第4話「HENTAIと宇宙の平和」

 全裸の少女が、UFOに向かい、空高く跳躍する。

 そして、そのまま、UFOへと飛んで行った。

 まったく、ヒーローそのものだった。

 全裸ということを除けば。

 

 彼女の足まである長い黒髪がなびく。

 俺の視界に、あらわになった下半身が見えた。

 その白い素肌は、今まで髪があったため、見ることができなかった。

 

「美しい……!」

 思わずつぶやいてしまう。

 今まで見た中で、一番美しいしりだ!

 まるで、白桃のような、整った形に、魅了されてしまう。


「って、それどころじゃなかった!」

 俺は、警察官としての職務を思い出す。

 一般人が、上空のUFOの攻撃を受けるかもしれない!


「宇宙犯罪者め! 地球の罪のない人々を傷つけることは許さん!」

 全裸超人少女……HENTAIが、光を全身から放ちつつ、UFOへと接近する。

 そして、光る拳でパンチを繰り出す。


 UFOは、そのパンチを受けるものの、さらなる打撃を、奇妙な機動で避ける。

 そして、空中で変形を始めた!


 円盤形のUFOの下部からは二本のアームが伸びてくる。

 そして、前面には、砲塔らしきものが現れたのだった。


 まるで、ロボットアニメの敵役メカのようだった。


「こざかしい!」

 だが、HENTAIは、気合い一閃、空中で回し蹴りを放つ。

 すると、一撃で、UFOは吹っ飛び、金属片を落下させつつ、墜落する!


「あの動きは……!」

 俺は、HENTAIの戦いぶりに、感心せざるを得なかった。

 全裸で、少女の身体を乗っ取っているような奴だが……。


(似ている! 俺を助けてくれたヒーローに!)

 子どものころ、悪者から俺を助け出してくれたあのヒーローの動きに似ていた。

 ヒーローは、武器も何も持っておらず、徒手空拳だけで、悪者を倒した。

 あんな奴と、思い出のヒーローを比べるのは嫌だが、強さは本物である。


 HENTAIの動きに、不本意ながら見とれている間も、俺は周囲の様子をきちんと観察した。

 幸いにも、UFOの墜落に巻き込まれた人や、車両などはない。

 

 HENTAIは、キャトルミューティレーションで空中に浮かび上がっていた赤べこを、いつのまにか、軽々と持ち上げていた。

 そして、地面へと着地したのだった。


「……」

 赤べこを地面に降ろすと、少女の顔つきが変わる。

 そして、大慌てで、地面に落ちている十二単じゅうにひとえの一枚を羽織ったのだった。


御巡おまわり様……!」

 彼女が、清純宮せいじゅんのみやしとやかに戻ったのだと、わかった。

「女官さんも、牛車ぎっしゃの御者さんも、交番の中にいるよ。君は大丈夫か?」

 あまり心配する必要はなさそうだが、俺は、彼女の腕を取り、確認する。

「な、なにを!?」

「よかった、ケガはないな」

 HENTAIの力で、肉体の強化とか、特別な力が付与されるんだろう。

 金属の塊をぶん殴っても、彼女の真っ白な手には、傷ひとつなかった。


「放してください、御巡おまわり様!」

 しかし、しとやかは、俺のことを振り払う。

「え?」

 そして、目に涙をため、俺をにらみつけるのであった。


「ど、どうしたんだ⁉」

「よくも……」

 しとやかが、絶叫する。

「よくも、わたくしのお尻を凝視なさいましたね!!」


「は?」

 一瞬、何を言われているのかわからなかった。


「だって、君は全裸だろ? なんでそのことだけ……」

「そういう問題ではございません! わたくしは、まだ、身体の前部分しか、皆様に見られてはおりませんでした。あなた様だって、昨日は、わたくしの髪の毛で、よく見えなかったはずでございましょう!」

 ……たしかに、そうである。

 だが、俺はおかしなことに気がついて、それを指摘する。

「なんで、俺が君のしりを見ていたことを知っているんだ⁉」

 彼女は、戦っている最中、前方のUFOを見ていた。

 つまり、地上にいる俺の様子まではわからなかったはず……。


「私が説明しよう!」

 しとやかが、十二単を脱いだ。

 いや、HENTAIが、脱がせたのだ!


