第3話 女の子は誰でも
実際に身に着ける気はごく一部の特殊な性癖の人でない限り更々ないと思うが、女物の下着の着け心地がどんなものなのか、大抵の男子には興味くらいはあるんじゃないだろうか。
抵抗虚しく身ぐるみ剥がされ、
そうだ、今俺は戦地へと赴く戦場ジャーナリストのようなものだ。一般男子が知り得ない戦地での
ブラジャーの着け方については秋菜から一通りレクチャーと駄目出しがあったが、すぐに慣れるだろうとのことだ。
分かっているさ、ブラジャー着け慣れた自分を想像したら負けだ。い、今はジャーナリスト魂に燃えているから突き進む。それだけだ。
さて、サイズの合いそうなお下がりのブラジャーを何枚か試してみると、同じサイズでも意外に合う合わないがあるものだ。秋菜が言うには、サイズが同じでも形は人それぞれなので、ブラジャーによって合う合わないというのがあるらしい。
体にピッタリ合うような気がするものは、秋菜がしっくり来ると思っていたものと同じものだった。つまりは体型的にも俺と秋菜は似ているということになるわけだ。ということは、俺もそのうちああなるわけか。ふむ、ナイスなバディだな。って、違う違う。ナイスバディな俺を想像して安心してる場合か。
そうそう、ブラの着け心地なんだけど、こいつは思ったより窮屈なものだ。ブラジャーのカップの下部分にはワイヤーと呼ばれるパーツが入っているんだけど、ワイヤーと呼ばれて想像するのは金属を撚り合わせたものかもしれないが、この場合はプラスチックなのかなぁ、これが思いの外しっかりごっついもので、肌に跡がついてしまうほどだ。秋菜が言うにはワイヤーが入っていないものもあるらしいが、普通はこういうものだそうだ。
エロ動画で見る女の人には下着の跡がついてる印象が全くなかったものだから、ちょっと意外に思って秋菜に訊いてみたのだが、もっときちんと自分に合うサイズだったらそんなに跡は付かないんじゃないかと思うと言っていた。なるほど、エロいお姉さんたちのブラはサイズが絶妙……と。
いかん、そんなこと脳内にメモっている場合じゃない。
秋菜には、エロ動画に着想を得た質問だということはもちろん言ってない。
実を言うと、このところのおっぱい化の影響なのか乳頭部が服に擦れてしまうようで乳首がヒリヒリチクチク痛いんだ。ブラジャー着用でもしかしたら改善されたりするのだろうか。結構地味に痛いもので、これが改善されるのならブラ着用の恥辱にも甘んじようではないか……。
あぁ、こうして俺の男の部分の何かとまたひとつさよならするんだな。
しかし女性がこういう下着を身に着けるのには、女性特有の事情があるということなのだね。中身が男のままである俺としてはかなりの抵抗感があるのだが、しかし背に腹は代えられないという側面があるわけなのだ。
今まで女の子の事情なんて何にも考えてなかった。想像することといえばエロいことや、楽しいことばっかりだったな。分かってたらもっと人に優しくなれたことがたくさんあったかもしれないのに。
などとしんみり感慨にふけっている場合じゃなかった。この後、俺は秋菜の着せ替え人形にでもなったみたいにあれこれ服を試された。
パンツ――女性が言うところのショーツ――だけはなんとか堪忍してもらいたかったのだが、皆の前に出るのにスカートだけは断固拒否したら、女性用のデニムの場合ピッタリしていて下着のラインが出やすいから、トランクスみたいなゴワゴワしてるのはダメと言われてしまった。トランクス派だからね。スカート履かされるのもそうだったが、ショーツまで履かされた時にはさすがに大切なものを大きく失った気がして涙目になった。ちなみにこれはさすがに新しく下ろしたショーツだった。
