第9話「宇宙HENTAI大決戦!」

 俺たちの町に、UFOが大挙して現れたのは、それからほどなくしてのことだった。


 空の上で銀色の光を放つUFOたちは、地面に向かって、光を照射する。

 その中から次々と現れるのは、巨大な怪獣たちであった。


「あの怪獣、どっかで見たことあるぞ! ほら、あれも!」

「地球人の文化背景を鑑み、恐怖を感じさせるフォルムを作っているのだ。おそらくは、地球人が想像で作り上げた地球外の生命体を模倣しているのだろう。エイリがやりそうなことだ」

 俺とHENTAIは、町を踏み荒らしていく怪獣を見上げていた。

 しとやかはまだ服を脱いでいないが、身体の主導権はHENTAIのものだった。


「やけに冷静ですね、御巡おまわりさんたち! 怪獣ですよ、怪獣!」

 そう言いつつも、新聞あらきき紙子かみこが、眼鏡を光らせ、カメラを回している。

「おまえだって変に冷静じゃないか。早く安全な場所に避難しろ!」

「いえいえ、こんな大スクープ映像、撮らずにいられます? まあ、いろんな人が撮影すると思いますけど、ここにいる中で一番技術高いのは私ですからね! プロにだって負ける気はしませんよ!」

 紙子かみこの野次馬根性には、こうなってくると恐れ入る部分がある。


 当然のことながら、警察も消防も動員され、避難誘導に当たっている。


「こうなったのは私の責任だ。エイリを倒し、町の被害を最小限にする!」

「待ってくれ」

 俺は、空中に飛ぼうとするHENTAIを押し止めた。

「これ以上、しとやかを危険にさらしたくはないんだ。今度こそ、ケガをするかもしれない。だから、俺に憑依してくれ!」

 HENTAIが驚きに目を見開く。

「俺はこの街を守る警察官だ! だから、俺の身体で戦うんだ!」


「ちょっと、そんなのダメに決まってるじゃないですか!」

 口をはさんできたのは、紙子かみこだった。

「HENTAIさんが、御巡おまわりさんに憑依するだなんて! あなたの裸でアクセスが伸びるとでも思っているんですか? ここはやはり、清純宮せいじゅんのみやさんでないと!」

「おまえ、何言ってんだよ!?」

 いろいろあって、紙子はHENTAIの秘密を知ってしまった。

 というか、HENTAIが紙子に根掘り葉掘り聞かれ、答えてしまったわけだが……。

「前回のように、裸で優しく御巡おまわりさんを包み込んでくださいよ!」

 紙子が、ビルから飛び出した、光り輝くHENTAIと、俺の姿を撮影していたのだった。

「そのおっしゃり方、やめていただけませんか⁉」

 しとやかが、顔を真っ赤にして叫ぶ。


御巡おまわり様。お言葉には心より感謝いたします。けれども、HENTAI様の憑依対象としての適性があるのは、わたくしでございます」

「なんだって?」

 一瞬、しとやかが、何を言っているかわからなかった。

「わたくしは気づいたのでございます。普通の地球人である御巡おまわり様が、あれほどに頑張っていらっしゃるのに、わたくしは何もしたくないだなんて、間違っております」

「待てよ。君は一般人で、未成年者だ。それに、HENTAIに身体を貸すってことは……」

 しかし、しとやかは、その、日本人形のような整った顔に、決意の表情を浮かべていた。

「見くびらないでくださいませ。わたくしは、HENTAI様の憑依対象として一日の長があります。これまでも、HENTAI様は、わたくしをどんなことがあっても、物理的には守ってくださいました」

「だけど!」

御巡おまわり様が初めて、HENTAI様に憑依され、いざというとき、うまく身体を動かせなくては困りますもの」

 俺は絶句する。

 笑みを浮かべ、しとやかは続けた。

「それに、わたくしの姿を見て、世界が平和になるのだとしたら……ここで脱がなくては女がすたるというものでございましょう?」


「よく言ったぞ、しとやか!」

 しとやかの十二単じゅうにひとえをまとった身体が発光している。

 HENTAIが喜んでいるのだとわかった。

「ついに、正義の心を理解したのだな! 私はおまえの成長がうれしいぞ!」

「待てよ、おまえら!」

「後方のことは任せた、御巡おまわり刑事けいじ!」

 十二単じゅうにひとえが翻る。


 着物が空中に舞った瞬間には、HENTAIは光をまとい、空中に飛び出していた。


「エイリアンよ! これ以上の狼藉はゆるさん!」

 HENTAIの全身から光が放たれる。

 UFOたちが、そして、怪獣たちが、光に飲み込まれていく。

 その多くは、そのまま、光の中にとかされ、消滅していった。


「すごい! 一撃で、あんなに!」

 紙子が呟き、ビデオカメラを回す。


(あのエネルギー……やっぱり、しとやかは……)

