私立桃叡高校学内不満解消戦
明石竜
第一話【朗報】俺氏、中学時代、帰宅部だったけど勉強は日々こつこつ励んだ結果wwwww
女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女男女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女。
↑俺、一寸木則秀(ちょっき のりひで)が所属することになった私立桃叡(とうえい)高校総合特進科、一年二組の男女比。女子四十名、男子はなんと俺一人だけなハーレム環境だ。しかもクラス替えなし三年間同じクラス。濃紺色ブレザーと桃色チェック柄プリーツスカートを身に纏った女生徒集団の中に、俺一人だけぽつんと浮いた男子の制服。萌黄色ブレザーとグレー基調チェック柄ズボンが際立っている。
出席番号二十一番の俺の席は運動場側から三列目最後尾。クラスメート達が見渡せるベストな位置だ。うるさそうな子はいるけど、入試の時には何人か見た性格悪そうなケバいビッチ系はいないっぽい。クラスの雰囲気はほんわかとして居心地良さそうだ。
ただ、ちょっと不快感が。
臭い。とにかく臭い。香水とか、化粧品とか、お菓子とかの甘ったるい匂いが教室中に漂ってて気分が悪くなりそうだ。これはそのうち慣れてくるとは思うけど。
ちなみに桃叡高校は今春創立されたばかりの新設共学校だ。
つまり、今は全五クラス約二百名、俺達一年生しかいないわけである。
東大を目指せる充実したカリキュラムが組まれる一方、髪型・メイク・靴・ソックス自由。マンガ、ゲームなどの娯楽品、お菓子も持ち込み可な緩い校則。立地は渋谷・原宿近辺、校内にカフェテリアありと夏休みのオープンハイスクールなどで説明されたためか、入試倍率は三倍を超えていた。生徒集めは上出来だろう。俺もそんな理由で第一志望で志願したわけだ。内申関係なく面接なし筆記のみ本番一発勝負ってのも魅力だったし。
「席も前後したね」
「そうだな」
俺のすぐ前に座る、田野倉笹乃(たのくら ささの)ちゃんが振り向いて話しかけてくれた。クラス発表後、出席番号順に整列した時も「このクラス、男の子きみ一人だけみたいだね。でもきっと馴染めると思うよ」と話しかけてくれた心優しい子だ。背丈は一五〇センチちょっと。丸顔&丸眼鏡、濡れ羽色の髪を赤いりぼんで三つ編み一つ結びにして、清楚で大人しそうな雰囲気。俺好みだ。
「まもなく校内放送で皆さんに重要な連絡があるそうだから、少し待っててね」
クラス担任となる地歴・公民科の山森静子先生が教卓前から伝える。教師三年目、簪で飾った濡れ羽色の髪が煌く二四歳の和風美人だ。今日は華やかな着物姿だった。
あのあと予告通り黒板上のスピーカーからお知らせチャイムが鳴り響き、
【みんな入学おめでとう。桃叡高校は生徒の自主性を重んじる校訓だから、本校の設備や校則にまだ何か不満があったら、遠慮せずにおいらに直談判してねー】
陽気なオタクっぽい男の声で手短にこんなアナウンスがされた。
「とのことです。さっきの放送は入学式の時には姿を見せなかった数学の西島先生からなんだけど、本校の理事長兼校長以上の最高権力者らしいわ」
山森先生の伝言を聞いて、
「いったい何者なんですか?」
「教育委員会の人かな?」
「理事長の家族じゃない?」
ざわつくクラスメート達。
俺も理事長の家族か親戚じゃないかと思っていると、
