06.Rejection and Ignition.

 夜の闇に最も栄える光を湛え白い満月が輝いている。だからこそ闇は一層深く、濃くその色を滴らせている。

『この間インカムの調子悪かったから端末ごと変えたんだけど、聞こえてる?』

 理佐の声が本人とスピーカーとの二重音声で了の耳へ届く。

『あぁ、問題ない。』

 ビルの上に腰を下ろしている了の返事と共に吐き出される銀色の煙が舞い上がり風に流される、その煙を追った先にミーティングから戻ってきた漸の姿が見えた。

『今回はターゲットを橋場はしばの所が担当する事になった。俺達はその周りの雑魚を叩く、間違っても一線には出るなよ。』

 理佐がライフルの状態と装備を確認し漸は腕を回し雄叫びをあげた。了は目を細め、ビルの影になり少し欠けている月の姿を見ていた。真っ白な月は戦いによって廃墟になったこの街をありのままに照らし出し、何もかもを失ってしまった街を慈しむように包んでいる。その光があるから闇が生まれている事を知りもせずに。


 ―OTHER SIDE ― 06.Rejection and Ignition.


『そろそろだ。』

 瞬間、割り込みノイズが入った無線から、嘉縫の少し擦れた威厳のある声が重く鼓膜を通し脳内に伝達される。

『オペレーションナンバー二〇四六フタマルヨンロク、本クリークパターン「排除リジェクション」勝利条件は過半数のロスト、正面ガチンコのぶつかり合いだ、相手のマーカーの破壊を最優先に各個撃破しろ。今回のクリークは十分注意してかかれ、先程伝達があった、プラナド側に白猫―――ヴァイスが参戦している。』

 闇夜に蠢く黒い影、それは少しずつ広がり始めビルの屋上の月に映る影の中に、確かに。

 確かに貴方を、

 白い毛並みの貴方を見つけたような気がした。

『彼杜。』

 夜を切り裂くような合図が鳴り響く。静寂が破られ緊張は一瞬で狂乱へと変わる。第一線の部隊が移動を開始したのを確認し

『よし、俺達も橋場の後を―――』

 ――――その瞬間、了はビルから落ちるように側面を駆け下りた。

『漸、悪い。先に行く。』

『待てお前っ!!!』

 後ろで追って飛び降りようとする漸を慌てて理佐が止める騒ぎ声が聞こえた。銃を携えたまま、了は月に向かって走り出した。



 夜の闇に最も栄えるように白い満月が輝いている。その光は闇を濁らせ不純物を含みこの夜をざわつかせる。

『―――彼杜。』

 街で一番高いビルの屋上、プラナド側の待機区域で月を見上げていた彼杜は名を呼ばれクラウズへと振り返った。

『お前にとっては久々の戦争クリークだ。暴れて来い。』

 あぁ、彼杜は返事を返しながら佑次へと目配せをする。佑次は他の隊員へ指示を出し各隊が分散し戦闘態勢を取り、弾丸の装填音がそこかしから響いた。白のボンテージパンツに合わせたビスチェ、「ヴァイス」を纏う軽装で彼杜は煙草を蒸かしながら佑次から受け取った白ファー付きのロングコートを羽織った。

『本戦のパターンは排除リジェクション、作戦指示を。』

『相手は軍部だろ、優等生よろしく個別撃破して来やがるぜ。ブラフで適当に引き付けながら梶と足立ん所を左右に展開、忍びつつお前ん所の部隊を中心に中央突破しろ。第一線の頭さえ叩けば、後は虫みたいに飛び回る。』

 んで、俺は殺虫剤役ね、とおどけた様に彼杜は長細の二丁銃のグリップ端に付く紐を持ち銃をぐるぐると回した。頷いた佑次がすぐさま伝令に動く、部隊から目を離し戦場となる街中を遠く眺める、バラバラと立ち並ぶビル群は深く練り込んだ濃密な闇に沈むように影を落としている。

『おいで、彼杜。』

 月の光の届かない闇から声が届く、拠点の奥に居るクラウズへと振り返り腕の中へ従順に収まりながら、ごろごろと喉を鳴らし促されたままに口付けを重ねる。品の良い仕立てのスーツの上に羽織る軍服コートからは無臭のはずながらもどこか染みついた消炎と血肉の匂いがする気がした。

