第2話「HENTAIとは何者か⁉」
全裸の少女が、後光を背負い、俺の目の前で仁王立ちしている。
周囲には、地面に伏して泣いている、コンビニ強盗と、全裸の少女を恐れ敬い、やはり平伏している通行人たち。
彼女の力で、強盗がついさっき改心したのを俺は目撃したばかりだった。
普通じゃない、何か特別な力が、彼女にはある。
しかし、警察官として、見過ごすわけにはいかないことがある!
「早く、服を着なさい!」
俺の再三の注意にも、全裸の少女は傲然とした視線を向けるばかりだった。
「おい、そこの警官。どうして、私の姿を見て、平然としていられるのだ!?」
「平然とはしてないって! 裸で出歩いたりしたらご両親は悲しむぞ!」
「貴様、まさか、なんらかの装備をしているのではないか⁉」
少女は、俺の話を無視するばかりか、意味不明なことばかり言う。
そして、警戒するように、ゆっくりと身構える。
見たことはないが、なんらかの武術の構えだろうか?
「怪しいな。貴様、まさか、人類ではないのか⁉」
「何言ってんの!?」
「通常の人類、人間であれば、私の裸を見てそのようにしてはいられないはずだ!」
「どうしてそんな発想になるんだよ! いいから服を着ろ!」
だが、俺の注意はまたも聞き流される。
「今の様子を見ていただろう。私はこの地球の人類ではない」
「……え?」
「私は、ハイパー・エモーショナル・ネイキッド・トランスフォーメーション・アタッチメント・インテリジェンス、略してHENTAIと呼ばれる、地球外生命体なのだ。この少女の身体は、いわば地球で活動するための借り物として、一時的に憑依させてもらっている」
「ちょ、ちょっと待て」
都市伝説の怪人……全裸の少女のことが思い出された。
まさか、こいつが、犯人だったのか⁉
全裸で町中を走り回り、超人的な力で暴れた話って、全部本当のことなのか⁉
「私の本来の職務は、宇宙警察として犯罪者を追い、逮捕すること。このHENTAIパワーを発動することで、相手を無力化し、平和的に事件を解決するために、私は作られた」
「宇宙警察!?」
「犯罪者にもこの星で言うところの『人権』があるからな。宇宙では、相手の人権を侵害しないよう、平和的な解決が求められているのだ。HENTAIパワーの発動時には、私を中心とした光源を見つめるだけで、よほど強い意志の持ち主以外は、その場にくずおれてしまうはずだ」
それで、俺のこと、疑っていたのか⁉
人類じゃないとか、何かの装備をしているとか……。
「また、周囲の人々を巻き込まないためにも、一時的に放心状態になってもらう必要がある。犯罪者に攻撃されないよう、地面に伏せてもらい、宇宙警察の活動を阻害しないようにしてほしいのだ。私は平和的な事件解決を望んでいるからな」
「じゃあ、なんで全裸なんだよ!」
百歩譲って、彼女の話が本当だったとしても、地球のたいがいの地域の路上で全裸で活動したら犯罪である。
「HENTAIパワーは、残念ながら、無尽蔵に生み出せる力ではない。私が憑依している対象の、いわゆる羞恥心……その感情エネルギーを増幅することで、HENTAIパワーへと変換している」
「それって、まさか……」
こいつ、地球人の女の子に憑依して、裸で歩かせて、その「恥ずかしいという気持ち」を利用して、「HENTAIパワー」とかいうのを生み出してるのか⁉
「この変態!」
「うむ、なんだ?」
「名前呼んだんじゃねえよ! それじゃ、彼女が……」
憑依されている彼女が、かわいそうすぎるじゃないか!
そう、俺が続けようとした瞬間だった。
風が吹き、コンビニのビニール袋が、彼女の胸のあたりに飛んできた。
そして、ビニール袋はぺたっと、彼女の肌に張り付いた。
彼女の背負う後光が、すうっと消えていった。
「き……」
一瞬で、彼女の表情は別人のようになった。
真っ青になり、そして。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
真っ赤になり、両手で胸を覆う。
そして、大慌てでくるっと回れ右する。
「あ……」
「いやああああああ! 見ないでええええええ! 来ないでええええええええ!!」
完全に別人のようになり、彼女は一目散に逃げていく。
つい、あっけにとられているうちに、その背中は見えなくなってしまった。
「まさか、あれが……」
本来の人格なのだろうか?
だとしたら、気の毒すぎる……。
「あ、あのう……お
「え?」
振り返ると、フルフェイスヘルメットの男が、俺の目の前に両手を差し出してくる。
「逮捕してください。俺、自首しますんで。この金も、コンビニの店員さんにお返しします」
「あ、ああ……」
忘れていたわけではないが、コンビニ強盗が、あまりにもおとなしくしていたので、ついそのままにしてしまっていた。
少女に渡していた金の入ったバッグも、地面に落ちてそのままになっていたのを、こいつがわざわざ拾って渡してくれた。
「ご迷惑おかけして、ほんとにすみませんでした」
コンビニ強盗は、完全に反省していて、コンビニの店員たちにも謝っている。
コンビニの店員も、店長も、誰もケガしていなかったこともあるのだろう、事件を起こした彼に対し、穏やかに接している。
(全員が、あの光を浴びているからなのかな……)
全裸少女の放った光で、追ってきた店員も通行人も、地面にひざまずいていた。
俺は、強盗犯を連れて、交番に戻った。
ナイフを取り上げ、一応、手錠はしているけど、強盗犯は椅子に座ったまま、暴れる様子もまったくなく、ずっと神妙にしている。
パトカーで呼んだ先輩の警察官に、俺は状況の説明をする。
「……裸の女の子と話したら、自首してきた、ということか?」
こればっかりは、現場を見てもらわないと、信じてもらいにくい。
どうしようかと思ったのだが、ベテランらしい先輩警官は、事務的にメモを取っただけで、証拠品を引き取り、さっさと引き上げていく。
「初犯だし、店長もなるべく大ごとにはしないでくれるってさ。よかったな」
後姿に声をかけると、強盗犯の男が嗚咽を漏らした。
きっと、すぐに改心して、真面目に生きてくれるだろう。
なにより、誰もケガをしなくてすんで本当によかった。
今日も、町の平和は守られた。
遠ざかるパトカーを見送り、俺は、さっきの少女の言ったことを考えていた。
(地球外生命体……あの話が本当だとしたら)
子どもの時に出会ったのは、もしかしたら、もしかして……!
正真正銘、本物のヒーローだったんじゃないのか⁉
全裸の女の子だって本物だったんだ。
俺を助けてくれたヒーローも、きっと、本物に違いない!
(やっぱり、夢なんかじゃなかったんだ!)
全裸の少女をこれからどうすればいいのかという問題もあるが……。
ヒーローの実在の確信による高揚感に包まれ、無意識にガッツポーズしてしまう。
だが、この時、誰かから、自分が見られていることには、俺は全く気がついていなかったのだった……。
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