「不満、大いにありまくりよぅ。なんでこんな辺鄙なとこに建ってんの? パンフレットと公式ホームページには渋谷・原宿の近くって書いてたのに、詐欺だよぅ」
運動場側二列目先頭席のクラスメートが不機嫌そうに不満を呟いた。ほんのり茶色なカールヘアで背丈は一四〇センチちょっと。顔つきも体つきも幼いし小学生にしか見えない子だ。名前は風祭凛々奈(かざまつり りりな)。なぜすでに知っているのかというと、笹乃ちゃんの幼稚園時代からの幼友達で、入学式後に俺はこの子と少しおしゃべりしたからだ。子どもっぽいけどすごくいい子っぽい。
「直線距離ではたった六〇キロくらいしか離れてないから近くだと思うよ」
山森先生はこう意見してにっこり微笑む。
「いやめちゃくちゃ遠いでしょ」
凛々奈ちゃんはやはり納得いかないようだ。
「グローバルな視点で考えれば、六〇キロなんてごく近距離よ」
山森先生は主張を曲げず。
「遠過ぎぃ」
「歩いて行けんし」
「周り何も無いじゃん」
「熊が出そう」
他のクラスメート達も立地に不満いっぱいなようだ。
事実、桃叡高校の周辺は山あいの民家ぽつぽつ、清流が穏やかに流れ、のどかな田園風景が広がるド田舎だったのだ。付近におしゃれなスイーツやファッションを扱う若者向けのお店なんてもちろんない。さらに校舎は古ぼけた木造二階建て。明治八年に創立され、一昨年廃校になった村立小学校を改装して再利用しているそうだ。
俺含めて全校生、皆その事実を今日つい先ほどまで知らなかった。
入学試験はおしゃれな若者の街、渋谷の貸し会場で行われ、入学式も渋谷駅近くのおしゃれな講堂を貸し切って行われたからだ。
入学式後、渋谷駅前から豪華なスクールバスで二時間近くかけて俺達はここに連れて来られたわけである。
一応、東京都内だ。学校の裏山を超えたら山梨県だという。
平成二六年豪雪ではこの付近、一メートル超えの積雪になり数日間孤立したらしい。
そんなこんなをバスから降り立った時に聞かされ、俺も最初は唖然としたけどそんなに不満は無いな。今後も毎日、渋谷から世田谷区、国立、八王子とかを経由する無料スクールバスを出してくれるみたいだし。
「しかもなんでトイレが“和式のぼっとん”なのぉ? さっきおしっこしようと思ったのに、怖くて出来なかったよぅ。ワタシ今、めっちゃおしっこしたいよぅ。ただちに消音装置、ウォシュレット付きの洋式に改修して下さいっ!」
凛々奈ちゃんはさらに愚痴を呟く。
「わたしもそうして欲しい」
「先生だってあんなの嫌でしょう?」
他の大勢のクラスメート達も賛同のようだ。
「先生は、和式の方が使いやすいと思ってるから、特に不満はないよ」
山森先生は微笑み顔できっぱりと主張した。
「今どき古い公立でもぼっとんなんてあり得へんよ。ねえ、このクラス唯一の男の子、ノリヒデくんもトイレの件で何か言ってやって。男の意見として」
凛々奈ちゃんがむすぅっとした表情を浮かべて俺のそばへぴょこぴょこ歩み寄って来た。
「えっ、おっ、俺は、個室使わんからな、べつに、どうでもいいんじゃないかな」
他のクラスメート達からも注目の視線を浴びた俺は、苦笑いでこう答えておく。
「こんのぉぉぉぉぉぉぉーっ! 小でも座ってやらなきゃいけない女の子の大変さを知れぇぇぇーっ!」
「うぼわぁっ!」
凛々奈ちゃんに怒りの表情でパチンッと一発頬を平手打ちされた俺。力が弱いからかあまり痛くは無い。叩く時ぴょんってジャンプして可愛かった。
「このクラスに入ったんなら、女の子の気持ちも理解出来る男になれよっ!」