『今日は嘉縫の軍だ。殲滅して来い。』

『えぇ、分かってる。』

 彼杜はクラウズの頭に指を回しねだる様に唇を重ね、首元に顔を埋めスタートの合図を見送る。足音がパラパラと響きすぐさま銃声と爆発音が鳴り響く。祐次を含んだ数部隊が出撃するのを目線で見送りながら、沸き立つ戦場の香りに彼杜は鼻を鳴らした。

 全身の血が沸き立つような畏怖すべき虚空の闇と似た真っ黒な瞳を持つ獣のような瞳を微かに思い出す。

『彼杜、何を考えている。』

 ひくり、と彼杜の体が止まった。

『お前は俺の物だ、彼杜。』

『…あぁ。』

 彼杜はもう一度深く口付けを受け取りその身体を離された。

『先に戻っている。』

 クラウズは部下を伴いビルを後にした。その後ろ姿が見えなくなるのを確認し、彼杜は左右の拳銃を引き抜きゆっくりと夜の街を見下ろした。

 月の光と街の影がはっきりと浮かび上がる戦場に、残像のようにチラつく黒い獣の影。もしもこのビルの影からあの男が現れた時には―――

『…最悪。』

 彼杜は闇に身を任せるかのようにしてビルから一歩踏み出すように飛び降りた。



 質量を持つ月の光に照らされ黒い影は重く滑らかに、壊れた街を駆け抜ける。

『―――っ。』

 次々と迎える敵を確実に射抜き駆ける足を速める、向かう銃弾をぎりぎりで交わし敵を落とす。普段は踏み込まない半歩を今は身体が自然と前に出て敵を薙いでいく。いつもは澄み切ったように冴える頭が湖面のように揺れ立つのを感じていた。

 斜め前のビルの屋上で味方の兵が撃破される、その後ろで輝く程の白さで舞う一人の男を見つけた。

 側面に這わされた排気口と窓枠を使い一気に屋上へと昇り上がる、

 真っ赤な血を浴び、それでも尚白いお前の姿を――――

『―――…彼杜…。』

『了、』



 闇夜に弾かれ月の光を反射させた白い影が、闇の中を鮮烈に走り抜ける。

『はっ、ザマァねぇな!』

 音速の二丁銃シルバージギィから放たれる銃弾に敵は着弾に気付く事もなく静かに倒れて行く。何が起こっているかも分からないままに仲間達が次々と失われていく恐怖を顔に張り付け身体を強張らせる軍の兵士に、思わず口の端から笑いが漏れ声となる。

 ピリピリと伝わる死への恐怖、硝煙の昇る戦場と嗅ぐ生々しい血肉の香りに興奮を覚える。圧倒的ともいえる身の熟しで小隊を単独で壊滅に追い込み、彼杜は、喉を鳴らして笑い声を上げた。慌てふためき逃げようとする背を見つけ、弄ぶようにその兵の前へ立ちはだかる。

『そんな顔すんなよ、もっと、遊んでよ。』

 瞬間、決死の覚悟で向かう兵の拳銃の先をいとも簡単に掴み上げ、トリガーに指を添えたまま兵の持つ銃口の先を兵自身の顎先に突きつけた。

『ヤル時は、もっと深く奥まで突き立てろ。』

 瞬間、破裂する兵の鮮血が頭上から降り注ぐ。動かなくなった兵から手を放しあっけなく倒れる姿を見送る、その向こうで闇を全て吸い込んだような深く黒い瞳と視線が混ざり合う。


 貴方を、もう一度見つけてしまった。

彼杜かのと。』


 確かに、黒い獣は、俺の名を呼んだ。

『…りょう…?』


 瞬間、互いの銃口が互いを捕らえる。



『お前、何で名前を』

『知っていた。』

 僅かに身じろぐ彼杜にまっすぐに向き合ったまま了は言葉を続ける。

『お前がプラナドの人間だという事も、今日の出撃も全て、知っていた。』

 まっすぐに互いを貫く銃口を突き付け合ったまま、正面から対峙する。互いの姿を隠し合い身分も名前も持たずに過ごした犬と猫が、本来の姿で再び対峙する。

 世闇に浮かぶ月の光に照らされた戦場で嘘偽りのなくなった白と黒の影が対峙する。二人の間を切り付けるように冷えた風が吹き抜けて行く。

相模 了ノワール。第十三部隊の亡霊にこんな所で出会えるとは、お前の覚悟は決まったようだな。』

 一歩、彼杜の右足が踏み出される。

鬼頭 彼杜ヴァイス。俺は、戦うだけだ。』

 一歩、了の左足が踏み出される。

 ビルの屋上で対峙する互いの足は円を描くように踏み出される。真っ白に色の抜けた柔らかい癖のある髪と色素の薄い瞳を向け、漆黒の髪と同じ艶やかな黒い瞳に見つめ返され、互いの覚悟を構え合う。見つめ合う瞳に、フラッシュバックのように互いの体温を思い出す。

