第二話 学内不満解消戦の幕開け

翌早朝、六時半頃。俺と龍一は自宅近くの公園前に来ていた。

ここにスクールバスが到着するのだ。

「学校で心置きなくマンガやラノベ読んだりゲームが出来るって、最高の環境だな。則秀は娯楽品何も持って来てねえの?」

「俺はそういうことする気ないから。授業はハードだから、生徒の自己責任ってことだろ」

「相変わらず真面目過ぎだぜ則秀は。ところで則秀、やっぱ女の味方かよ。オレとの約束裏切る気か?」

「俺、おまえと約束してないだろ」

「まあ細かいことは気にせずに、則秀もオレらといっしょに反対派で戦おうぜ」

「いや、俺は賛成派だ」

「やっぱ裏切るのか」

 そんな会話を弾ませていると、

「則秀君と、お友達の、龍一君だったね?」

「おはよー、ノリヒデくん、変態のリュウイチくん」

 笹乃ちゃんと凛々奈ちゃんがやって来た。

「おはよう」

 俺は快く挨拶を返す。

「オレは、やっぱ電車と路線バスで通うぜ。ラッシュ地獄を味わってこそ男だしな。そっちのが早く着きそうだし、呉越同舟になっちまうってのもあるし」

 龍一はそう告げて、最寄り鉄道駅の方へ向かってそそくさ走り去っていった。

「龍一君、逃げちゃったね」

「いっしょにアニメトークしたかったのに」

 こうして俺、笹乃ちゃん、凛々奈ちゃんの三人で、ほどなくやって来た豪華な四十人乗りスクールバスに乗り込むことに。

「席、けっこう埋まってるな」

 俺が呟くと、

「こっち空いてるよーっ」

後ろの方に座る、一人の女の子が手を振って知らせてくれた。背丈は一六〇センチくらい。ふんわりとしたほんのり栗色な髪をポニーテールに束ね、面長ぱっちり垂れ目で活発そうな子だ。俺達はこの子のもとへ近寄っていく。