凛々奈ちゃんはさらにそう言って俺の背中をぽかぽか叩いてくる。
俺、今、クラスメート達からけっこう笑われてるぞ。
「凛々奈ちゃん、やめてあげて。則秀君がかわいそうだよ」
笹乃ちゃんが助けようとしてくれた。
「ごめんなさい」
凛々奈は申し訳なさそうに素直に謝ってくれる。
「いや、全然気にしてないから」
俺はちょっぴり嬉しく感じてしまった。
「風祭さん、早く自分の席へ戻ってね。それじゃ、高校生活最初のHR始めるよ」
山森先生は微笑み顔でこう伝えたあと、時間割表や今後の行事予定などが書かれたプリントを配布していき、HRは十分程度で終わった。これにて今日は解散である。
「ワタシ、さっそく西島先生にトイレの件、抗議して来ますっ! ねえ、ノリヒデくんも西島先生のとこへいっしょに抗議しに行こう!」
「わっ、分かった」
凛々奈ちゃんに袖をぐいぐい引っ張られ、俺は断り切れず渋々応じた。
このあと俺は凛々奈ちゃん、笹乃ちゃんといっしょにキュッキュッキュッキュッ音が鳴る鴬張りの廊下を歩き進んでいく。
「則秀ぇぇぇぇぇ、羨まし過ぎるぜっ。おまえは大奥の殿様かっ。オレも総合特進科進めばよかったぁ。オレの理数科クラス、男子ばっかなんだぜ」
途中、俺は小学校時代からの近所に住む親友で、一年一組になった海老塚龍一(えびづか りゅういち)に背後から近寄られ両肩をガシッとつかまれ揺さぶられた。
「俺も予想外だよ。入試の時は総合特進科、他に男十数人は見たはずだけど、みんな落ちたか入学辞退したみたいだな」
「則秀よ、おまえはあれだけの女の子に囲まれて、おっぱいや尻触ったりパンツ覗きたいってムラムラした気にはならなかったのか?」
「全くならんな。回りに女の子がたくさんいるってほんわかな雰囲気を味わうのがいいんじゃないか」
「そりゃ勿体なさ過ぎるぜ。せっかくのハーレム環境なんだからよぅ、有効活用しねえとダメじゃん。則秀は俺TUEEEなハーレムアニメより、女の子同士の会話劇中心の男の出ない日常系アニメの方が好きだもんなぁ。原作がまんがタイムなんとかに載ってるような。まったく、近頃の男子高校生ときたら、女の子にエッチなことをしたいじゃなく、いっしょにガールズトークを交わしたいって女々しいやつが多過ぎるぜ」
「龍一も近頃の男子高校生だろ」
俺は呆れ果てた。
「いい構図♪」
笹乃ちゃんにスマホのカメラで撮られてしまった。
「このエロそうな男の子、ノリヒデくんのお友達なんだね」
「そっ、そうだ。それじゃ、またどこかで」
凛々奈ちゃんに上目遣いで問いかけられた龍一はかなり緊張してしまい、すみやかに走り去っていった。こいつは三次元の女の子が大好きだと言い張るものの、実際話しかけられるとあたふたしてしまうヘタレ野郎なのだ。背丈は俺より十センチくらい高い一八〇センチ近くあって、けっこうイケメンだけどな。
俺達が職員室隣の西島先生専用ルームに辿り着くと、
「西島先生、時代遅れな恐ろしい和式ぼっとんを洋式に」
凛々奈はさっそく不機嫌そうに抗議する。
「やはりそう来たかぁ」
西島先生はにやにや笑っていた。年齢は四〇代前半。背丈は一六〇センチくらい。小太り、坊っちゃん刈り、瓶底眼鏡をかけ、見るからにアキバにいそうなオタクって感じ。
すぐ側に七〇歳くらいの老婦人もいた。
「わたくし、保夫ちゃんの母の保子と申すざます。保夫ちゃんのことが心配で、いつも側についているのざます」
保子さんは微笑み顔で伝える。
「ざます!?」
「ざますって、ス○夫のママみたいな話し方の人、実在したんだ」