結局俺のテンションがあまりに低くなったものだから秋菜も折れてくれて、最後には元々着ていたパーカー付きのスウェットとレディースのデニムで許してくれた。その代わり髪の毛は弄られたけど。
俺の髪の毛は、男としては長めで女としては短め。元々細い猫毛のゆるい天然パーマだ。
「カー君、しばらくは髪伸ばそうね」
俺とおんなじ顔を横に並べてそう言う秋菜は、ぽんぽんっと俺の頭を優しく叩きながら、
「はい、おしまい。かわいくなったよ」
と鏡の中で微笑んだ。
秋菜の髪も俺と同じく緩いウェーブヘアで、鎖骨が隠れるくらいの長さだが、今日は頭の天辺近くで山の高いお団子にしている。丁度、ムーミンに出てくるミイのような感じだ。
俺は幾分げっそりしてしまったが、これでようやく解放される。
「さぁ、戻ろうぜ」
秋菜と一緒にリビングに戻ると、また「おぉ」と声が上がった。薄っすらとメイクもしたし眉毛や髪の毛も整えたので、本当に秋菜が二人になったように見えるらしい。
俺は照れくさくて首筋をポリポリと掻きながら、何ともやり場のない気持ちの収めどころを探すようにして、目を泳がせていた。
親父と叔父さんは俺と秋菜のツーショットを一眼レフでバシャバシャ撮りまくっている。
母と叔母さんは爛々と眼を輝かせて俺たち二人を眺めながら、何やらヒソヒソと会話を交している。俺にとっては不吉な気配がしてならない。
祖父母も何やら話しているが、今一状況を理解しきれていない祖父に、祖母が辛抱強く言って聞かせている様子だ。
妹の
結局、俺だけが家に残って両親と妹は海外へ引っ越すということになるようだ。どうして俺だけ残るのかというと、体の変化に対応するだけでも大変なのに、生活環境まで変わると負担が大きすぎるのではないかという配慮とのことだ。まぁ、俺もそんな気がするから文句はない。その間は叔父さんと叔母さんに厄介になるということらしい。
母は女になった俺のそばであれこれ世話したいところだったようだが、それも叶わず少し落胆した様子だ。対照的に叔母さんはその役目にかなり乗り気の様子で、爛々と目を輝かせていた。
やれやれ、これでようやく俺の去就も決まったのだが、だからと言ってホッとしている場合でもない。いよいよ今までとまるで違った生活が始まるわけだ。こないだまで中坊だった男がいきなりJKとして。
学校は
秋菜の学校はやはり幼稚舎からのエスカレーター式で、ただ俺が通っていた学校と違うのは、中等部までは女子校だったというところだ。但し、高等部からは経営上の理由で何年か前から男女共学になっている。俺もいきなり女子校にぶっ込まれてたらとてもじゃないが順応できる気がしないが、共学で少し安心した。
この日は結局そのまま宴会のような騒ぎになって、皆で飲み食いしながら浮かれた夜が過ぎて行った。育ち盛りの俺だけど、この日、思ったよりたくさん食べられなくなっていることに気づいて、女性の体になったことをまた改めて痛感させられることとなった。
夜が更けてきて、小学生の妹が欠伸を繰り返している。母親からそろそろ自室に戻って寝るように促されると、梨々花は俺のところへ来て、「お姉ちゃん、一緒に寝よう?」と上目遣いで甘えてきた。
こんなにかわいらしく甘えてくる妹を見るのは久しぶりだが、外見が姉になった今でも中身は兄である俺としては、もう小学校の高学年にもなる妹と一緒に寝るというとちょっと違和感を感じてしまい戸惑っていた。
すると横から母が
「あなたも今日は疲れたでしょう? 梨々花と過ごせるのもあと少しだから一緒に寝てあげて」
と言ってきた。