「わたし、同じクラスの弓岡絵里花(ゆみおか えりか)よ。よろしくね」

「あっ、どうも」

 俺はいきなりこの子から握手されてしまった。マシュマロのようにふわふわした感触がじかに伝わって来て、俺は不覚にも頬が少し赤くなってしまった。

「則秀くんは彼女いるの?」

「いや、いないけど」

「そうなんだ。わたしはもうとっくに彼氏持ちだよ」

 絵里花ちゃんにくすっと笑われてしまった。

「マジで?」

 驚き顔の凛々奈ちゃん。

 まあ、けっこうかわいいし明るそうだし、むしろいない方がおかしいかな。

 と、俺は思った。

「写真見せたげよっか?」

「見せて、見せて」

「私も見たいな」

「これよ」

 絵里花ちゃんは自慢げにスマホに収められた画像を見せて来た。

「二次元じゃん」

「あらら、私も拍子抜けしちゃった」

「そういうオチか」

「三人とも、アニメやマンガやラノベ好きなんでしょ? 昨日帰りのバスの中で話してたのを聞いてたよ。わたしも大好きなんだ」

「そうなの! よかった。同じ趣味の子が他にもいてくれて嬉しいな」

「私も嬉しいよ」

 凛々奈ちゃんも笹乃ちゃんも仲間意識が芽生えたみたい。俺も嬉しく感じた。

「わたしもだよ。わたし達でイラストレーション部でも結成して部活申請しよう。この学校、部活は一人だけでも何でも自由に作ってオーケイってことだし」

「それはいいね。絵里花ちゃんって、お姉さんっぽくって頼りになりそう」

「いやぁ、全然そんなこと無いよ」

「エリカちゃんも、トイレは当然洋式派だよね?」

 凛々奈ちゃんが無邪気な表情で問いかけると、

「わたしは正直和式ぼっとんもいいなって思う。あの底の見えない穴、魔界に繋がってそうで魅力を感じるし」

 絵里花ちゃんはにこにこ顔で答えた。

「もう、エリカちゃんはおかしいよ」

 凛々奈ちゃんはむすーっとした表情を浮かべる。

「わたしも工事賛成派として全力で戦うから」

 絵里花ちゃんはてへっと笑う。

「よかった♪ じゃあワタシ、まだ眠いからおねんねするね。おやすみ」

 凛々奈ちゃんはそう言うと、すぐにすやすや眠りついた。

「凛々奈の寝顔、とてもかわいい」

「そうだな。より子どもっぽく見える」

「私達は起さないように静かに過ごしましょう」

      ☆

 スクールバスは八時二五分頃に桃叡高校正門前に到着。

 凛々奈ちゃんはその少し前に機嫌よく起きてくれた。

俺達が正門から校舎に向かう途中、小型機が一機、グラウンド中央付近に降り立った。

 中からは、

「皆様、おはようざます」

「おいらは田園調布の自宅から自家用機を使って三〇分くらいで来れたよん」

 保子さんと西島先生親子が現れた。

 さすが私立だな。いや、いくら私立でもこんな手段で通勤してくる先生がいるなんて、この学校くらいなものじゃないだろうか?

「田園調布住まいかぁ。いいなあ。自家用機、めっちゃいいじゃん。ワタシも乗りたーい」

 羨ましがる凛々奈ちゃん。

「悪いな。この自家用機は二人乗りなのだよん」

「では皆様、今日の対決、頑張って下さいざます」

 西島先生と保子さんは、仲睦まじく教員用昇降口へ向かっていった。

 生徒用昇降口に、本日の対決の集合場所が提示されていた。

 俺達四人はそれを確認し、一年二組の教室へ。

やはりフルーティーな香りが漂ってくる。

「ん?」

俺は自分の席を見て、ちょっと驚いた。

「……」

 なんと俺の机の上に、フルーツ柄のショーツが何枚か並べられていたのだ。

「一寸木くん、どれが好み?」

 クラスメート達の何人かが俺の方を見てくすくす笑っていた。

 いじめか? いや、ご褒美なのか?

