おまわりさん、HENTAIです!
森水鷲葉
第1話「おまわりさんとHENTAIさん」
この街には都市伝説がある。
全裸の少女が、ビルの上を駆け抜けたとか。
電柱を折って怪獣と戦ったとか。
俺の夢は、正義の味方になることだった。
子どものころ、本物の正義のヒーローが、俺を助けてくれたんだ。
都市伝説の怪人とは似ても似つかない、かっこいい正義の味方だった。
誰も信じてくれなかったけど。
だけど、あれは、ほんとうのことだった。
悪者につかまっていた俺を、アジトから救ってくれた正義のヒーロー。
あの人は、絶対に、実在するはずなんだ。
結局、ヒーローにはなれなかったけど、俺は警察官になった。
ただの人間の俺は、自分にできることをするだけだ。
「どうもありがとうございます」
道を教えただけだったのに、おばあさんは、何度も何度もお礼を言った。
「いえいえ、気をつけて行ってくださいね。今日は暑いですし」
「ご親切にどうもありがとう。お巡りさん、お名前を聞いてもいいかしら」
「はい、自分は、
「え? お巡りさん、刑事さんなの?」
「あ、いえ、自分の名前は
「はい? なんですって?」
「ですから、自分は……」
まあ、こういうのには慣れている。
刑事ドラマファンの両親に名付けられた名前だが、俺は、なるべくして警察官になったのだと思う。
ちなみに、いわゆる「刑事」とか「デカ」と呼ばれる役職ではなく、交番勤務なわけだが。
こうやって、直接、町の人の困りごとを解決するんだから、「交番のおまわりさん」だって、大事な役目なのだ。
おばあさんを送り出し、俺は、交番の前で空を仰いだ。
空はピーカンで真っ青だった。
今日も平和な日だ。
郊外の住宅地には、事故も、事件も起きていない。
それが一番いい。
俺たち、警察の存在自体が、犯罪の抑止力になっている証拠だ。
だが、視線を落とした俺の目の前に、全裸の少女の姿が飛び込んできた。
「なっ!?」
こんな真っ昼間に露出狂か⁉
暑さで頭がおかしくなったのか⁉
しかも、交番の前をわざわざ通ってくるとか、どういうつもりだ⁉
「お、おい、そこの君!」
俺は、全裸の女の子に声をかける。
顔を注視する。
目を見れば、どういう人物なのか、どういう状態なのか、だいたいわかる。
「なんだ?」
ぶっきらぼうに少女が応えた。
彼女の瞳に狂気はない。
酔っ払ってるわけでもなさそうだ。
むしろ、しっかりとした自我を感じる。
そして、なにより、彼女は美少女であった。
足元まで届く黒髪に、白い素肌。
美しく整った顔は、まるで日本人形のよう。
さらに、全裸だから、非常によくわかる、全身の滑らかな曲線……!
十代半ばらしき、あどけなさと、成熟しつつある女の美しさを兼ね備えている!
(なんて残念な子だ!)
そう思いつつも、青少年の犯罪を見過ごすわけにいかない。
「とにかく、服を着なさい!」
少女はマッパのうえに、何も持っていない。
だけど、交番に、替えの制服があるから、ひとまずそれを着せよう。そうしよう。
「そういうわけにはいかん。私はHENTAIだ!」
「いや、変態なのはわかってるけど……!」
傲岸不遜に言った彼女に、なおも、指導をしようとするが……。
俺がさらに言葉を発する前に、叫び声がした。
「誰か! 捕まえてくれー!」
すぐ近くのコンビニから、店員が叫んでいる。
フルフェイスヘルメットの男が、走って逃げていく。
手には黒いセカンドバッグ。
絵にかいたようなコンビニ強盗だ!
捕まえねば!
相手は、当然、凶器を持っているだろう。
見たところ、鈍器は持っていない。
ということは、持っているのは刃物だろう。
刺されたら大変なことになる。
俺は走りながら、相手の様子をうかがう。
「待て!!」
しかし、いつのまにか、コンビニ強盗の前に、全裸の少女が立ちふさがっていた。
……さっきまで、強盗が逃げたのと反対側の路上にいたのに、どういうことだ⁉
どうやって移動した!?
いや、そんなことより、彼女が危険だ!
「どけ!」
フルフェイスヘルメットの男は後姿しか見えない。
だけど、その右手に、ナイフを出したことが、はっきりわかった。
「貴様が、悪の力の源だったのだな」
にもかかわらず、全裸少女は全くひるむことなく、仁王立ちしたままだった。
「こ、こいつ!」
強盗がナイフを振りかぶる。
同時に、俺は、強盗の背中に飛びかかった。
次の瞬間、まぶしい光が、辺りを包み込んだ。
「犯罪者め! 頭が高い!」
全裸の少女から、後光がさしていた。
そして、俺の目の前では、地面にくずおれ、がたがたと震える強盗の姿があった。
「も、申し訳ありませんでしたあああああ!」
強盗が、悲鳴のような声をあげている。
「な、なんて光だ!」
「ああ、美しい……!」
さらには、通行人たちも、次々と、地面にひざまずいて平伏している。
「な、なんだ、これ!?」
俺は、強盗を押さえつけようとして、失敗し、そのまま地面にスライディングした形となってしまっていた。
なんとか体勢を立て直し、目の前の強盗の様子をうかがう。
奴は、地面にフルフェイスヘルメットの額部分をこすりつけている。
「かっ、金が、なくて! でも、すいませんでした! お、お返ししますっ!」
強盗が、顔を地面に着けたまま、震える手で、少女にバッグを差し出す。
「うむ。これからは、罪を償い、真面目に生きるのだぞ」
「は、ははーっ!」
奪った金の入っているだろうバッグを受け取り、全裸少女が鷹揚に言った。
強盗は、さらに平伏した。
全裸少女の背中からは、ずっと後光がさしている。
まるで、女神にひれ伏すかのように、強盗も、コンビニの店員も、通行人も、地面にひざまずいたままだ。
「お、おいっ!」
勇気を出して全裸少女に話しかける。
「あんた、いったい、何者なんだ⁉」
少女は、俺に、不敵な笑みを浮かべる。
「言っただろう? 私はHENTAIだと。この光を見たものはみな、どんな極悪人でも改心する。あるいは、戦意喪失させ、無力化することができるのだ!」
たしかに、まるで、時代劇の偉い人が正体を明かしたときのような状況だった。
彼女はいったい、なんなんだ⁉
「さあ、警官よ。あとはおまえに任せた」
そう言いつつ、彼女はさっそうと立ち去ろうとする。
強盗は、地面に這いつくばって、おいおい泣いている。
「おい、待てよっ!」
なおも追いすがる俺に、彼女は言った。
「まだ、私に用があるのか?」
「あるに決まっているだろ!」
あまりにも異常な状況に、みんな気にしていないみたいだが……。
このことを指摘しないわけにはいかない。
「服着ろよ!」
彼女は全裸なのである!
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