04.Covet
『リョウ、おい入るぞリョウ。ったくテメェこないだは突然帰るは、今日は何も連絡無しに来ねぇわ、最近一体どうした。』
ぼやき犬の家を訪れたゼンとリサは居間の光景を見て、唖然と口を開けた。
『いらっしゃーいませー。あら、今日出勤日?悪い事したな。リョウ君は絶賛お寝坊中だ。』
昼の薄い光の中で静かにソファーに横たわり寝息を立てる犬の姿と、その横で笑っている猫の姿があった。
―OTHER SIDE ― 04.Covet.
二人は唖然と猫の膝の上で未だ寝ている犬をまじまじと眺めた。相変わらずのしかめっ面ではあるものの微動だにせず行儀よく寝ている。
『…コイツが人前で寝てるなんざ、見た事ないぞ。』
『はは、昨日ちょっと寝るのが遅くて。』
猫はそろそろ起きろよ、と犬の肩を軽く叩く。起動するマシンのように犬はゆっくりと目を開けた。
『おはようねぼすけ君、お客様がお見えだよ。』
ようやく犬は眠そうに体を起こし、訝し気にゼンとリサを見て何だ、と問いた。
『何だとは何だ、お前が事務所に何時もの時間になっても来ねぇから…』
『…今、何時だ?』
『とっくにお昼近くよ、リョウ。』
リサの言葉を聞いて状況が分かったらしく、犬は数秒遅れで顔を顰めた。
『…悪い。』
犬の見た事のない反応に戸惑うような中途半端な応答を返しゼンは少し猫を見た後溜息を吐いた。
『…罰としてハシバん所に仕入れ行って来い。品はもう伝えてある。』
了はまだボヤけた顰め面をしたまま頷き、素直にコートを着て出て行った。
『ばいばーい。』
猫が手を振ってドアは閉まる。
『さてと。――――――』
――――――同時にゼンとリサは銃を猫に向けた。
『マフィアプラナドのナンバー2、総裁クラウズの右腕“ヴァイス”、貴方ですね。』
リサの銃口越しの言葉を受けて、猫はゆっくりと手を叩き笑った。
『はーい、よく出来ました。』
『お前…何のつもりだ!』
『別に。怪我して拾われて手当てしてもらって、置いてもらってるだけだよ。』
猫は煙草を取り出し指先で弄んだ。
『
リサは緊張した声色で銃を震えさせた。
『一体何でリョウに近づいた!』
『…あら、信用無いなぁ。見ろよこの怪我』
髪をかき上げ血の滲む包帯を見せ付けながら煙を吐き出す。
『ふざけんな…プラナドの幹部が、何の関係もナシにアイツに近づくわけないだろ!』
『あら怖い。まぁ軍の天敵であるマフィアなんかが自分の愛息子ん所にいりゃね。ましてやあの十三部隊の生き残りだ、過保護にもなる、か。』
十三部隊、その言葉に明らかに二人は息を飲んだ。柔らかく巻き上がる紫煙の隙間から両社は敵意を含んだ目線を交わした。
『…本当に何もしてない。リョウに拾われたのは偶然だ。最も、アイツも俺を拾ったのは偶然だという事を祈るけどな。』
猫の威圧的に射抜く目がゆっくりと向けられる、血の気が引くような鋭い殺気にリサの指先は微かに震えた。
『…っテメェ』
ゼンの指が引き金に触れるが、それを慌ててリサが止めに入る。
緊迫した空気と沈黙が部屋の中に満ちる。
『…その様子だと、嘘じゃねぇみたいだな。安心しなよ。この家では三カ月間は俺はただの猫だ。アンタ達が何もしないなら、俺だって大人しくしてる。』
手を広げ降参のポーズを取りながら猫は煙草を揉み消した。
『クソっ…事実が判断出来ないから今回は退くがな…リョウに何かあったら、その時は覚悟してろよ。』
二人は十分に警戒しながら銃を降ろした。その様子に猫は緩やかに微笑んだ。
『…俺はあんな奴、始めて逢った。』
―――昨日の夜―――
『――それでお前の気が済むなら、』
凛としたまま真っ黒の瞳は静かに猫の腕を取った。その瞬間、全身が落下するような絶望感が猫の体中に伝わる。何度繰り返しても希望など無い、目の前が真っ白に霞み思わず笑顔になる。悲しい心も腹立たしい感情も通り越してしまった。
『あぁ。俺を絶望させろよ。』
お前も他の奴らと同じように――――そうナイフを握る指先に力を込める。
『―――だから、どうすれば良いのか、分からない。』