「あの、これは、いったい誰の?」

 俺は一切手を触れず、やや苦い表情を浮かべて問いかけた。

「ほらね、予想通りの反応だったでしょ?」

「これは安心出来るね。ごめんね一寸木くん」

 一人のクラスメートがすみやかに片づけてくれた。

「あっ、どうも」

 俺はちょっぴり気まずい気分で席に着いた。

「みんなダメだよ。則秀くんからかっちゃ」

「こういうことは、しちゃいけないと思う」

「みんなやめたげてね。ノリヒデくんは純情な男の子だから」

 絵里花ちゃん、笹乃ちゃん、凛々奈ちゃんは親切にも注意してくれた。

 俺は今、穴があったら入りたい気分だ。

 まあ、嬉しさも感じてるけど。

「一寸木君、今日の対決、いっしょに頑張ろうね」

「ここで活躍しなきゃ、きみ、このクラスで空気キャラになっちゃうよ」

「一応、俺も全力を尽くすよ」

 クラスメート達から期待され、俺はちょっとプレッシャーを感じたけど嬉しさの方が大きかった。

「一寸木君、いっしょに写真撮って」

 クラスメートの一人がデジカメをかざしてお願いしてくる。

「分かった」

 俺は快く引き受けてあげた。

「則秀君、モテモテだね」

 笹乃ちゃんから突っ込まれる。

 このクラスは最高だ。俺に同性に近い感じで接して来てくれた子もいるし、女の子に嫌われることは絶対しないようにしなきゃな。

        ☆

 八時四〇分。朝のSHR開始を知らせるチャイムが鳴ってほどなく、

「みんなおはよう」

 山森先生がやって来た。

「先生、ださいよ」

「地味過ぎぃ」

「農家のお婆ちゃんみたい」

「もろに田舎者じゃん」

 とか突っ込んでくすくす笑う女子生徒達。

 ファッションに全く興味ない俺から見てもそう思う。

今日はまるで明治時代の農村からやって来たかのような甚平&もんぺ姿だったのだ。

「これが先生の普段着よ。この方が動きやすいし」

 山森先生は特に気にしてないようで、のほほんとした表情できっぱりと打ち明けた。

「私は新鮮でいいと思う」

 笹乃ちゃんは振り向いて俺にこう意見して来た。

 確かにこういう普段着の人って、希少価値高いだろうからな。

     ☆

 九時二〇分頃。桃叡高校近くを流れる清流の河川敷。ここに女子トイレ洋式化工事をかけた戦いに挑む、大勢の参加者が集う。

 俺や笹乃ちゃん、凛々奈ちゃん、絵里花ちゃん含む大半の子は学校が貸してくれたジャージに着替えた。

 俺、笹乃ちゃん、凛々奈ちゃん、絵里花ちゃん含めた賛成派は三〇名ほど。

 っていうか男、俺一人だけかよ。

「どうだ。オレらの先導力。女共に勝ち目無いだろう」

 一方、龍一を含めた反対派はざっと数えて七〇名以上はいた。

女の子見事に一人もいねえ。

「龍一が集めて来た仲間、高校生じゃないやつも何人かいるよな?」

 俺が突っ込んだら、

「声優のイベントで知り合った仲間なんだ。みんなオレらより年上」

 龍一は自慢げに伝える。

「ボクは、大学休んだので」

 背は高いが痩せ型でひ弱そうな大学生。

「僕は三三歳。力いっぱい無職です」

 丸顔やや薄毛ぽっちゃりなおっさん。

 二人ともどや顔で伝えた。

「おいおい」

 大学生はともかく、無職のやつはこんなところで遊んでる場合じゃないだろっとオレは呆れ果てる。

「きさまら女共に勝ち目は無いぞ」

 自身たっぷりな龍一に、

「勝敗を決めるのは数じゃないっ! 売れない漫画家のコミックス五百冊よりワ○ピースの一冊なんだよ」

 凛々奈ちゃんは強く言い張った。

「ママ、面白い戦いになりそうだね」

「そうざますね」