笹乃ちゃんと凛々奈ちゃんは思わず笑ってしまう。
「あの、お母様。西島先生四十過ぎだろうに、子ども扱いし過ぎじゃないですか?」
俺も笑いそうになってこう突っ込むと、
「保夫ちゃんはもうすぐ四四歳のお誕生日を迎えるざますが、いくつになってもわたくしの子どもなのざます」
保子さんはにこやかな笑顔でこう答えた。
「ハッハッハ」
西島先生は照れ笑いする。
こりゃダメだ。
「とにかく、ウォシュレット、消音装置付きの洋式化工事。一刻も早くして下さいっ!」
凛々奈ちゃんからの要望を聞き、
「おいらはそうしてあげたいと思ってるんだけどねぇ」
西島先生はにやにや笑う。
「先生、あのトイレ何なん。あり得ん」
「ぼっとん便所なんて最悪ぅ」
「洋式化工事一刻も早くお願いします」
他の女子生徒達もトイレについての不満で続々抗議しに来た。
西島先生の周囲に、いつの間にか大勢の生徒達が。
「話は聞かせてもらったぞっ! オレは、女子トイレの洋式化工事は断固反対だっ! ぼっとん便所に入るのを躊躇って尿意を我慢してしまう女の子のかわいいしぐさが見られなくなっちまうからな」
龍一もここを訪れ、拳を握り締めてきりっとした表情を浮かべて大声で強く主張する。
「龍一、それは変態行為だろ」
俺が呆れ顔でこう言ってやったのとほぼ同時に、
「この変態っ!」
「何あの人」
「気持ち悪い」
女子達が怒りに満ちた表情で罵声を浴びせる。ごもっともだ。
「西島先生、リュウイチくんとか言う変態さんのことは無視してトイレを何とかして下さいっ!」
凛々奈ちゃんはふくれっ面だ。
「ちょっと待ておまえら。ぼっとん便所は日本の未来永劫無くしちゃならねえ文化財だろうがぁっ! 日本文化だろうがぁっ!」
龍一は嬉しそうに大声で主張する。
「ハァ? ぼっとん便所なんて無くすべき文化財よ」
「これだから三次元の女と来たら、古き良き文化の価値が分からんやつが多過ぎるぜ」
「ぼくも洋式化反対。ぼっとん便所がある学校なんて、日本にはもうほとんどないだろうから残していかなきゃいかんでしょ」
「おれも和式ぼっとん便所の洋式化工事反対! 大和撫子ならトイレは和式ぼっとんでやるべきっ!」
龍一と同じクラスの男子達も集まって来た。
「そうだよな」
龍一は嬉しそうに同意した。
「男子は個室使うのう○こする時だけだからって調子乗んなっ!」
「変態」
「こいつらきもいっ!」
「死ねっ! 性犯罪者候補っていうかすでに性犯罪者」
「ぼっとんって本当に怖いんだよ。きみのお弁当に下剤混ぜて個室を使わざるを得ない状況にしてやろうか?」
女子の何人かから罵声を浴びせられるも、
「う○こって堂々と言い張るおまえらの方が変態だろ」
「大勢の女の子達から罵られて、なんか心地いいな」
龍一達は揺るがないようだ。むしろ嬉しがっているようにさえ俺は感じた。
「洋式化工事に賛成派と反対派がいるようだね。それじゃ、こうしよう。高校生らしく、ドッジとかスポーツ対決というのがいいと思うのだが、せっかくの自然豊かなこの場所だし、近くの川でイワナとヤマメの手掴み対決でどうだい? 洋式化工事賛成派と、反対派とでどちらが多く捕まえるのことが出来るのか勝負して、賛成派が勝ったら洋式化工事許可してあげるよん」
西島先生は楽しそうに提案する。
「なんでそんなことする必要があるんよ?」
「そういう勝負なしで、洋式化するのが普通でしょう?」
洋式化工事を願う女子達はやはり納得いかないようだ。
俺もおかしいと思う。