犬は解けかけた腕の包帯を巻きなおしその腕を優しく離した。
『…何、』
『出て行きたいなら出て行け。自由にしろ。それはここに居る事もだ。』
静かに言い納められる言葉に不思議な感情が猫の腹の底から沸き上がる。
ぎこちなく眉を寄せた猫の瞳を犬は真っ黒い瞳でまっすぐに見返した。
『何も、お前にしない。してやる事が出来ない。』
犬はいつしか猫がそうしたのを真似るように、白く柔らかい前髪を優しく撫でた。
『…あぁ…そういう事か…。』
猫は身体の力を抜き犬に重さを預けた。
―――同じだ。
他人との距離感が分からない。どうすれば、誰かと共に居る事が出来るのか。己と共に居る事で誰かを危険に晒してしまう恐怖や、意味を必要とする不順な対価、それしか、知らない。
『…俺も、分かんねぇんだ…。』
漏れ落ちる猫の言葉を受け取り、犬はやはり猫がしたように優しく猫の首元に手を回し引き寄せた。大人しく、二人はそのまま互いの体温を分け合った。
『…これしか、知らない。』
二人はただ静かにこの夜闇が明けるのを待った。
動物が身を寄せ合い暖を取るかように、今はそれが唯一何かを伝える手段だった。
『…俺、あいつの事気に入ってる。』
『テメェに好かれるなんて背筋がゾッとするな、ヴァイス。』
『そうだな。』
猫は目線を遠くに笑いながら煙草を握り消す。淡い形の煙が儚く鼻を掠め消えた。
『おかえりなさぃー』
『あぁ。』
『あぁ、じゃなくてただいまでしょーに!』
『…ただいま。』
犬の返答に満足そうに猫はソファーから仰け反り犬に笑いかけた。外は雨だったのだろう、軽く雨水を振り落しコートと荷物を片付け犬は台所へと移り、鍋を火にかけゼンから取ってきた菓子をいつものように猫に投げる。受け取ったチョコを口に入れながら猫は犬の方へと近づいた。
『なぁなぁ、チョコ嫌い?』
『いや、別に。』
『じゃあ―――』
―――頬を引き寄せ舌先に残る蕩けかけたチョコレートを口渡す。
『おすそわけ。』
『…何の真似だ。』
手の甲で口を拭い猫を睨んだ。その仕草に笑い猫はゆっくりと犬の後ろから手を回し首筋に頬をすりよせ、耳元に囁くように、
『なぁ、知ってる?猫は一年に3回ぐらい発情期来んだって。』
『…何を―――』
言葉を絡め取るように猫はより深く唇を塞ぎ掻き回した。
『あははは。いや、三ヶ月も健全に安静にしてたら、もう我慢出来なくて。』
抵抗しようとする犬の口を塞ぎ、猫は馴れた手つきでその場に犬を押し倒した。床に背を付けた犬は思いきり猫を睨んでいる。
『…コンロ、火。』
『そんな顔すんなよ、沸くまで遊んでよ。』
そう言って猫は噛み付くように何度も何度も舌を絡ませた。抵抗しようと足掻く犬は上手く抑え込まれた体勢と、攻め立てるような舌先に身動きが取れなくなる。歯を食いしばりながらも微かに頬が火照る犬の姿を眺めて、猫は舌なめずりをし、その頬に音を短く立てて口付けをした。
『ははっ、可愛いワンちゃんだなぁ。』
『お前っ…』
上体を起こそうとする犬を足で押さえ込みながらシャツのボタンを外す、犬が抵抗しようと力を入れた瞬間、耳を噛まれた。痛みに続いて耳の奥に舌先が入る感触が伝わる、鼓膜を塞がれる圧迫感と濡れた音に思いがけない程甘い吐息が犬から漏れる。
『ほら、だんだん気持ち良くなってきた。』
犬の口端に溢れる唾液を猫は指で絡め取り、濡れた指先を胸元に這わし引っ掛けるように弄んだ。反射的に犬の身体が短く強張る、その様子を満足そうな笑みで見つめながら猫は一方をそのままに、もう一方を口に含んだ。痛みと、痛みとは違う何かと羞恥と欲求が何度も繰り返され、徐々に全てを錯覚し始める。
『っ……――やめっ…ろ』
『何だ。思ってたよりも好いカンジじゃん。下もやってみる?』
猫は唇を離し犬の腕を捻り押さえつけたまま、指先をゆっくりと下ろしていく。反射的に身体が跳ね起き抵抗するものの、
『はいはい、ちょーっと大人しくしてて。』
『ーーっあ』