 西島先生と保子さんは河原に敷いたゴザに腰掛けてのんびりくつろいでいた。

 賛成派は青いバケツ、反対派は赤いバケツを使用するようにとの説明の後、

「制限時間は三〇分だよん。それじゃ、勝負始めるよん」

「どちらも仲良く頑張るざますよ」

 保子さんはエールを送り、ブォォォ~と法螺貝を吹いた。

 これにて決戦開始。

「「「「「「「「「「「うおおおおおっ!」」」」」」」」」」」

反対派の男共、裸足になって一斉に川に入っていく。

 イワナやヤマメをすぐに一匹、また一匹と掴みあげバケツに放り込んでいく。

「もうあんなに取っちゃってる。私達も頑張らなきゃ」

「そうだな」

 俺達賛成派の負け決定だろう。

それでも俺達賛成派も急いで裸足で川に入り、イワナやヤマメを掴まえようとするも、

「きゃっ!」

「こんなの触れないよぅ」

「無理、無理」

「水冷たぁい」

 やはり苦戦。

 泳いでる魚、手で掴めない子もけっこういるようだ。

「ノリヒデくん、頼むよ。男の子なんだから」

「分かった」

 俺は恐る恐る、水中をせわしなく泳ぐイワナやヤマメを手掴みしようとする。

「ここかっ! あっ、逃げられた」

 想像以上に素早く動かれた。そもそもこれらの魚、本当にイワナ、ヤマメなのか? マスととかアユとかじゃないよな? 俺、川魚の違いなんてよく知らんぞ。

「凛々奈、見て。アメリカザリガニがいたよ」

 絵里花は躊躇いなく手掴みして凛々奈ちゃんの眼前にかざす。

「ぎゃぁっ!」

 驚いた凛々奈ちゃんは川底で滑ってしりもちをついてしまった。

「ぃやーん、ブラとショーツ透け透けぇ」

「ごめん凛々奈。こんなに驚くとは思わなかった。則秀くん、持ってみる?」

 絵里花ちゃんはてへっと笑う。

「いや、いいって」

 俺は即拒否。生きたアメリカザリガニなんて触るのは無理だ。

「エリカちゃん、ふざけてないでちゃんとイワナかヤマメをとってぇぇぇ。ササノちゃんも亀さん眺めてないで」

「ごめんね凛々奈ちゃん」

 岩の上でひなたぼっこしていた石亀をうっとり眺めていた笹乃ちゃんは、すぐにイワナ・ヤマメ掴みを再開する。

「ぃやぁーん、ヒルさんがワタシの足にぃぃぃ。ノリヒデくぅん、とってぇぇぇぇぇ」

「凛々奈ちゃん、落ち着いて」

 俺は快く手で取り除いてあげた。幸い血を吸われる前だったみたい。

「ハッハッハ。おまえらまだそれだけかよ。オレらの勝ちはもう決まったな」

 龍一はイワナ・ヤマメが大量に詰められたバケツを両手にかざしながら嘲笑う。

「それならこうしてやるわっ!」

 賛成派の子の一人が、反対派連中が持っていたバケツの一つを蹴り飛ばした。

 中の魚は川へリリース。

「おーい、反則だろ」

 やはり愚痴を言われる。

「妨害行為はダメだよん。次やったら失格にしちゃうよーん」

 西島先生からも注意が。

「そんなぁっ!」

 がっかりする蹴り飛ばした子。

「バケツの何個か蹴られて中の魚逃がされたくらいじゃ、全然形勢逆転にならねえけどな」

 反対派の男子、得意げだ。

「追いつかなきゃ。こうなったら」

「バケツで掬い取るのもダメだよん。手で掴まなきゃ」

 西島先生はそうしようとしていた賛成派の子達に注意を送る。

「えー」

 やはり不満の声が漏れる。

 そんな時、

「みんな、苦戦してるようね。先生は賛成派で協力してあげるわ」

山森先生も参戦。甚平&もんぺ姿のまま裸足で川に入ると、目にも留まらぬ速さで次々と手掴みしてバケツに放り込んでいく。

「山森先生すごーい」

「プロだ」

 驚く賛成派の子達。俺も驚いた。

 これは、ひょっとしたら逆転出来るんじゃないだろうか?