「いやいや、【生徒間、または生徒・教師間で本校に関する不満について、いざこざや対立が起きた場合、明確な勝敗の付く何らかの勝負を行い円満に解決させる】。それがこの学校の方針なのだよん」
西島先生はほんわかした表情で伝えた。
「さすが保夫ちゃん、素晴らしいご提案ざます」
保子さんはパチパチ拍手する。
「さっすが西島先生」
「ナイス提案っ!」
「オレらはクラスの男子一致団結して洋式化工事を阻止してやるぜっ!」
龍一達反対派集団は大絶賛なようだ。
「勝負は明日、朝のHRのあと、朝九時半から。参加希望者は学校近くを流れる川の河川敷に集合ってことで広報しておくよん。賛成派も反対派も、仲間は何人集めたっていいんだよん。学外からでもね」
西島先生は機嫌良さそうにおっしゃった。
「その勝負、絶対勝ってやるわっ!」
「変態男子共、覚悟しておきなさいっ!」
「エロ男子達の好き勝手にはさせないっ!」
賛成派もやる気が高まったようで、反対派の連中を険しい表情で睨み付けた。
「西島先生、ワタシ達賛成派の勝ちなら、この学校の掃除当番、これから三年間ずっと反対派が担当するってことにしていいんじゃないですか?」
凛々奈ちゃんはこんな提案を出した。
「そうだなぁ。反対派の子達はどう思う?」
「上等だ! ますます燃えて来たぜぇっ! まあ、オレら反対派が負けることなんて絶対あり得ないけどな」
龍一は自信満々な様子。
「ハァ?」
「女子力の怖さ、性犯罪者候補に思い知らせてやるわっ!」
男だらけの反対派、女だらけの賛成派。険悪モードだ。
「これぞ青春ざますね」
保子さんや、
「くだらないことで熱くなるのが青春時代というものだな」
他の教師達も微笑ましく眺めていた。
俺もじつにくだらない争いだと思う。
「予想外のことになっちゃったね。でも、なんか面白そう」
「ササノちゃん乗り気になってるし。ワタシお魚さんの手掴みなんて出来ないよ。ノリヒデくんは当然、賛成派だよね?」
凛々奈ちゃんににこっと微笑まれ、
「もちろん」
俺はこう答えておいたが、内心どうでもいいと思っている。
西島先生専用ルームをあとにした俺達三人は、いっしょに昇降口へ向かっていく。
「この高校の制度、おかしいよ」
「俺もそう思うけど、まあこれも他の学校じゃ体験出来ないだろうしいいんじゃないかな」
「ワタシ、もうおしっこ限界」
とうとう尿意に耐え切れなくなった凛々奈ちゃんは、最寄りの女子トイレへとことこ駆けていった。
「ここで待っててあげよう」
「分かった」
笹乃ちゃんから頼まれ、俺は快く承諾。
三分ほどして、
「ワタシ、世田谷住まいのお嬢さんなのよ。なんであんな昭和の遺物使わなきゃいけないの。人生最悪の屈辱だよぅ。おしっこの音丸聞こえだし。しかも床にゲジゲジさんまでいたし。虫だらけだし」
凛々奈ちゃんは涙目を浮かばせて戻って来た。
「凛々奈ちゃん、そのうち絶対慣れてくるよ」
笹乃ちゃんは頭を優しくなでてあげる。
「いやそれはないと言い切れる。ねえササノちゃん、今度から個室の前までいっしょについて来てね」
「もちろんいいよ」
まるで姉妹のようだ。
俺達三人は引き継き廊下を歩き進んでいると、
「きゃっ、きゃあっ!」
凛々奈ちゃんが突然悲鳴を上げ、俺に飛びついて来た。
「どうした?」
俺もちょっとびっくりした。
「あそこ、ヤモリが」
凛々奈ちゃんはびくびく震えながら指差して伝える。
「窓の外じゃない。凛々奈ちゃん、ここで虫が出るたびに悲鳴上げてたらすぐに声がかれちゃうよ」
