜のところへ行くと、もう粗方決まっているようだ。
「はい、これ試着」
と渡され再びフィッティングルームへと促される。
「えぇ、また試着するの?」
「す・る・の。四の五の言わずさっさとしなさい」
有無を言わせない秋菜の物言いに苦笑しつつも、こうなると言うことを聞くしかないのは長い付き合いでよく分かっているのだ。
先ほどのボディコンシェルジュ武藤さんが、ブラジャーの正しい着け方を説明してくれた。
深々とお辞儀した状態でホックを留めるといいらしい。背中のホックがある方をぐいっと下に一旦引っ張って、ワイヤーとアンダーバストに隙間がない状態にしてから、ずれないようにワイヤーの下のところを押さえつつ、ブラジャーに手を突っ込んで脇の肉を掻き集めてカップに収める。上体を起こしてからストラップを調整するという流れだった。
なるほどね、お辞儀した状態でするといいんだな。そして最初に後ろを引っ張り下げることでバストが上に持ち上がるとのことだ。
ブラ道も意外と奥が深いんだな。精進しよう。
……って、ちが~う。
やべぇ、危うくブラの求道者となるところだったぜ。ひゅぅ。
うむ。学校用のちょっと地味系なやつとして渡されたのは濃い目のピンクのやつだった。結構かわいいじゃないか。
実は意外にも白の方が目立つらしい。かと言ってベイジュは若者にはババア臭いと敬遠されるとのことだ。この上にキャミソールを着ればバッチリ透けブラ対策になるという。
なるほどね、色々とテクがあるじゃないか。きっちりカップの容量を満たすことができたし着け心地もバッチリだ。
他のはレースの花柄とかでえらく凝ったデザインのものが数点、いずれもパステルカラーで見るからにかわいらしい。
それにしてもこんな凝ったデザインのものだとかなり高いのではないだろうか。まぁ、お祖父ちゃんから十分お金をせしめてあるし、株主優待券の割引もあるからいいか。俺らのうちは多分経済的には結構ゆとりがある方だろう。学校もお坊ちゃまお嬢様学校として世間に知れてる。多分秋菜辺りはこんな高い買い物ガンガン行くのも普通なのだろう。
俺は女になったばかりだからよく分からないけど、こんな高級品じゃなくても一通り必要な物を揃えるだけで結構お金がかかるだろう。普通の女の子たちだったらきっと大変だろうな。
さてレジでお会計だ。お洒落用のブラはショーツとおそろで購入。学校用のやつもまあピンクと一応白系統とを何点かとショーツを何点か。キャミとかも合わせて購入した。
もう秋菜に全部お任せで選んでもらったら万単位のお札が何枚も飛んでいった。お祖父様々だなあ。いつの間にかちゃっかり秋菜も自分用の下着を購入したらしい。俺のとお揃いで。どこまでも双子の姉妹設定で行くつもりらしいんだが、こっちは下着までお揃いとか余計に恥ずかしいからやめろや。
やれやれ、何はともあれ一番の鬼門だった下着の購入もこれでクリアだ。人生初ブラジャー購入だ。有能なボディコンシェルジュさんに乳を触られた。そう言えば、親父にも触られたことないのにってアムロも言ってなかったっけ? 俺は秋菜と母に大分揉まれたがな。
※注:「親父にもぶたれたことないのに」です。
どんどん引き返せないところへ突き進んでいる気がしてならない今日このごろなのである。とほほ。
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