「やばいぞ。強力な助っ人が来てしまったようだ」

 龍一はスマホを使って他の仲間に報告する。

「おーい、重大事件発生。鹿が何頭か出て、バケツを蹴り飛ばしていきやがったぁ。今までに取った三百匹くらいがパーだ。鹿は森ん中に逃げられちまった」

 少し上流の方にいた男子が走りながら大声で伝えてくる。

「マジで?」

 龍一はちょっぴり焦り気味になった。

「これはチャンスッ!」

「罰が当たったわね」

 賛成派の子達は表情がほころぶ。

 山森先生のご活躍もあって、俺達賛成派はどんどん数を増やしていった。

 けれどもまだ反対派が優勢のようだ。あいつらもなかなかのペースで捕まえ続けている。

 さらに十分ほどのち、

「なんか、急に川の水かさが増えてないか?」

「やべえ、中州に置いたバケツが流されるぞ。早く回収しねえと」

「なんかあっちの方曇ってるし」

 反対派の連中、川の異変に気付く。

「雨雲レーダー見ると、もっと上流は雨降ってるみたいだね」

 西島先生はスマホでお天気情報に繋ぎ、確かめた。

「皆様、山間部での天候悪化により勝負は中止ざます」

 保子さんは高級そうなマイクを使って知らせ、ブォォォ~と終了合図の法螺貝を吹く。

「おまえら勝負はここで中止や」

「みんなーっ、勝負はやめなさーい!」

「早く川から上がれ。山の天気を甘く見るなっ!」

 観戦に来ていた他の教員達も止めに入る。

 こうしてこの戦いに参加した者。バケツを持って審査員でもある西島先生と、保子さんのもとへ。ざっと数えて互角な気がする。

 ちなみに俺は八匹。笹乃ちゃんは六匹。凛々奈ちゃんは何とか二匹。絵里花ちゃんは五〇匹近くは捕まえていた。山森先生は余裕で百匹超えてると思う。

「ママ、数えてあげて」

「分かったわ保夫ちゃん」

 西島先生に頼まれた保子さんは両者が捕まえたイワナ、ヤマメを一匹ずつカウントしてあげる。

「頼むぞ」

「賛成派の勝利、お願いします」

 祈る参加者達。

 俺は、賛成派の勝利であって欲しいと思う。

「結果が出たざます」

 保子さんは十五分ほどで数え終えたようだ。

「この勝負。賛成派、二七八匹。反対派、二七四匹で賛成派の勝利だよん」

 西島先生が伝える。

「「「くっそぉぉぉ!」」」

「なぜだ?」

「鹿のせいだ! あいつらシビエの刑にしねえと」

 悔しがる反対派の男子達。

「ざまあみろ」

「どうよ?」

「山森先生、ありがとう」

「これで和式ぼっとんから開放される」

 大歓喜の賛成派女子達。抱き合ったりもしていた。

 しかし、

「と言いたいところだけど、ニジマスも何匹か交じってたので、そいつを取り除くと。共に二七三匹でドローだよん」

 西島先生はにこにこ顔でこう告げた。

「ってことは?」

 賛成派の一人が問いかけると、

「現状維持さ。洋式化工事はしないし、反対派へのペナルティーもなしだよーん」

 西島先生は伝える。

「つまり、実質的にオレらの勝利ってことだな」

「「「「「「「「「「「うおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」

「「「「「よっしゃぁぁぁ!」」」」」

 勝利の女神はやっぱおれ達に微笑んだ。

 反対派の男共から歓喜の声が。

「「「「「「「「「「「「「えええええええっ!」」」」」」」」」」」」」

「そんなのってあり?」

がっかりする賛成派の女子達。涙を流す子もいた。

「悔しい。日を改めてまたもう一回やりたい。明日でも、いや今日でも天気が回復したら」

 凛々奈ちゃんは今にも泣き出しそうな表情を浮かべて呟いた。

「それは無理だよん。一つの要望について、失敗した場合、同じ要望について再チャレンジ出来るのは一ヶ月以上あとっていうのが本校での決まりなのだよん」

 西島先生はにっこり微笑む。

「そんなの、長過ぎますぅぅぅ」

「西島先生、それはひど過ぎ」

「世の中そんなに甘くないんだよん。おいらをこれでも緩いと思うよん。受験のことを思い出してみたまえ。失敗したとして再チャレンジ出来るのは一年後だろ?」

「そりゃそうですけど、納得いかなぁい」

「凛々奈ちゃん、また一ヶ月に再チャレンジしよう」

 笹乃は優しく慰めてあげた。

「次こそは絶対、勝ってみせる」

 凛々奈ちゃんは悔しそうに呟いた。

「西島もひどいやつだな」

 俺は苦笑いでこうコメントした。

「足の裏とかけっこう汚れちゃったし濡れちゃったし、ワタシ、お風呂入りたぁい」

 凛々奈ちゃんが不機嫌そうに呟くと、

「それじゃ、これから近くの銭湯連れてってあげるよ」

 山森先生が計らってくれた。

「先生太っ腹♪」

 凛々奈ちゃんは機嫌を一気に取り戻したようで、満面の笑みを浮かべた。

「露天風呂付きの銭湯に行きたい女の子は、先生に付いて来てね。入浴料、先生が全額負担するから。男の子も来ていいけど、女湯は覗いちゃダメよ」

山森先生は拡声器を使って周りにいた子達に伝える。

「露天風呂、楽しみだなぁ」

「私も」

「ワタシもめっちゃ楽しみ♪」

凛々奈ちゃん、笹乃ちゃん、絵里花ちゃん。

「男子は絶対来るなよ」

「ついてきたら殺すっ!」

他わりと大勢の女子生徒達は背後に山が聳える昔ながらの銭湯、鴬の湯に向かっていった。

俺は学校の方へ戻ろうとしたら、

「おい、則秀。露天風呂があるそうだから、女湯覗きに行くぞっ!」

 龍一に強く誘われてしまった。

「龍一、やっぱそう企んだか。俺はそんなことは一切する気ないからな」

「オレらも男湯から柵をよじ登って覗こうなんて超古典的なやり方はせんっ! あんなのはバカな中高生のやることだ。オレら理数科のエリート集団はここが違うんだ。ロボに超小型カメラを内蔵して、女湯の周りを徘徊させる」