不意に既に突起している乳首を強く噛まれた、堪らず少し大きく声が漏れる。その自分から出たとは思えない声に犬が息を呑み動揺する。その反応に猫は喉の奥で笑い満足そうな顔で見下ろし手の甲を舐めるような仕草をした。
『…少し、長く楽しもうか。』
冷静に見下ろすような顔で笑った猫は、コンロの火を弱火に変え喉を鳴らした。
空気の変わった猫の様子に嫌な予感を察した犬は少し意地に逃げ出そうとしたが、身体を捻ろうとした瞬間、強引に舌を強く噛まれた。感じた事のない類の痛烈な痛みに一瞬気を取られた隙に、くいと捩じられた親指がそのまま結束バンドで繋がれる。慌てて上体を起こすつもりがそのまま横に倒れ込み、益々分が悪い体制となる。犬は思わず息を呑み猫を見上げた。愉悦の笑みを浮かべる猫の筋張った指先が黒い艶髪をあやす様に撫で、頬を伝い焦らすように腰骨の窪を撫でながら下腹部へ向かって下ろされる。
『っ……ちょっと待てっ…』
『そんな顔で抵抗するなよ、逆効果だ。』
言われて犬は咄嗟に顔を背けた。無駄な抵抗だとは分かっていても理性が抵抗せずにはいられない。
『ははっ意地張って可愛そうに。コレぐらい素直だと良いんだけどなぁ。』
猫は不適な笑みで下腹部へと手を這わし、反応以上に素直な感情を表している雄を取り出した。味わった事の無い誰かの指先と、顕わにされた羞恥心でそれは更に跳ねた。
『…っ……お前……いい加減に……っ』
『もっと、強請れよ。』
猫の指先がそっと握り込められる、痺れるような感触に思わず息を呑む。起き上がろうと膝を立てた瞬間、何事もないように猫がそれを口に含んだ。
『―――ッく……』
力が抜け意識が分散する、暖かい感触と舌先の感触、濡れた体液と唾液の混ざる水音、零れ始めた雫の匂い、先ほどから口に残る猫の唾液の味、恍惚とした表情で犬押し倒す猫の姿、犬は己が感じられる五感全てが猫に支配された。
『ほら。力抜かないとキツイだろ。』
『嫌、だ。』
『あぁ、そういう意地張った表情がたまらねぇなぁ。もっと歯ぁ食いしばって、』
絡みつく舌先が絶妙な圧迫感で攻め立てる。無意識の吐息を上げ始めた犬に挑発的に目線を上げる猫の瞳、自分の痴態に言葉も出なくなった犬が唸り声のような荒い息を立て起き上がろうとするが、力任せに膝を割り開かれ、美麗に張りつめる内転筋の筋をなぞり、猫はさらに深くまで熱を食んで行った。
思考が痺れている、徐々に堪らなくなり、感じた事が無い欲求が生まれていく。抵抗していた犬も徐々に無意識に身体を許し始めて行く。
欲求が加速し間隔が短くなり、もう止まらなくなる。
『――はぁっ………もう…やめろ…』
『嘘吐き。ほらもう少しで…』
『―――っん―――』
身体が跳ねるように震え、衝動が溢れる。
『………。』
潤む犬の瞳に映る猫の笑った口元から白い液体が伝った。
2つの湯気の立つカップを置きながら二人はソファーに背を向けるように座っていた。
『なぁ…機嫌直せよ。』
『………。』
犬は無言のまま微かに親指に赤みを残した指先で、コーヒーを口に含み顔を背けた。猫も同じくミルクを口に含む。
『さぁ、そんなに怒る事でも無いだろ、気持ちよかったろ?』
犬は無表情に猫を睨んだ。
『…すいません、途中で理性が飛びました。』
猫はカップを置き、膝を持ち上げその中に顔を埋め顔を伏せた。
『ゴメン。』
トーンの落ちた声色で猫は呟いた。
『こういう方法しか、知らない。アンタに、触れたかった。』
その言葉に犬は少しだけ目を見開いた。
『…ごめんなさい。』
『謝るな。』
犬は溜息を吐きカップを机に戻し、顔を戻した。
二人の間に気まずい沈黙を埋めるように、部屋の外の雨だれがとめどなく鳴り響く。
『お前と、ぐちゃぐちゃに、ヤりたい。』
そう膝に顔を埋めたまま猫は独り言のようにつぶやいた。
『何てね、冗談冗談。』
猫は笑い顔を上げた瞬間―――
『…――っ。』
触れたか触れないかも分からないようなキスだったけれど、
『あれ?』
猫はきょとんと目を見開き犬を見返した。
『リョウ、あの―――』
―――その言葉を遮るように犬は猫を押し倒した。
