07. ES.

『普通、あそこで落ちるかよ。』

 崩れ落ちる廃ビルの屋上、寸前の所で彼杜は銃を隣ビルの窓枠に引っ掛け、崩れる壁と共に滑り落ちるように了の手を取り隣のビルの一室へと飛び移った。

 薄暗く冷えた一室、月の淡い光も戦場の喧噪もここまでは届かない。妙に静かな室内で二人は蹴破った窓硝子を振り払う、破片が床に落ちる音を聞きながら彼杜は振り向き了の胸倉を掴み上げた。



 ―OTHER SIDE ― 07.ES.



『何故、正体を知ってて、来やがった。』

『分からない。』

 未だ了の冷静な反応に苛立ち彼杜は力任せに壁に押し付けた。 

『俺はプラナドの白猫で、テメェは軍の黒犬。嘘の吐き合いは終わりだ。それとも、分かってわざわざ改めて殺しに来たって訳か。』

『彼杜。』

『クソっ、その名前で、呼ぶな!!』

 了の眉間に向かい構えられた白銀の銃口、それでも視線が外れない。肩で息を吐き出し彼杜は苦々しく眉間に皺を寄せた。

『俺は、お前を殺すぞ。それはテメェも同じだろ。』

 黒い瞳の間に定められた銃口の撃鉄を起こす、

『あぁ、』

 拳銃を持ち上げる了の動作に彼杜の奥歯が噛み締められる。指先に緊張が走った瞬間、了は目の高さまで持ち上げた銃を手放し床に落とした。コンクリートの床に金属の乾いた落下音が立つ。

『確かめたかった。』

 はっきりとした声で、了は彼杜を見詰めた。

『この気持ちが何なのか、もう一度会って、確かめたかった。』

『―――ッ!!』

 ――――瞬間、二人は奪い合うように口付けを交わした。

『ざけんな……やめ、ろ!!』

『ならお前こそ、その手を離せ。』

『…クソッ!』

 まるで弾丸を交わし合うような乱暴さで、壁に押し付け必死の口付けを交わす。滴る了の腹部と切り裂かれた彼杜の胸元の血が混ざりぬかるみ、抱き寄せる手を促すように相手を求め滑る。

『きっと、後悔する。』

 彼杜の言葉を引き裂くように了は身体を強く床へ強く押し倒した。

『あぁ。それでも、』

 肌蹴る衣服を奪い合いながら必死に舌を絡ませる。激しい喉の乾きを感じ了は彼杜の手にこびり付く血を舐め上げ、

『お前に、触れたい。』

 抱き上げるように強く肩を抱き寄せられ、彼杜の首筋の傷を口に含む。

『っひ、あッ―――ッく』

 了の口の中に甘い血の味が広がる、チリチリと頭の奥で熱が火花の様に散り脳髄に痺れが走った。そのまま了は舌を這わせ斜めに走る胸元の傷口を端から丁寧に舐め上げていった。あばらの骨に沿い軽く吸い上げられ思わず甘い悲鳴が上がる。前の一夜と異なり荒々しく暴力的に乱れる了の様子に彼杜は喉の奥から愉悦が迫るのを感じていた。

 了は彼杜に覆いかぶさったままインナーを脱いだ、露わになる脇腹には弾痕が熟れるように瑞々しい血を溢れさせている。甘く零れる蜜を吸うように、彼杜は腹部の傷口に舌を這わした。

『―――ツっ、あっ、』

 身体を強張らせしがみ付くように彼杜を抱き寄せる了の反応に、わざと傷口に舌を押入れこじ開けるように舐め上げる。歯を食いしばりながら了も己の中に喜悦が滲み広がるのを確かに感じていた。

 互いの傷を舐め合い焼け付く痛みに背筋が震わせられる。己が与えた痛み、そして相手に与えられた痛みだと思い知るだけで鼓動が深く熱を持つ。

こんなに傷が甘いだなんて、知らない。

『ははっ、何だよ、傷口舐められてこんなガチガチにするとか、変態だナァ。』

 布越しにも伝わってくる限界まで張り詰めた熱に彼杜は思わず布越しにキスして挑発した、それに応じるように了に顎を掴み上げられ傷口に深く歯を立てられる。

『んぅッ―――いっ―ァあッ!!』

 唸り声のように了の息が上がっている、思考がどんどんと熔けていく。ただ飢えを満たしたくて苦しいもどかしさを押し付けたくて、了は己の中心を彼杜の下腹部へ押し付け互いに隆起している雄を擦り付けるように圧迫した。