「絶対ばれるだろ」

「龍一よ、おまえはロボと言われてガ○ダムみたいなのを想像しただろ。オレら理数科の頭の冴える人間というのは、そこからして違うんだ。あんなのは昭和脳がやつが考える時代遅れも甚だしいロボだぜ。重作(しげさく)、見せてやれ」

「はいぃ」

 逆三角顔、七三分け。メガネの絵に描いたようながり勉くん風貌な少年が、ある物を鞄から取り出した。

 タヌキそっくりのロボだった。

「リアル過ぎないか?」

 俺はその精巧さに驚いた。ロボにはとても思えなかった。

「すげえだろ。これでもリモコンで動くロボなんだぜ」

 龍一はどや顔で言う。

「この辺りに生息する野生動物を調査して、昨日ボクが作って来ました。ちなみに名前は金太郎です。タヌキなら怪しまれることなく女湯露天風呂に入れることでしょう」

 重作は自信を持って主張した。

「ダメだろ。退学になるぞ」

 俺はこう忠告したんだけど、

「さあ、則秀もいっしょに銭湯行こうぜ」

「俺は行かないって。うわっ」

 俺は抵抗する間もなく龍一他二組の男子何名かに担ぎ上げられ、強制的に銭湯に連れて行かれてしまった。

 男湯脱衣室。

「桃叡高生は入浴料タダって、受付のお婆ちゃん太っ腹だな」

「おれ常連さんになりそう」

「おまえら、絶対やめた方がいいって」

 俺がこう説得しても、

「則秀は臆病者だな。こんな千載一遇のチャンス利用しないでどうする」

 龍一は覗く気満々だ。

「きみも本当は見たいんでしょ?」

「いっしょに見ようや」

 他の男子共も俺に誘いをかけてくる。

「頼んだよ、金太郎」

 重作はリモコンを操作し、タヌキロボを男湯経由で女湯露天風呂の方へ向かわせていった。動きも軽快で高性能過ぎるこのロボ。エロ目的に使うなんてじつに勿体無い。

 男共は一台のノートパソコンのモニター画面に食らいつく。タヌキロボに付けた超小型カメラの映像が映し出されているのだ。

「則秀、目をそらすなって」

「俺は見たくないって」

 俺も無理やり見せられた。

 それからほどなく、

「あー気持ちいい」

「極楽~♪」

「とっても快適ね」

「疲れが一気に取れるよ」

「山森先生、おっぱいちっちゃいですね」

「こらこら、失礼よ」

「んー、ちょっと熱いけど最高だよ♪」

「桜吹雪で風情があるね。これで酒があったらさらにいいね」

「絵里花ちゃん、おじさんみたい」

「この露天風呂は、紅葉の時期と大雪の時もお勧めよ」

「その時にまたここ訪れたいなぁ」

「凛々奈ちゃん、ここで泳いじゃダメよ」

「はーい。ん? あそこにいるの、タヌキじゃない?」

「ほんとだーっ。かっわいい。おいでおいでーっ」

「生タヌキ、めっちゃかわいい!」

「ここの露天風呂はタヌキさんや、おサルさんや鹿さんにもよく会えるそうよ。稀にクマさんにも」

「山森先生ぇ、恐ろしいこと言わないで下さいよぉ。クマには絶対遭いたくないです」

女の子達のはしゃぎ声がモニター越しに聞こえてくる。

「うおおおおおおっ! 声は聞こえるがレンズが曇ってはっきり見えねえ」

「惜しい、惜し過ぎる。湯気のせいだな。深夜アニメ地上波放送版の悲劇がここでも」

みんなすっぽんぽんで露天岩風呂の乳白色に染まった湯船に浸かってゆったりくつろいでいるようだった。

「おまえらもうやめとけって」

 俺がそう説得した直後、

「ん?」

笹乃ちゃんの声が聞こえ来た。

「どうしたの笹乃ちゃん?」

 凛々奈ちゃんも声も。

「なんか、タヌキを撫でた時に、違和感があったの。ぬくもりが無くて、妙に冷たくて……こっ、この子、ひょっとして……ロボット?」

「えっ! ロボットなの?」

