第3話「十二単(じゅうにひとえ)とキャトルミューティレーション」

 全裸の少女がコンビニ強盗事件を解決した翌日のこと。


「やはり、いないな……」

 俺は、交番で、最近、全裸で外を歩いて警察に捕まった少女がいないかどうか調べていた。

 しかし、どこにもそんな記録はない。


 そうしていると、どこからか、大きな音が響いてくる。

 外を見ると、またも、非現実的な光景が広がっていた。


 交番の前に牛車ぎっしゃが止まっているのだ!


 牛車は、ものすごくでっかい真っ赤な牛……赤べこっぽいのが引っ張っている。

「牛ってこんなにでっかかったっけ!?」

 どう見ても、象くらいのサイズがある。

 いや、もっとでかいかもしれない。


 と、そんなことよりも!


「誰だ、こんなの走らせた奴!」

 牛も牛車も巨大すぎて、道路全体がふさがってるぞ!


 我に返った俺の前に、着物を着た女性が現れた。

 整ってはいるが、きつい印象の顔だち。

 俺よりは年上だろう、どことなく、女教師のような雰囲気を感じさせる。


 というよりも、この雰囲気、まるで偉い人のお付きの女官みたいだな……。

 

御巡おまわり様でいらっしゃいますね」

「は、はあ、そうですけど」

「お渡ししたいものがございます」

 女性が、俺に、時代劇に出てくる手紙のような紙束を渡してくる。

 渡された紙を広げると……。

「これ、なんですか?」

 かろうじて、細い筆で書かれた、昔の日本語じゃないかと思うんだが……。


「なんと、和歌をご存じないのですか?」

「和歌って……あの五、七、五、七、七の短歌みたいな……? なんて書いてあるんですか?」

「ああ、なんと嘆かわしい! おいたわしや、お嬢様!」

 そんなこと言われても困る。

 達筆すぎてまったく読めないし……。


 すると、牛車から、着物姿の少女が出てきた。

 赤い敷物が、牛車から、俺の前まですごい勢いで敷かれていった。

 

 彼女は、ものすごく厚着をしている……っていうか、十二単じゅうにひとえだ!

 しずしずと、こちらに歩いてくる。


清純宮せいじゅんのみやしとやかでございます」

 少女が、深々と一礼する。

「え。誰?」

「無礼な! 旧華族の清純宮家のご令嬢、しとやか様に向かって!」

 きつい感じの女官風の人を制止し、しとやかと名乗った彼女が続ける。


御巡おまわり刑事けいじ様。和歌の内容は、わたくしの裸を見た責任を取っていただきたい、ということでございます」

「ってことは、君は、昨日の変態か⁉」

「変態ではございません!」

 顔を真っ赤にして、涙目で、彼女は言った。

 だが、昨日の全裸の少女で間違いない。


「御巡様。わたくしの裸を、あそこまでご覧になったのは、あなた様が初めてでございました」

「えっ、だって、ずっと裸で外を歩いてたんだろ⁉」

「わたくしの意志ではございません!」

 しとやかの紅潮した顔は、怒りと羞恥に満ちていた。


「あれは、すべて、HENTAI様の所業でございます! HENTAI様は悪いことをなさっている方を捕まえるのがお仕事とおっしゃいます。とはいえ、あのような行為!」

「う、うん……大変だな。同情するよ」

 やっぱり、羞恥心によって力を得るとか、ひどすぎると思う。


「ただ、ほんの少しではございますが、不幸中の幸いがございます。昨日、HENTAI様が、おっしゃっていたとおり、悪いことをなさっている方を無力化する際に、その場にいる方は全員、地面にひざまずかれてしまいます。そして、その時の記憶をぼんやりとしか、保てなくなるのでございます」

「それって、つまり……君の裸をしっかり見れないし、憶えてないってことか?」

「はい。ですが、あなた様だけが、わたくしの全身をなめるようにご覧になっていらっしゃったこと、わたくしは、すべて憶えております!」

「そ、そんなに見てないだろ!」

「いいえ! わたくしは、HENTAI様の憑依により、身体をお貸ししているときにも、しっかりと意識があるのでございます!」

 しとやかは、わなわなと震える。

 

「どうか、責任を取ってください!」

 そして、俺に詰め寄ってきた。

 今にも、絞め殺されそうな勢いである。


 その時。

 銀色の光が輝いた。空を見上げる。

「UFOだ!」

 どう見ても、昔のSF映画に出てきそうな、空飛ぶ円盤だ!


「モオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 赤べこが、空中に浮かんでいる。

 光が放たれて、巨大な牛が、まるで吸い込まれるように、上空のUFOへと近づいていく。


「キャトルミューティレーションだ!」


「牛魔王ちゃん!」

 しとやかが叫ぶ。


 あまりのことに、俺は動けなくなっていた。


「何をぼさっとしている!」


 俺は、しとやかに叱咤された。

 ……いや、違う。


 彼女の全身が光り始める。

 昨日見たのと同じ、あの後光だった!


「早く、人々を避難させるのだ! 貴様も警官なら、すぐに動け!」

 この雰囲気は、昨日のHENTAIだ!


「あ、ああ……!」

 おかげで、なんとか俺は周囲を確認する冷静さを取り戻した。


 今のところ、路上にいるのは、牛車と、その御者らしき人、そして、さっきの女官だけだった。


(この二人を守らないと!)

 御者も女官も腰を抜かしている。

 

「さあ、おまえもだ、しとやか!」

 HENTAIの傲岸不遜な態度は、昨日と同じだった。

 しかし、あの時とは違うところがある。

 全裸ではなく、十二単を着ているということもそうだが……。


「エイリアンが攻めてきたぞ! 変身しなければ!」

「いやあああああああ!」

「あのUFOを止めねば!」

「嫌です! こんなこと……!」

 しとやかが、意識をジャックしようとするHETAIに抵抗しているようだった。

 そのせいで、うまく身動きが取れないらしい。


 ぱっと見には、一人でしゃべっているようにしか見えないが。


「脱ぐのだ、しとやか!」

「ダメです! ああっ!」

 しかし、一人芝居をしつつ、しとやかが、少しずつ着物を脱いでいく。

 ……ではなく、HENTAIに脱がされていく!


 そして、さらに。


 UFOの光は、しとやかの着物を、吸い寄せて、はぎ取っていく!

 

「きゃあああああっ!」

 抵抗するしとやかだが、もともと、HENTAIに脱がされかけていた状態である。


 空中に、十二単が、一枚ずつ、浮かんで、UFOに吸い込まれていく!


 あっという間に下着姿になり、HENTAIが、最後の抵抗を振り切って、ブラジャーとパンツを放り投げた。

 しとやかは、一糸まとわぬ姿になる!


「宇宙犯罪者め! この、HENTAIが相手をしてやる!」

 全裸の少女が、UFO……キャトルミューティレーションの真っ最中で、赤べこを空中に浮かせている状態……に向かって叫ぶ。


 俺は、交番の中に、動けなくなった女官と、牛車の御者をかくまった。

 

 そして、空中に向かって跳躍する、全裸超人少女を目の当たりにしたのだった。

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