逆さまになった視界いっぱいに映る犬の瞳、その顔には今までには見た事が無い表情が浮かんでいた。犬の震えるような緊張に当てられ猫もぎこちなく焦った。
『あ、いや、俺が言うのも何なんだけど…マジ?』
犬は黙ったまま火照る頬を隠すように恐る恐る、口付けをした。触れた唇は微かに震えている。戸惑いを含んだ目が交わされ二人の動きが止まった。犬は猫から少しだけ目を逸らし考えるように眉を寄せた。
『こういう時、何て言えば良い。』
少し首を傾げ真面目な瞳のまま犬は呟いた。
『あんだよ…それ。』
思わず笑ってしまいそうになる顔を隠すように、犬の胸に顔を埋め、目を閉じる。
『あぁ、畜生。本当調子狂うな、お前大っ嫌い。』
『…そうか。』
『拗ねんなよ。』
言い返したい言葉を飲み込み犬は静かに頬にキスをする。そのくすぐったさに猫は笑いながら手を伸ばし犬の眼鏡を外した。
『こっちの方が、絶対に良いよ。』
今度は猫のリードで奪うように唇を重ねる。踏み込みきれないぎこちなさで答える犬の仕草に、猫は気恥ずかしくなって思わず顔を伏せた。
『それやめて。反応が純粋すぎてクっそハズいわ…。死にたくなってきた。』
『…じゃあ、どうすれば良い。』
犬が少しだけムキになる。その言葉を受け止め猫は微笑む。
『煽ったの俺だけど、全然この状況良くない。多分、後悔する。』
猫は起き上がり正面から犬と向き合い、犬の手を己の腰へと巻き付けながら、
『だけどごめん、今俺こうしたくて、たまらない。』
腕を首に巻きつけ頬を埋めながら、猫は耳に囁くように唱えた。
『明日になったら、忘れろよ。最初で、最後だ。』
そう、二人は優しいキスをする。
軽く静かなキスは重ねられる度、そっと甘く、深くなる。犬の拙いキスは次第に猫に促され淫らさを増し、余すとこなく舐め尽そうと丁寧に動いていく。
『…んっ…はっ…ここにも…キスして…』
首筋に指先を当てながら猫は犬を引き寄せる。胸元のボタンを外し露わになった白い胸を優しく愛撫していく。
『…ぁは……やらしぃって…アンタ…。犬みたいに…んな所…まで…』
『知るか。こんなに…した事が無い』
『ん……じゃあ、全部愛して。』
『……お前な』
反抗するように歯を引っ掛ける、柔らかい痛みが心地良く甘さに変わり猫は鳴き声を上げた。猫の撫でる犬の黒い髪がしっとりと濡れている、鋭く眉を寄せ見た事もない必死な表情で犬は美味しそうに猫のへその窪みへキスをした。
『さっきのイキ顔も良かったけど、あぁその顔も嫌いじゃないな。』
『うるさい黙れ。』
『…ぁっ…。意外と…キス上手い。』
『……っ。喋るな…。』
近づいた黒い瞳と白い瞳が互いしかもう映さない。あどけない肌を重ね猫は犬を確かめる。犬は猫を確かめる。
『アンタの目、まっ黒色で綺麗だな。』
『お前の色の方が、綺麗だ。』
呼吸を乱しざらついた声で囁く犬の精一杯の甘い言葉に、猫は気恥ずかしくなる。
『…分かっちゃいるんだけど…お前が言うと、変だ。』
己の動揺を誤魔化すように犬へ指先を這わす。湿り気を帯び敏感な肌はその感覚を繊細に伝える。必死に猫の耳へと喰らい付く犬の胸を、悪戯につねり上げた。
『………ッア。』
短く跳ねる犬の口から漏れる甘い吐息に、犬の動作が止まった。
『…お前。いい加減にしろ。』
『この後に及んで何を。もう色々諦めろよ。』
猫はわざと首筋に歯を立て、痕が残るように吸い付いた。ジワリと滲む傷とは違う甘い痛みに挑発的に犬は喉を鳴らし、犬も同じように痕を付ける。蕩けるように暖かさはそっと熱に変わる。
『はっ…あっ!ちょっと……っ待って…!』
猫の静止をわざと無視し、犬は先程の仕返しとばかりに猫の芯へと触れた。限界に近い程に張り詰めた熱からは小刻みに律動する様子が指先から伝わってくる。相手が興奮している状態を感じ取り犬は少し身じろいだ。
『っあっは、こっち向けって。』
猫の指先が耳の後ろを擽るように撫でながら、くい、と犬の顎を持ち上げた。
『あーっ…やばい。咥えて。』
