第8話「取り戻された記憶」

 真っ暗な空間。

 ここは、もしかして、宇宙なのだろうか?

 それとも、どこか別の時空……あの世なのだろうか?


 プツン、と電子音のような音がした。

 どこかで、テレビのように、映像が再生されはじめた。


「巻き込んですまない」

 幼い俺に、ヒーローが謝っている。

「君の記憶を消させてもらう。これ以上、危険な目にはあわせたくないからな」


「まって!」

 小さい俺が叫んでいる。

「やめてよ……いやだ!」


 光が広がり、映像の世界が白くなる。


 ……真っ暗だった俺の世界も、白く染まっていく。


「おれのヒーローを……!」




「消さないでくれ!」

 自分の叫び声が、はっきりと聞こえた。

 跳ね起きる。


 周囲は、白い壁と、布で仕切られていた。

 病院の清潔なベッドに横たわっていたのだ。


「気づいたか」

 HENTAIが言った。


「私は、かつて、地球で宇宙犯罪者と戦い……人質になっていた少年の記憶を消したのだ」

「そんな……」

 子どものころの悲しい記憶がよみがえってきた。

 ヒーローが俺を助けてくれたのはわかる。

 けれども、それよりも、憧れの存在との思い出をなかったことにされてしまうのが、悲しかった。

 忘れてしまうのが、さびしかった。


「だが、御巡おまわり刑事けいじ。私のことを忘れずにいてくれたんだな」

 そうだった。

 不完全な状態ではあったが、俺はヒーローのことを……HENTAIのことを忘れてはいなかったのだ。


「うわあああ!」

 俺は、いろいろなことを一気に理解してしまった。

 うすうす気づいてはいたが……。

 やっぱり、憧れの存在はHENTAIだった!


「全裸だったんだよな、あの時も……!」

 ぼんやりとしか記憶にないが、あのたくましい成人男性は……!


「ああ。当時の憑依対象は、しとやかよりは、羞恥心のパワーが足りなかったが、毎回、他の人間のいる前で服を脱ぐのをかなり激しく拒絶され、骨が折れたものだ。もっとも、次第に、肝が据わったのか、きびきびと脱ぐようになってしまった。そのため、最後のほうは、羞恥心の低下に困っていたのだが」

 なんていうことだ。

 慣れとは恐ろしい。


「俺は、全裸の男をすっごく美化して記憶してたのか……」

 これまでの青春はなんだったのだと言いたい。

 もちろん、警察官になったことを後悔したりはしていない。

 だが、もう少し、思い出の存在が、いいものであってほしかったとは思う。


「ふむ、だからこそ、私の力の影響を受けなくなったのかもしれんぞ」

 いつもの鷹揚な様子で、HENTAIが言う。

「どういうことだよ?」

「おまえには自分にとって理想のヒーロー像ができている。つまり、自分の中で正義の信念が、ゆらがないということだ。正義の心を持つ者は、改心する必要がないのだから」

 以前も、その話は聞いた。

 自称・アルファブロガーの新聞あらきき紙子かみこが、なぜ、HENTAIを前にして、動画撮影しても平静でいられるのか。

 それは、彼女の独自の価値観によるものである。

 ただの、ゴシップブロガーとしての行動だが……。


「正義の心、か……」

 たしかに、ヒーローへの憧れの気持ちが、俺を駆動して、正義を実現したいと思った。

 着実に、できることをしたいと願った。

 それは、今でも変わらない。


 ともあれ、全裸の人間に、ひざまずいたりしなくてすんだのは、よかったと思う。


「そういえば、昔の憑依対象だった人って、今はどうしてるんだ? まさか、あの人……逮捕されたりしてないよな⁉」

 だとしたら、気の毒すぎる。

 俺の恩人なのに、HENTAIに身体をジャックされた挙句、前科者になってしまうなんて……。


「心配するな。私の憑依対象は、事件を解決する途中、一人の女性と出会い、その後、結ばれた。そして、今、ここにいる、清純宮せいじゅんのみやしとやかが生まれたのだ」

「出会ったって、全裸で!?」

「もちろんだ」

 全裸で助けてくれた人に感謝して恋に落ちるあたり、おそらく、しとやかの母も、「独自の正義感」の持ち主なのだろう。


「その後、私は、地球の宇宙犯罪者を倒し、一時的な休眠状態に入った。だが、やがて、地球人の起こす犯罪を見過ごせなくなったのだ。宇宙警察のHENTAIとして」

「それで、全裸少女ヒーローの誕生ってわけか……」

「ああ。しかし、HENTAIの力……ハイパー・エモーショナル・ネイキッド・トランスフォーメーション・アタッチメント・インテリジェンスを、多くの宇宙犯罪者が悪用しようと狙っている。ゆえに、エイリが現れたのだ」

 HENTAIが拳を握りしめる。


「奴こそは、私が倒しそびれた、最後の敵だ。あの時も、卑劣なことに、人質を使い、そして……」

「奴は、俺をさらった、あの悪者だったんだろ」

 HENTAIが、驚いたように見返してくる。


「あいつは、俺が倒す。騙されたせいで、地球での被害を拡大させた責任もあるからな」

「待て。おまえでは、奴の技術には太刀打ちできない」

 HENTAIは、決意の表情で続けた。

「今度こそ、私が宇宙犯罪者を倒し、そして、地球を離れるとしよう。よかれと思って、地球の平和を守ろうとしたが、結局は私の力を奪いに、宇宙犯罪者が集まってくる。それでは、かえって人類に迷惑をかけてしまう」


「すでに大迷惑です!!」

 叫び声をあげ、俺の身体にかけられていたシーツで、自分の身体を覆ったのは、しとやかだった。

「HENTAI様……わたくしの身体を使っていることについては、特に何も考えていらっしゃらないのですね……」

 冷静に考えると、HENTAIはずっと全裸であった。

 いかん、俺も、慣れてきてしまっているのか⁉


「あっ……」

 ふと、しとやかと目が合うと、彼女は真っ赤になって目をそらす。

「ん?」

 ふと、肌寒く感じた時には……。


「なんで俺、裸なんだ⁉」

 全裸でベッドに寝かせないだろう、普通!?


「傷を再生するために私の力を使ったのだ。あの爆風は、地球人には耐えられなかったろうからな」

「そんな能力もあるのか⁉」


 思えば、あの時、俺はHENTAIに抱きしめられ、爆発するビルから空中に飛び出したのだ。

 

 しとやかが、顔を赤らめ、うつむく。

 ……つまり、俺は、彼女にも抱きしめられたということになる。

 なんとなく、恥ずかしさがこみあげてくる。


「ところで、俺の服は⁉ 制服はどうしたんだよ!?」

 制服はベッドの脇に置かれていたが、爆風にさらされ、ボロボロになっていた。

 怪我を治してくれたのには感謝しつつも、俺は必死で着るものを探すはめになった。

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