それもそうか。父の海外赴任がどれくらいの長さになるのか今はまだ分からないので、梨々花とも長らく会うことがないだろう。次に会うときにはすっかりお姉さんになってるのかもしれない。梨々花もその辺りのことを寂しく思って甘えてきているのかもしれない。それに一応今の俺は身体的には女性なわけだから、別段一緒に寝てあげたっておかしな所はないんだろう。俺自身がなんか拘ってしまうだけの話であって。
「じゃあ梨々花、一緒に寝ようか」
「うん、やったぁー」
梨々花は無邪気に喜んでいる。すると秋菜が「
「うるせぇよ」
「あー、またかわいくない言い方した。ダメだよ、かわいくしないと」
周囲もそうだそうだと言った感じで頷いている。
俺は深い溜息をひとつ吐いて部屋を出ようとすると、
「カー君、メイクの落とし方教えてあげるから、後でまた部屋に来なよ」
と秋菜から声が掛かった。
そうだった。メイクしていたんだったなぁ。寝る前には落とさなきゃならないらしい。面倒臭いものだ。
「んー」と生返事をして賑やかなリビングルームを出て、梨々花の部屋へ向かった。
梨々花の部屋はピンクやら花柄やら、いかにも女の子女の子した内装で、女の子の部屋ならではのいい匂いがした。
梨々花がパジャマに着替えている間、何となく気まずくて目のやり場に困り、入ってきた扉の方を向いていた。
ベッドにゴソゴソ入る音がしたので、俺も隣に潜り込んで横になった。春とはいえ、日が暮れるとまだまだ肌寒いので、人の体温が隣りにあると温かくて心地よい。すると梨々花が頭を俺の胸に擦り寄せてきて、すぅ~っと息を吸い込んだ。こいつ何してるんだ。
「夏葉お姉ちゃん、いい匂いする」
と言って、また吸い込んでいる。
「そうかな?」
「うん、とってもいい匂いがするよ。ウフ、ママみたい」
そんなことを言いながら抱きついてくる。俺が男だった時にはこんな風に甘えてくることなんて全然無かったのに、何となく複雑な気分だ。
こんな
しばらく頭を撫でていると、やがて寝息を立て始めた。梨々花の体温が心地よくて俺も急激に眠気に襲われたが、メイクを落とさないと後でまた秋菜がうるさそうなので、頑張って布団から出ることにする。
リビングに顔を出すと、大人たちの宴はまだまだ盛り上がっていた。
祐太は酔っ払った母親たちに何だか絡まれている。
秋菜と目が合うと、俺の方へやって来て、部屋に行こうと誘われた。
秋菜の部屋ではメイクを落とすやり方やら毎晩行なうべきスキンケアやら、その他諸々の女子ならではの面倒事に関するレクチャーを受けた。
こんなの本当にマスターできるのだろうか、すっかり不安になってしまった。と言うより女子って本当にこんなこと毎日やってるのか? 秋菜とかごく一部の子だけじゃないのか? どうもそんな気がするが、とにかくやらないことには秋菜がうるさそうだ。これから学校も一緒だし、生活でも一緒になる機会がこれまで以上に多くなりそうなので、四六時中監視の目が光っているような状況だ。やりにくいことこの上なしだ。
さて、秋菜の諸々が終わって、ようやく一日の終わりを迎えることができる。お待ちかね、風呂の時間だ。
自分の体なのだが、おかしなことにまだ自分の身体的な変化に慣れていないというか、見た目上の不一致感というか、そんな違和感があってこういう時、つまり自分の裸を見る時、ちょっと興奮してしまう。だって俺は意識も蓄積された記憶もほとんど男だし、鏡の前のこの姿は長年慣れ親しんだそれとは決定的な差異があって、別人の裸みたいなのだからしょうがない。
自分の体に欲情していたらそれは確かに変なのだけど、何しろまだこの姿が自分だという気がしないので、感覚的には決して自分に欲情しているわけではないのだ。それにそもそも自分が感じているこれが欲情なのかというと、どうもそれもしっくりこない気がする。