唾液を口移しするようなドロドロなキスを受け取り、犬は跪くように雄を口に含んだ。恍惚とした表情の猫が喉を鳴らすのに合わせ、熱く口内で脈打つそれに、犬は必死に舌を絡ませる。
『っはっ……はっ…んぅ―――はっ…スゴい、良い…』
揶揄うような表情から徐々に真剣に成って行く猫の声に、犬の熱も大きさを増す。
『………っ…お前の声だけで…』
『なに……っイけそう?』
猫は悪戯に目を細め挑戦的に笑い、犬の頬に手を這わせキスをすると、
手をとり、指先を己の奥へと促した。
猫の指先が中へと入り込む、その指先に沿い犬の指も中へと押し込まれていく。
『……はっーーっつ……そう、ゆっくり…奥まで…』
『―――っ…』
優しく押し開き指を奥へと進ませる、その度身じろぐ猫の様子に犬の欲情が加速する。ほぐれながらも吸い付きが強まる深みに二本目を少し乱暴に押し込むと猫が仰け反るように短く悲鳴を上げ、膝を震わせ犬にもたれ掛かった。
『ッひあっ………やっ…もう、無理っ』
『っ…悪い、』
濡れきった猫の声、そのまま犬を押し倒し猫は犬へと跨った。
『…っもう無理、早く……もっと…っ奥まで』
理性を失ったかのような必死さで猫は犬へ縋る言葉を口へと押し込んだ。
境界線の曖昧になりかけた二人の体は、ゆっくりと混ざろうと手を伸ばす。
『痛く、ないのか…』
『ん…そんなの、』
猫の身体は犬に寄り添うように合わせられ、己の腹部を撫で回しながら、
『お前にこじ開けられた傷よりマシだ。』
挑発的に促す猫へと、己の熱を宛がう。
ゆっくりと、傷をナイフでこじ開けるように優しく犬は猫へと重なり合う。
『…あっ………っ………んぅぁっ…』
『……はっ……ぁ。』
全身が痺れもう何も聞こえなくなってくる、じわじわと足先から快楽が滲み膝が震える。全身がまるで心臓のようにどくどくと脈打っているのを犬は感じていた。
『――ぁっ……はぁっ――っ…はぁっ…』
『っは………気持ちいー…。』
互いの境目が蕩け、一つに成っている。
熔ける瞳で己を見つめる猫へ、犬はゆっくりと手を握り締めキスをする。
舌を深く絡ませたのに合わせ内部がひくひくと反応したのを感じて、犬は徐々に短絡的になっていく快楽に眩暈がして、猫の頬へと顔を埋め強く抱き締めた。
繋がったまま合わせられる互いの鼓動は、張り裂けそうな程強く脈打っている。雨音に滲む荒々しい野性的な呼吸音が薄暗い部屋に背徳的に響いている。
『…あー。ありがと。』
『―――お前は、』
その言葉を遮るように猫はキスをする。
『明日になったら、忘れろよ。最初で、最後だ。』
猫は濡れた鼻を付けて笑い、二人は何かを誤魔化すように互いを喰らい尽すような、深いキスをした。粘着いた唾液を絡ませながら、波打つ欲望を穿ち始める。
『んっふぁ――アっ…ふあっ…ひぁっ…ぁっあっ』
漏れ始める吐息は徐々に卑猥な喘ぎ声となり犬の欲情を更に煽る。
深く突き上げる度切ないほどに締め付けられ、息が持たなくなりそうだった。
『あっ――アっ――やっ……そこっ……っ――あぁっ』
純粋無垢な獣のように、犬は今までに感じた事のない感情を言葉にする事が出来ず、ただ必死に感情の幅を伝えるように熱を何度も打ち付けた。
『ッひぁ…もうっ…あっ……っ…ああぁッ――』
『―――っア………。』
真っ白に飛び散る意識。
膝から崩れるように二人は汗ばんだ身体を寄せたままソファに沈んだ。
力なく横たわる犬は正面に見える猫の潤む瞳を見詰めながら、贖う事が出来ない意識の遠退きに、名残惜しそうに猫の前髪へと手を伸ばした。
次の朝。目覚めた時に猫はすでに居なかった。
“三ヶ月経ちました” 一言だけ書かれたメモだけが残されたまま。
『…
それは、いつもと何ら変わらない、色の少ない単調な朝の空の出来事だった。
『クラウズ。』
その声に灰色の瞳の男は猫を抱き寄せた。
『お帰り、カノト。』
離れられない、この手から。
『…あぁ。』
夕暮れ色の淡い空は暗闇に覆われ、この世界に再び夜が訪れる。
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