「マジで?」

「わたしにちょっと貸して。うわっ、やっぱりロボだーっ!」

 絵里花ちゃんの叫び声。毛に覆われて見えにくくなっていた蓋をパカリと開けて、中身が機械であることをみんなに見せびらかしているみたいだ。

「本当にロボットだったのかぁ。言われるまで私、全く気付かなかったよ」

「でも、動き本物に似すぎ」

「国立科学博物館の剥製以上の再現度だね」

「うわっ、カメラっぽいの付いてるよ! みんな、早くタオルで全身覆って」

「覗かれてるってことじゃん」

「きゃぁっ!」

「これは百パーセント、男子の仕業ね」

 こんな音声を聞いて、

「あらら、バレちゃったようです」

 重作はてへっと笑う。

「おい男子、近くに隠れてるんだろ。お仕置きしにいくから待ってろっ!」

「ボコボコにしてやるっ!」

「この変態っ!」

 女の子の何人かがカメラに向かって険しい表情で呟いた。

 モニターからは彼女達の怒りの表情ドアップだ。

「やっべぇぇぇ~」

「早く逃げようぜ」

「熊より怖えぇ」

 男子共は一目散にここから逃げようとする。

「あれ? 鍵が開かないぞ」

 ロビーに通じる扉にいつの間にか鍵がかけられていた。

「どうせこんなことだろうと思ったから、外側から鍵かけておいたよ。お兄さん達、観念しな」

 受付のお婆さんからおっとりとした口調で伝えられた。

「やっべえぞこれは。他に逃げ口ないか?」

 龍一もかなり焦り気味だ。

 そうこうしているうちに、ロビーに通じる扉が外側から開かれてしまった。

「こらぁ! エロ男子」

「最低っ!」

「盗撮魔、覚悟しなさいっ!」

 現れたのは、服を着込んだ多数の女子達。入浴した以外の子も大勢いた。

 当然のごとく、みんな怒りに満ちた表情だ。

 竹刀を持っている子も何人かいた。

 俺も、お仕置きされてしまいそうだ。

「いや、カメラ壊れてて、見れなかったんだ」

 重作は必死に言い訳する。

「そういう問題じゃないっ!」

 女子の一人が険しい表情で告げる。

「その、則秀に頼まれて仕方なしに」

 龍一はさりげなくクラスメート達を眺めつつ弁明する。

「リュウイチくん、そんな小学生がつくような嘘が通用すると思ってる?」

 凛々奈ちゃんはニカッと微笑みかけた。

「則秀君がそんなことするはずは絶対ありませんよ」

 笹乃ちゃんはきりっとした表情で自信満々に主張してくれた。

「いやいや男っちゅうもんはな、どんな草食系の大人しいやつでもエロ本能を持ってるんだぜ。則秀はな、今は大人しくしてるようだけど、これはおまえらを油断させるためや」

「一寸木くんのこと、そんな風に言うなんてさいってい!」

「さっさとここから消え失せろ! 変態」

「熊の餌食になっちゃえ!」

「悪い子達にお仕置き!」

 パコーン、パコーン、パコーン……女の子達から洗面器の連打。

「俺は、無理やりここに連れてこられたんだ」

 そんな言い訳が功を奏し、俺は幸いにもお仕置きされなかった。

 みんな俺を信用してくれて嬉しいよ。


銭湯から追い出された俺達は、徒歩で学校へ戻っていく。

「だからやめとけって言ったのに」

「則秀よ。失敗は成功の母って言葉知ってるだろ。今度こそは、絶対成功させてやる」

「ぼくも再チャレンジするよ。もっとリアルに近く高性能な野生動物型盗撮用ロボを作るさ。女子に気づかれないように女湯を覗く。非常に困難なことだけど、それを乗り越えることで東大理Ⅲ現役合格への自信に繋がるはずだからね」

 龍一達は全く懲りていないようだ。

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