ある種の興奮を感じてはいるけれど、今の俺には男のシンボルが無いわけで、何らかの反応や変化が生じるわけではない。男としての記憶の条件反射が、女の裸を見たら興奮すると思わせているだけで、もしかしたら実際には興奮しているように錯覚をしているだけなのかもしれない。慣れてきて心身に一致感が出てきたら、きっと平気になるのだろう。
などと言い訳がましい屁理屈を捏ねつつも、やはり中身は思春期真っ只中の健康な男子である俺のことだ。誰憚ることなく女体見放題というこのチャンスは唆られる。あぁ、唆られるとも! 客観的には自分の裸に唆られるとかとんでもないナルシスさんか変態さんだろうけども、女体に興味津々の俺は恥ずかしながらガッツリ見てしまう。
母にセクシーな柳腰と言われた細くくびれたウェスト。まだまだ小ぶりながら、やわらかな曲線を描き、張りがあってツンと上を向いているバスト。細くて長くてまっすぐ伸びた脛から、細いんだけど程よい肉付きの太腿にかけて描き出される美しく靭やかなライン。
馴れなくちゃなと思いつつ鏡に自分を映してまじまじと観察しながら、どうもこれが自分の体だという事実にしっくりこないのだが、同時に美しい肢体に惚れ惚れと見入ってしまう。やべぇ、鼻血出そう。出ないけど。
エッチなことに鼻血出そうな気がするこれもテンプレ的なやつか。エア鼻血だな。
ひょっとして何かしら体に反応が出ていないだろうか。男の体の時ならもう素直過ぎる反応がある部分に出ちゃうのだが、特に何も変化を感じない。その代わり好奇心がむくむくと頭を
よし、やったるで。女になってから初めて、股間にあった物が無くなったその部分をなぞってみる決意をした。エロ小説や動画で知ってるあの現象、女体の神秘とも男の夢と浪漫とも言えるあの現象がひょっとして……。
心臓をバクバク言わせながらもそんな好奇心に突き動かされて恐る恐るそこに中指を沿い這わせてみる……。
そこには果たして何の現象も起こってはいなかった。なぞってみた感じも、特にエロ漫画や動画みたいなビクンとかジュンとかいう男の間では有名なあの感覚は一切無し。些か拍子抜けするくらいに何も起こらなかった。
もののついでというか、期待にそぐわない結果に何だか物足りなさを感じたので、試しに乳房をやんわりと痛くないように揉んでみた。やっぱりエロメディアでよく見る反応は起こらなった。腹を揉むのと何ら変わらない気がする。夢のない話である。しかし探求者たる俺は懲りずに乳首を撫でてみる。が、やはり痛いだけ。ちぇ、男の夢を壊すなよ。
この前までの俺に言ってやりたい。騙されるな、エロビデオなんて嘘っぱちだと。男が男のために作ったお伽話なんだから真に受けるなと……。
膨らんでいた好奇心が一気に
後は体と髪を洗い、のんびりとバスタブに浸かって疲れを癒やした。
母や秋菜に言われた通り、今までみたいにがさつな洗い方をせず、あくまで優しくスポンジを使って泡をよく立てて洗った。
女性器については構造上、おしっこがスリットを伝って出てくるのでしっかり中も洗いたいところだが、何でも中の方は石鹸とかで洗ってしまうのは却って雑菌を繁殖させてしまう原因らしい。専用のソープがいいが、お湯で綺麗に洗うだけで十分だと母からも注意を受けていた。本当なのだろうか。
しっかり洗いたいところだが、雑菌が繁殖とか言われるとちょっと怖くなって言われた通りにしておいた。トイレットペーパーのカスとか付いてたら嫌なので念入りには洗ったが。
ともあれ、寝込んでいた間は母に
一応何の問題もなくこの儀式を終えることが出来たはずだ。密かに期待していたエロなイベントが何ら発生しなかったのは、ちょっぴりがっかりだったが。
こうして、大事な親族会議のあった一日が幕を下ろすのだった。
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