『―――はッ、やっ―めろ!――そんなっ…押されたらッア!』

 脳髄が痺れるように身体から力が抜ける、了は彼杜を正面から見下ろしながら、

『お前だけが死なない。』

 了は自身の頬、そして腹部の血を指先で絡め取りゆっくりと彼杜の下腹部に向かい指先を下ろしていく。

『お前だけが、俺に傷を付けられる。』

『っ、…はっ…アッ―……んぐッ―――』

 膝を割り奥の窄まりに血でぬかるんだ指先を押し込む。受け入れる事を躊躇うように押し返す内壁に、焦らすような優しさでゆっくりと指先を奥に押し進める。

『、あぁぁっ――ぅッ…っ…――ヤバッ――ふッ…っ』

 押し広げようと彼杜の呼吸に合わせて押し引きする。了の指先に残る優しさが僅かにもどかしくなり、彼杜は了を引き寄せ頬の傷を音を立て口に含んだ。

『―つッ――』

『ッ―ア、あっ、ダメッ―そこッ――っ…!!』

 傷口に沁みる痛みで了の指が強張り内壁を抉る、その好い刺激に彼杜は大きく身体を反らせ大きく波打った。

『―――アハッ、ッ――っは痛いの、好きだろ』

 不意に伸ばされた彼杜の手が了の腹部を抉る、びくり、と身体を強張らせた了の指先が更に彼杜の奥を深く抉り一際好い声が上がった。汗と返り血の混ざった滴を零し彼杜はにやと妖艶な視線を絡ませる。足の裏で了の腹をくすぐるように撫で上げ、そのまま肩に足をかけ了の身体を引き寄せる。

『俺達は、いつか殺し合う。』

 嘘偽りのなくなった白と黒の瞳に、互いが確信する。

 戦場で向かい合った時と同じ血の湧き立ちを感じ、自然と膨らむ笑みを抑えきれず二人は舌を絡め合った。

『お前を殺せるのは―――』

 その身を喰らうように、その身を貫くように、

『―――俺だけだ。』

 暴力的で贖いようの無いリビドーを刺し違える。

『っ、は…ぁっ…、っ―――熱っぃ―』

『…はっ―――っ……悪い、』

 了の喉が上下したと思った瞬間、骨が軋む程一気に奥まで突き上げられた。

『っあぁッツ!!ぅ―――っくッっ―――ッ』

 甘い悲鳴に促されるように了が更に深々と腰を落した。

『クッ――はッ―――彼杜、』

 息継ぎをした瞬間、すぐさま再び了は強くの熱を引き突き入れた。そのまま濁流のように欲望を穿たれる。引き攣るように止まらなくなる躍動、乱れるがままに襲われる衝撃に息をする事も忘れそうになる。冷えた地面に擦れる背筋を歯痒い痺れが走り抜けて行く―――でも、甘い。

『はぁっあっ、っん―――ぅくっ――ふっ』

『――ぁっ、ッ――彼杜―。』

『ハッ、んっ、だよこの間はあんなにビビってたくせに…あッ――俺を殺す気か。』

 喘ぎ声と笑い声の入り混じった声を上げながら、彼杜は足を了の腰に絡め自らの腰に深く押し付けた。息の上がった了の胸元を赤く汚れた汗が滴り落ち腹部の血を削いでいく。

『っふ、俺の事を調べたなら、知ってるんだよなぁ――』

 瞬間、そのまま足で身体を引き寄せ了の唇を塞ぎながら、横倒しに了を押し倒す。

 不意に床に押し倒され、怪訝な顔で彼杜を見上げる鋭い目のすぐ脇に手を付き、もう一方の腕を引き寄せ身体を拘束する。

 腰を引き足を広げ見せつけるように体を撓らせ、淫靡な目線を這わせながら

『俺が誰の持ち物で、毎晩どんな事をやっていて、どんな声を上げてるのか。』

 汗と血でぬかるむ胸元に指を這わせながら、ゆっくりと腰を動かし始める。既に互いの体液で十分にぐずぐずに濡れている局部からは、卑猥な音が泡を伴い弾けている。

『プラナドのボス、クラウズの飼い猫。俺ってあの男とどっかの愛人の子らしいから、たぶんあれが親父になるんだけど今じゃあ俺が愛人でさ、毎晩抱かれてだから寝子ねこ。白い、ねこ。』