「私は、HENTAI、すなわち、ハイパー・エモーショナル・ネイキッド・トランスフォーメーション・アタッチメント・インテリジェンスだ。しとやかに憑依している間は、大幅な戦闘力の上昇に伴い、人類には不可能な、360度の視界を得ることができる!」

「えっ!? じゃあ、後ろにあるものも、下にあるものも見えるってことか⁉」

「そうだ! つまり、『尻に目がある』のも同じこと!」

「ええっ!?」

 衝撃的な言葉に、俺は驚きの声をあげた。

「つまり、空中で俺と目が合ったような状態……だったのか⁉」

「ああ。目と尻が合った、というべきか」

 そう言われると、だいぶ気まずくなってくる。

 しとやかは、俺が視線をさまよわす中、気づくと、また着物を羽織っていた。


「HENTAI様、なんて恥ずかしいことをおっしゃるのでしょう……!」

「うむ、その気持ちが大事だ。私が憑依するにふさわしい人類の適性を示している」

 HENTAIは、しとやかの身体を完全にジャックしなくてもしゃべれるらしい。

 第三者から見たら、一人芝居だが……。


「なあ、どうして、彼女に憑依しないといけないんだよ」

 俺は、HENTAIにその理由を聞いてみた。

 未成年の少女が全裸で歩くのはやはり、警察官として看過しがたい。

 まあ、誰に憑依しても結局は犯罪になるのだが……。


「今の様子でわからなかったか?」

 しかし、HENTAIは、まったく悪びれることなくいう。

「しとやかが、変身中のことをすべて憶えているおかげで、さらなる羞恥心が生まれる。そして、大和撫子やまとなでしことしての恥じらいの心……! 恥の文化を持つと言われる、日本の少女である、しとやかは、私が力を得るのに最もふさわしい存在なのだ!」

「おまえ、ひどい奴だな⁉」

「平和のためだ」

 しかし、HENTAIは、言い切るのであった。


「それより、警察官よ。いや、御巡おまわり刑事けいじと言ったな」

 HENTAIの……奴に憑依された、しとやかの瞳に、真剣さが帯びる。

「私の力が、無効化されている……その力は、全宇宙でもまれに見るものだ」

「そうなのか?」

 そういえば、他の人は、地面にひざまずいてしまうんだった。

御巡おまわり、貴様のその力はいったい……」

 HENTAIが、そう言いかけた時だった。


 地面に墜落したUFOが、またも、銀色の光を放ち始めた!

 まるで、最後の悪あがきのように、アームを伸ばし、こちらへと接近してくる!

「むっ!」

 すぐさま、着物を脱ぎ棄てるHENTAI。

「いやああああ!」

 しとやかの悲鳴むなしく、全身が光に包まれる……が。


 UFOの周囲は、様々なものが空中に浮かんでいた。

 そして、そのうちのひとつが落下してきたのだ!

 さっき、キャトルミューティレーションで、一緒に吸い取られた、十二単じゅうにひとえの一枚だった。

「うっ!」

 HENTAIは、着物で頭からすっぽりと全身覆われ、身動きできなくなっている。

「せっかく脱いだのに、これでは……!」


 UFOが、アームで、はいずるように、HENTAIへと近づいてくる。

 そして、砲身が、向けられる……!


 俺は、UFOの前に飛び出し、動けない少女の前に立ちふさがっていた。


 その瞬間、UFOは、なぜか、動きを止めた。

「これは……貴様の力か⁉」

 HENTAIがつぶやく。


 UFOは、もはや、銀色の光を放つことなく、アームは金属音を立て、砕けて地面に転がった。

 安全を確認するため、俺は、本当に動かなくなったかどうか、UFOに接近する。


 UFOの内部を覗き込むと、蒸気の吹き出すのに似た音を立てて、外壁が開いた。

「……女の子!?」

 UFOの中に、4、5歳程度の小さな女の子が倒れている。

 俺は、気絶している女の子を抱き上げた。

「まさか、この子もUFOにさらわれて……⁉」

 とにかく、救急車を呼ぼう。


 UFOは、ただの金属の塊のようになり、二度と動かなかった。

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