 HENTAIの活動の源のエネルギーは、しとやかの羞恥心である。

 だから、本当は、彼女は裸で平気なわけがないのだ。

 現在は、テレビ局まで現れて、ヘリやドローンによる空撮を行っている。

 つまり、彼女の姿は、誰であるかははっきりとわからないにせよ、全世界に報道されてしまう。


「これが、技術革新により、新しい力を得た人類の、正義のあり方……! メディアは暴力を振りまくだけじゃない! 人々に希望と平和を与えるためにあるんです!」

 紙子が、ビデオカメラを手に、熱っぽく言う。

「そうは言っても、裸の女の子の映像だろ⁉」


 しかし、そこで、俺は気づく。

 俺は、裸を見られて、しとやかほどに、恥ずかしいと思うだろうか。

 もちろん、恥の感情はあるが、エネルギー源として十分だったかどうかわからない。

(昔、俺を助けてくれた、しとやかの親父さんだって、だんだん羞恥心がなくなっていったらしいじゃないか)

 きっと、自分から脱いでとっとと事件を解決させようとする男ではダメなのだ。

(だとしたら、余計に、最悪すぎるな、HENTAI……!)

 俺は改めて、HENTAIが力を発揮するメカニズムに慄いていた。


 幸いなことに、一般人の避難は順調に進んでいるのが、警察の無線連絡で伝わってくる。

 まるで、HENTAIを迎え撃つかのように、UFOがしばらく上空で待機していたからというのもあった。


 HENTAIが、さらなる光をまといつつ、空中を飛び回り、最初の光で倒せなかった怪獣を倒し、UFOをいくつも撃墜させる。

 光をまるで小さなボールのようにして、空中にいるUFOへ投げつけ、全滅させていく。


 だが、その戦いの最中、路上に、小さな女の子が現れた。


「エイリ……!」

 俺のつぶやきと同時に、HENTAIが、エイリに光の球を投げつけた。

「観念しろ、宇宙犯罪者!」


 しかし、それは、銀の光により、はじき返された。


「エイリアン! 貴様、なにゆえに!」

 驚くHENTAIに、エイリが応える。

「HENTAIの力……我々の多くがもとめてやまぬ、その力を、私は身体へと埋め込んだ。オリジナルのHENTAIへの接触を成功させることによって」

 エイリの、あの、幼い声のまま、エイリアンが話し続ける。


「つまり、私も同じHENTAIということ」

 そう言うなり、エイリの銀の光が強まり、まとっていた衣類はすべて消し飛んだ。


「HENTAIの力さえあれば、志向性を持ったマインドコントロールが可能。『改心』などと言えば聞こえは良いが、宇宙警察の行っていることもまた、宇宙侵略の行為に過ぎない」

「そのような戯言……ぐっ!」

 キィン……という、嫌な音が響く。

 頭痛がこみあげるような、ガラスを爪でひっかく音を、何倍にも不愉快にしたような音だった。


「ああっ!」

 頭を押さえ、HENTAIの光が弱まっていく。

「地球人はこれが苦手だったな」

「精神攻撃か……! 卑劣な!」

 HENTAIが、高度を下げ、地面に降り立つ。

 さっきの悲鳴は、しとやかのものだろうか……?


「憑依対象を操れば、もはや、我々の勝利は目前」

「いや……です、わたくし……は……」


 エイリは、無感情な表情のまま、銀の光を放ち、不快な音……多分、超音波かなにか……を発して、しとやかへと精神攻撃を与えていた。

「くっ……!」

 ついに、HENTAIの光がうすれ、その膝は地面へとつく。


「な、な、何が起こってるんです!?」

 紙子が、狼狽しているが、俺は、頭痛をこらえ、走り出していた。


「これで、終わりだ。宇宙は、新しい時代を迎える」

「だ、だまれ、エイリアン……!」

 その美しい顔には、強い焦りの表情が刻まれている。

 あんなふうになったHENTAIを、始めて見た。


 だけど、それも、もう終わりだ!


 急ブレーキの音と同時に、不愉快な音は消える。

「なっ……!」

 俺は、エイリへと白バイで突っ込んだのだ。

 そして、銀の光を弱めたエイリを羽交い絞めにした。

「地球人をなめるな!」

 さらに、HENTAIに向かって叫ぶ。


「俺ごとやれ!!」


「承知した!」

 立ち上がったHENTAIは、力を取り戻したようだった。

 整った顔には、その不敵な表情が戻ってきている。


 HENTAIが、両手を振り下ろす。

 そして、拳を身体の正面で合わせる。


 が、空中に刻まれ、そのまま、ビームは俺とエイリに炸裂する。

 強い光の奔流を受けるが、俺は、エイリを決して逃がさない。


 そして、辺り一面が、真っ白になり、静寂に包まれた。

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