 大きく胸元を仰け反らせながらドラァグクイーンのように雄々しく、それでいて妖艶な腰つきで彼杜は髪をかき上げ、大胆に腰を振った。

『っお前の事も、利用した後は殺してやろうと思っていた。それなのに―――』

 身体を仰け反らせ手を後ろに付きながら、彼杜は以前了にこじ開けられた腹の傷跡へと指先を這わせた。未だ赤く後を残す傷痕の凹凸を彼杜の指先が撫でて行く。

『はっ――殺すよりも、殺される危機の方が多くて。っん――おかげで殺し損ねちまった。』

 深く上下する動きが徐々に小刻みに加速して行く、微かに切羽詰まった表情で歯を食いしばる了を煽るように口の端を吊り上げ律動を深く強める彼杜。

『っぁっは、やばっ―――っキモチっ、いいっ―――はっ、まるで、さっきヤり合ってる時、みたいっ、っだ、な、――っう』

『――ァッ―――くっ。』

『っはは。もっと、強請れよ。』

 悪戯に彼杜が了の手を取り腹部の傷へと促しそのまま腰骨から恥骨へと手を促していく、彼杜の挑発に反抗するようにそのまま腹を強く抱き了は己を打ちつけた。

『ッんう――っあぁぁッっ!!』

『っは――っは…。分かっていた事なのに、納得が出来なくて。次に会う時は殺す時だと覚悟していた、なのに―――』

 了は上体を起こし彼杜を正面から抱きかかえ口付けた。

『また、殺し損ねてな。』

 冗談とは思えない無表情なジョークにお前は、と蒸気した呆れ顔で彼杜は頷きながら

『あぁ、死なねぇんだよ、俺。』

『だから―――』

 了は境界線が混ざり合うように口腔を絡ませ唾液に糸を引かせながら彼杜を後ろ倒し腰を抱き寄せた。透き通るように白い肌を持つ背を捻り頭を地面に擦り付け、血と汗で汚れた白い髪の合間から満月のような白濁色の彼杜の瞳がぎらついた期待を寄せる。

『お前となら、一緒にいられる。』

 皮膚を殴打する乾いた音が響き渡る。

『彼杜、』

 理性で理解できない不可解な思いをただの欲望に変換させて、何度も何度も奥へ、奥へと穿つ。

 じわじわと皮膚を滲み這いずり回る我慢出来ない衝動に縋るように、何度も何度も深く、深くへ受け止める。

『はっ、あぁっ、っふか、い――っあ…っふ――アァッんッ』

 身体全身の細胞がヒクつき痺れ、意識が朦朧とする。それなのに粘膜の触れ合う部分だけはどんどんと敏感になりうねる快楽が足の先から上昇して来る。潤む粘膜も、衝撃も、今は相手を感じる為の熱でしかない。

 直線的だった了の動きも彼杜の動きに合わせて波打つように快楽を抉って行く。びくびくと痙攣するように身体が跳ね、腹の底から快楽がじわじわと押し寄せる。

『あっ、あっ、んふっあッ、あぁっ、はッ―――了っ』

 太腿を撫でキスを強請るように彼杜が身体を捩じり顔を上げる。応じるように唇を寄せぴったりと身体を合わせられる。その分一層深く繋がる。

『―――…はっ、彼杜。』

 首元に顔を埋め湧き立つ身体を重ね合わせ、了は獣のように彼杜へと縋った。荒々しい吐息が耳元で繰り返される。もっとこの快感を味わっていたい、でも苦しくて苦しくて今すぐ達したい、矛盾する思考に考えが纏まらなくなるが、彼杜の身体は自然と堪らず腰を動かしていた。

 了の手が腰を滑るように腹部をなぞり、そのまま中央のドロドロに濡れた高まりへと手を伸ばした。ただ触られただけだと言うのにほぼ限界にまで達しているそれは、大きく跳ねる。

『やめっ、っあ、んぅ、っ――っふ、やっ…――っもう、んぅ―ッっ!!』

 自身の内臓がぎちぎちと伸縮し悲鳴を上げる

 思考は蕩け拡散し痺れ、苦しい程の快楽に、ただそれだけを貪った。

『ぁっ―――ふぁっ、んっ、やっあっ!!ひぅっ、めっ…――』

 打ち付けられる度理性を失った声が上がる。ただ欲しくて、欲しくて堪らなくなって、強請るように腰の角度を一層深く反らせ、互いの手を握り合った。

『―ッもぅ――っ出ちゃッ…んぅッ―――ぁぁっああっ!!』

 律動を速める腰の動きに身体を短く強張らせ、次の瞬間、彼杜の全身を衝迫が駆け巡り、白濁が己の腹に飛ぶ程勢いよく弾ける。

『―ッく、っ、っあッ―――』

 合わせて一層締め付けられた内部に引き摺られるように了も己の欲を彼杜の奥深くへと吐き出した。

『――っは…。っは…、っは…』

 荒く引き攣るような呼吸音が響き渡る。弛緩し大きく伸縮する彼杜の腹部には自身から放たれた愛蜜の痕が残されている。白く汗ばむ彼杜の背に了の頬から伝い落ちた赤い大きな汗の滴が血痕のように痕を付け、そのままするすると流れる滴は内太腿を零れ落ちる欲望と混ざり合う。

