第6話「HENTAIと正義と宇宙犯罪者の陰謀」

 交番の外に飛び出した俺は、ななめ向かいの銀行で、騒ぎを確認した。


「強盗だー!」

 叫んで走って逃げていく人たちがいる。

 銀行のガラス越しに、中の様子が見える。

 コンビニ強盗の時と同様、顔を隠した男たち……今度は複数の奴らが、何か命令しいるようだった。


 そして、さらに。

 近所で工事中だったビルの建設用の車両が、道路をジグザグに走っている。

 運転席には……誰も乗っていない!

 建設用の車両が暴走しているのだ!


「エイリ、こんなときに……!」

 周囲には、あの小さな姿は見えない。


「うむ! これは一大事!」

 すると、俺の隣に、しとやかが立っている。

 いや、今の発言はHENTAIのものだろう。


「HENTAI!!」

 彼女の叫びとともに、しとやかが身にまとっている十二単が、空中に放り出されていく!

 一瞬にして、彼女は、全裸超人HENTAIとして、その姿を現した!


「おお、かっこいいですね! まるで、ヒーローの変身シーンみたいです!」

 自称・アルファブロガーの新聞あらきき紙子かみこが、ビデオカメラを回している。

「これで、PV数は過去最高間違いありません!」

 紙子かみこはどうやら本気で喜んでいるらしい。

(こいつ、本当に、悪意のかけらもないのか……⁉)

 

 俺が、ほんの数秒、紙子のほうに意識を奪われた時だった。


 HENTAIは、すでに建設用の車両を、片手で軽々と持ち上げている。

御巡おまわり! おまえは先に銀行へ応援を呼べ!」

 叫びつつ、HENTAIが、車両を地面に叩きつける。

 さかさまになった車両のタイヤが猛スピードで回転し……やがて止まる。


「わ、わかった!」

 俺は、HENTAIのさらなる叱咤の声を受ける前に、銀行強盗が現れたことを警察署へと連絡する。

 

 その間も、俺は、昔、自分を助けてくれた、あのヒーローのことを思い出していた。

 あの、圧倒的なパワー。

 そして、スピードとテクニック。

(やはり、似ている……!)


 外見は全く似ていない。

 しかし、その能力は、俺を助けてくれたヒーローに全く劣らない。


 建設車両を完全停止させたHENTAIが、空中を横切り、銀行の扉を破る。

 そして、後光を背負い、銀行強盗達に向かって、口上をあげる。

「聞け、犯罪者たち! 愚かな行動は即刻やめ、改心するがいい!」

 一瞬にして、銀行強盗たちは、武器を捨て、HENTAIの前にひれ伏した。

 そして、人質になっていた銀行のお客や、銀行員たちも、ひざまずいていく。


「おお、なんという……!」

 紙子が、カメラを回し、つぶやく。

「信じられません! あっという間に鎮圧してしまいました!」

 俺も、最初は信じられなかった。

 だが、通行人の多くも、HENTAIにひれ伏している。

(事件に巻き込まれないように、地面に伏していてもらうんだったな……)


 しかし、だとしたら、なぜ、紙子は、こうして撮影を続けることができているのだろう?

 

「ふむ、君は、独自の正義感によって行動しているようだな」

 気づくと、HENTAIが、俺たちのすぐ近くに来ている。

 全裸の女の子が急に隣に来て、思わずビクッとなる。


「もちろんですとも! 現代のテクノロジーは、古い社会通念を超えてしまったのです。今、目の前で起こっていることを全世界に発信する……それが、私の、アルファブロガーとしての使命なんですよ!」

「正義感!? だから、こいつ、HENTAIの能力の効果を受けないっていうのか⁉」

「ああ。実際に、彼女の報道によって、事件発生の数は減ったのだろう? つまり、私の姿を、あまねく地球上……そして全宇宙に広めることは正義と言ってかまわない」

「……いや、ダメだろ!」

 あまりの迫力に一瞬、説得されそうになるが、裸の女の子の映像や画像を、ネット上に流すのはただの犯罪行為である。


(紙子も、別の種類の変態じゃねえか……)

 なんてこった。

 変態の力は、別の変態の能力を無効化するってことか⁉


 そうこうしているうちに、俺の呼んだパトカーが数台、現場に到着する。

「おまえは、もう、外に出るな!」

 HENTAIの姿を見て、銀行強盗を連行する警察官が行動不能になると困る。

 俺は、着物を一枚拾って、しとやかの身体を覆う。


「ああっ!」

 その瞬間、しとやかが、意識を取り戻した。

 ……いや、変身中も意識はあるんだったか。

「また、肌を露出してしまいました……! こんなに大勢の前で……!」

「いえいえ、もっと大勢の方が見てくれるはずですよ! あなたの美しい玉のお肌を! 全世界に向けて動画を配信しますので!」

 紙子が、カメラをノートパソコンに接続しながら、喜々として言う。

 しとやかが、その場に崩れ落ち、泣き始める。

「もうやめてやれよ!」

 しとやかの傷口に塩を塗りたくるような紙子を、止めようとするが……。


清純宮せいじゅんのみやしとやかさん! あなたが、全裸超人さんだったんですね! ぜひぜひ、独占インタビューさせてください!」

 紙子は、俺の話など聞いていない。

 泣きじゃくる、しとやかに向かってレコーダーを向ける。

(鬼か……)

 いや、しとやかが、HENTAIに身体をジャックされているのを知らないわけだから、しかたないのか。

 紙子から見ると、しとやかが、いきなりHENTAIに変身しているようにしか見えないのだろう。


「うむ、インタビューに答えるのはいいのだが」

 しとやかが、泣いている顔をあげ、立ち上がる。

 身体の主導権は、また、HENTAIのものになったようだった。

「……少々、おかしいとは思わないか、御巡おまわり

 HENTAIの表情は真剣なものだった。

 おまえは最初に会った時からおかしいよ……という言葉を引っ込め、俺は問い返す。

「おかしいって何が……あっ!」


 そうだ。

 HENTAIの姿が、新聞やネット上で流れたことで、犯罪件数が減っていたはずなのだ。

「おまえの姿が報道されたのに、銀行強盗が発生した……」

「そうだ。テレビでも私の活躍は報道されているのだろう?」

「ええ、最近は、ネットとも連動していますし」

 紙子の言葉を聞き、HENTAIが……いや、しとやかが、またも卒倒しかけている。

 俺は、しとやかの身体を助け起こす。


「しかし、実際には、なぜこうも立て続けに事件が起こっている……?」

「そういえば、あの車両も、なんで暴走したんだ⁉」

 視線の先の、建設用車両は、完全に停止したままだった。


「地球人の力だけが原因とは思われないな」

「じゃあ、あのUFOの……⁉」

 結局、UFOの中には、エイリ以外は見つからなかった。

「宇宙人が潜伏しているのか⁉ この近くに……」

 俺が、そう、問いかけた時だった。


 爆発音が響いた。


 見上げた先では、建設中のビルが燃えていた。


「な……!」

 しかも、ビルの窓の中には、エイリがいた……!

 見えたのは一瞬だけだが、間違いない。


「消防車を呼べ、御巡おまわり!」

「わかってる!」

 叫びつつ、俺は、無線を取り出す。

 そして、HENTAIと一緒に、燃え盛るビルの中に飛び込んでいった……。

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