笹乃ちゃんはにこにこ微笑んだ。
「ここ、本当にド田舎だよなぁ」
俺達が昇降口から外へ出ようとしたのと時同じく、西島先生専用ルームでは新たな生徒間の対立が生まれたようだ。
「西島先生、校舎ももっとおしゃれな外観に。っていうか都心に移して」
「あたしはここでもいいと思う。あたしみたいに八王子や、青梅、あきる野他東京西部に住んでる子達にとっては都心よりこっちのが通いやすいし。あと山梨の子とかも」
「そんな田舎者のことは知らんがな」
「あきる野市民のおれ通学時間的に勝ち組」
「少数派の意見より多数派の意見を尊重すべきでしょ」
「きみたち、悪いんだけど、立地についての要望は現状却下だよーん」
西島先生はにこにこ顔できっぱりと言い張る。
「そんなぁっ」
嘆く要望組。
「よっしゃっ!」
喜ぶ現状維持組。
☆
「降車地同じだ。則秀君も世田谷区民みたいだね」
「うん」
「けっこう近所なんだね。ノリヒデくん、明日からワタシ達といっしょに通おう!」
「べつに、いいけど。変態な龍一もいっしょだよ」
「ワタシはべつにかまわないよ」
「私も特に気にならないわ」
「そっか」
俺達三人は本校正門前から出る渋谷駅前行きスクールバスに乗り込み、帰路に就く。
「毎朝激込みの電車に乗らなくてもいいってのがいいな」
「わたしもこれは素晴らしい行いだと思う」
「ワタシもスクールバスについては評価してるよ」
俺は笹乃ちゃんと凛々奈ちゃんに挟まれる形で座席に。
「あの、則秀君、似顔絵、描いてもいいかな?」
笹乃ちゃんはちょっと照れくさそうに問いかけてくる。
「いいよ」
俺はもちろん承諾。
「ありがとう」
笹乃ちゃんは通学鞄から4B鉛筆とスケッチブックを取り出して、ササッと描いてくれる。
「めっちゃ上手いな。俺、そっくりだね」
「私将来、漫画家目指してて」
「ワタシも同じだよ。それで文系理系芸術系、何でもありな進路を選べる総合特進科選んだの」
「そっか。俺はそこが一番難しくて挑戦しがいがあるからって単純な理由で選んだけど」
「そうでしたか。則秀君と同じ理由で総合特進科選んだ子、他にもけっこういると思うよ。あの、則秀君、深夜アニメ、見てるみたいだね」
「うん、龍一が勧めて来たやつをなんとなく見てるよ」
「私もクール毎に十本くらいは見てますよ。眠いのでリビングのテレビの録画でだけど」
「ワタシも同じく録画で。リアルタイムでこっそり見たらお母さんに叱られちゃうから。ワタシのお母さん深夜アニメにいいイメージ持ってないんだ」
「俺の母さんは無関心だな」
「私のママもそんなに関心は持ってないよ。則秀君も、アキバへは行ったことありますか?」
「龍一に誘われて何度か行ったことあるけど、俺はあの街あまり好きじゃないよ」
「私も何回は行ったけど、人が多過ぎて落ち着かなかったよ。渋谷や原宿も苦手。上野や浅草の方が好きだな」
「俺も同じだ。両国もいいよな」
「ワタシは渋谷・原宿の雰囲気も好きだよ」
いろいろ会話を弾ませて、あっという間に世田谷区内の降車地に到着。
「ばいばい、ノリヒデくん」
「則秀君、また明日ね」
「ああ。さようなら」
俺は笹乃ちゃん、凛々奈ちゃんとそこで別れを告げて帰路についた。
入学初日からこんなあか抜けなくて純真っぽくて可愛らしい女の子達に話しかけられて親しくなれたなんて、思ったよりずっと楽しい高校生活になりそうだ。
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