『了…。』

 息意も絶え絶えな彼杜の呼応に包み込むように身体を抱き寄せられ、共に床に崩れ落ちる。彼杜を覆い尽す了の頬から涙のように汗の滴が零れ落ちて行く。頬を寄せ身体を隙間なく張り合わせ、横倒しになった視界に唯一同じ角度で存在する了の瞳を正面に見る、


『だから、お前と共に、生きたい。』


 擦れる了の声、まっすぐに向けられる熱に浮かされた黒い瞳。二人の間に漂う熱の隙間をぬって、冷えた夜の空気が微かに肌に触れて行く。

『あぁ、分かってる…分かるよ、俺だって戦場で生きてきた。』

 次々と周りの人がいなくなる戦場で、己だけがこの世に置いて行かれてしまう。その悲しみを繰り返すなら、一人の方がずっと良い。明らかに己と他は違う事を散々たる戦場を目の前にする度生き残る己を何度恨んだことか。

 彼杜の首筋に頭を押し付けるように了は身を委ねてきた首筋の後ろから伝わる、チリチリとした思い。

『…どうすれば良いのか、分からない。』

『あぁ、』

 彼杜は了を強く抱き締め上げ未だ壊れた目覚しの様に呼応する心音を重ね合わせた。優しく撫でるようなキスはゆっくりと深みを増して重なり合う。離れる事を拒むように、もう二度と離さないと誓うように。

 確信してしまった。

 己と対を成す事の出来る掛け替えのない存在である事、同時に、

 互いの銃口を向け合わなければ生きられない、黒と白である事。


 自我が壊れていて本能だけが研ぎ澄まされて、死への欲動デストルドー性衝動リビドーを情動的に振り下ろす、獣達Es

『俺達は似た者同士なんてものじゃない。』

 瞼の奥で空の闇がうっすらと色を抜き始めた事を感じながら、彼杜は唇を離し動物がそうするように鼻を寄せ、額を寄せ、目を閉じた。

『同じ、生き物だ。』



 その後、何が起こったのかあまり覚えていない。

 基地に戻ると、夜が明け淀んだ光の元で無残に散る血痕と、敵も味方も分からぬ死体が転がる戦場が露わになっていた。

『…最悪だ。橋場の野郎が』

 勝敗は軍に付いたが第一線への奇襲に漸の部隊が間に合わず、目の前で戦友は死んだ。そしてそんな事態になったのは、明らかに己の所為だった。

『…悪かった。』

『お陰で橋場が死んで、俺はこのザマだ、いい加減にしろよっ!!』

 漸はその時負傷した左肩を抑えながら拳を机に叩きつけ怒鳴り声を上げた。

『お前と違ってな。俺達は死ぬんだよ。』

 その言葉に血の気が引き視界が歪む。

『漸…』

『悪い、今日は俺も冷静になれねぇわ…もう帰ってくれ。』

 不安そうに口を噤む理佐を横目に了は事務所を後にし自宅へと戻った。

 見慣れた部屋、乾いた空気、微かに香るコーヒーの匂い。

 それのどこにも自分が手を伸ばすものが、見当たらない。

『何だ、これは。』

 了は倒れ込むようにベッドへと体重を預け、苦しくなる程熱い吐息を零した。

 初めて、誰かと一緒に居たいと思った。漸よりも、理佐よりも、今会いたい。

 ただ今、彼杜に会いたい。

 俺の事を、認識して欲しかった、理解して欲しかった。抱き締めても壊れない、傷付けても離れない、己の心臓に刃を突き立てる事の出来る、正面から向き合える己と同じもの。

 誰かと、共に居たいと、初めて思った。

 ―――しかしそれは、絶対に、叶わない。

 言葉や感情に思うだけでするすると形を崩して行くこの感情。空腹や飢餓にも似た、脳髄の奥底から湧き出る乱暴で抗いようのない衝動。

 伽藍洞の頭の中に乱反射する白い光。しかしそれは何かを照らす為の光ではなくじわじわと何かを消滅させるような、虚ろな光。味わった事もない虚無が全身を埋め尽くす。息苦しさにも似た感情に思わず噛み締め今はただ沸々と湧き立つ水面のような起伏感情に了は静かに息を飲んだ。

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