『忘れろよ、あの猫は出て行ったんだ。』

『引く訳には―――いかない。』

 ―――瞬間、互いの引き金は引き合わされる。

 弾速の上回る彼杜の弾が目に止まらぬ速さで了の額を掠める、身を挺して前に走り込み彼杜の足元へと撃ち込む、斜めに飛び避けた彼杜の先を見越したように手首を捻り狙いを定める了から放たれる弾丸を彼杜は素早く相殺する。その隙に了へと足を振り下ろし銃を弾いた彼杜は間髪入れずに了の額へと銃を向ける、が寸前の差で足を掴み上げられバランスを崩す、咄嗟に片手を地面に付き左手で了へ発砲する。弾丸を避けようと了が身体を捻った所を、床に転がり込み銃を拾い直し二人は至近距離で銃口を付き付けあった。

『やるじゃん。』

『あぁ』

 白と黒が舞い踊る闇の中。月の光が優しくも鋭く二人を照らし最も魅力的に黒と白の輪舞が奏でられる。響きあう銃声は寸前で交し合い、鼓動を鳴らす。

 着実に彼杜の動きを読み追撃の正確さを増して行く了の弾丸、彼杜の銃を弾きついに彼杜を正面から捕らえた―――瞬間

『だから、良い子ちゃん過ぎるんだよ。』

 弾かれた銃の紐を引き寄せ顎に向かって振り上げる、予想外の動きに一瞬隙が生まれ顎に銃のグリップがヒットする、一瞬視界が揺れたその時を狙いもう一方の銃が弾丸を撃ち込む。頬と耳を裂きながら避けた弾丸に追撃するように放たれる二打目、避けられるはずのない弾丸を、何かが真っ二つに粉砕した。

『引くわけには、行かない。』

 了の顔の前に構えられた短刀ブレードの刃には、不自然な残像が滲んでいる。

『―――高周波ブレードか。対策して来てやがったな。』

 頬から噴き出す血を拭い了はブレードを構え、向かう彼杜は再び双銃を構える。

 血が湧き立つ。己の持つ力を全力で奮い立たせ、それでも尚後れを取る事なく向かってくる相手の存在に今までに無い熱を確かに感じていた。まだまだ戦える、抑えきれない興奮に益々視界がクリアになっていく感覚を互いに感じていた。

 全力を以て立ち向かう、どんな事も取りこぼす隙すら無く頭の先から爪の先まで相手を想い考え反応する、それに値する相手と向き合う今、二人は獣のような深く引き攣るような呼吸を吐き出だした。

 フェイントを混ぜながら放たれる彼杜の俊足の弾丸、ブレードで弾丸を薙ぎ対抗するものの手数は彼杜の方が上回る、防戦姿勢の了が少し後ろに引く

『ほら、どうしたァ!折角の予習勉強もこれじゃあ役立たずだゼ!』

『―――っ!』

 彼杜の弾丸が了の脇腹を掠める、血の吹き出す脇腹を捩じり、直線的に彼杜へと向かう了の切っ先が弾丸を払った斜めの軌道で振り下ろされる。距離を取っているにも関わらず刃は真空刃となり彼杜の胸元を切り裂いた―――瞬間、了の頭上に彼杜の影が覆い被さる。

『終わりだ、了。』

 まっすぐと向けられる双対の銃口、二人は視線を逸らす事なく最後の最後まで互いを捕らえたまま―――次の瞬間、了は身を大きく屈め手にしたブレードを床に向かい刃を走せた。

『―――!?』

 途端、大きな亀裂が走り音を立て地面が崩れ落ちる、ビルの屋上の床が大きく崩れ了の身体は静かに瓦礫に呑み込まれながら静かに落下して行く。了の振り上げた刃は彼杜の首元に取りつけられたバイタルチェック用のマーカーを破壊した。


 指先をつかもうと伸ばす、触れるか触れないかの寸前で交わす指先。


―――無機質で大げさな落下音が戦場に響き渡った。

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