第3話 フリースタイル道場

 放課後になると毎日のように西海岸沿いの砂浜ウェストコーストに映斗、理奈、源一郎、吉田の4人が集合してフリースタイル・ラップの練習に勤しんだ。蒼い海を背景に遠くの方では海面から屹立きつりつした岩や無人島、迫り出した半島やらが見渡せる県内屈指の絶景スポットだ。燦々と照り付ける太陽に4人の額から汗が滴る、みんな懸命に歌い続ける。


「ここが源一郎フリースタイル道場だ! これはラップ・ゲーム・トライ・アウトだよ」

「なんだよ、源一郎、トライ・アウトって?」

「お前に試練を与えているんだよ。試練に付いて来れないヤツは即刻、叩き落す」


 そう源一郎は嘯いた。一面に広がる砂浜に4人の歩んできた足跡が記される。砂浜に刻まれた無数の足跡が彼らの練習の日々を物語っている。来る日も来る日も反芻して練習が行われたのであるが、その源一郎の特訓はスパルタ式であった。ある時は拳が飛んできたり、ある時は蹴りが飛んできたりもした。日が暮れても練習に勤しんだ。時には満天の星空の下で終電の時間までラップをする事もあった。

 しかし、映斗はめげずに歯を食いしばりなんとか喰らいついた。これもすべてアサシンを倒すため、その一心だけで毎日、声が潰れてしまうまで練習を続けた。源一郎はステレオを持ち込みヒップホップのビートを大音量で流した。リズミカルなビートは打ち寄せる波音を掻き消してしまう。いつものように巨漢の源一郎による猛特訓が始まった。


「よし、今日はビートに乗せながら、リズムキープしてラップをするんだ! よし始めるぞ、CHECK 1、2、まずは映斗が乗っかるエイトビート! ちゃんと的確にRHYMEを踏むんだ!」


 それに応えるようにまずは映斗がビート上で奔走する。 


 ――RHEME(押韻)、それはフリースタイル・ラップに生命を宿し猛禽のような獰猛さで襲いかかる檻から解放された憤怒の如し――


に乗っかりながら…」

「まだまだだ! もっとRHYMEを踏むんだ! だがまじめ君は、かませ映斗!」

「確かに俺は、そんな事言われて、、俺が歌えば、俺なら空手家…」

「いいぞ! よし次はFLOWだ! リズムに強弱、そして音程に高低差を付ける事を意識しろ、そして情熱バイブスを叩き込むんだ! 、いけっ! 映斗!」


 ――FLOW(節回し)、それは小川のせせらぎのように滑らかに流れ、時に日本海の荒波のように岩盤をも打ち砕く波動の如し――


「俺はまじめ君じゃないすでに、つまり、お前はやってろ、バビロンには払ってたまるか、、感じろ俺のバイブス、俺の強靭な…」


 凄いわ、映斗の声に魂が宿っているわ、まさに言霊が放射状に拡散されていく、これはもはや異次元のレベル、私には付いていけないわ… 理奈はそんな事を考えていたのであった。


「よし、映斗いいぞ! 次はRHYMEを踏みながらパンチラインを打っていくんだ! よりも自分の! よしブチかませ!」


 ――パンチライン(琴線)、それは相手の腰を砕き心臓を木っ端微塵に破壊する言霊の弾丸、すなわち重量級の大量破壊兵器級声明プロパガンダの如し――


「心配などいらない、俺の言葉で、役満リーチで

「よしいいぞ、映斗! 今度は俺の攻撃に的確にアンサーを返していくんだ! お前は役満リーチで、だけど家で帰って見てろよネット通販、ハッハッ!」

「ふざけんな源一郎、俺にはいらない、お前を地獄に葬る、轢き殺してやるぜ俺は暴走、お前に何を言われようが俺は!」

「いいぞ、その調子だ、だったらお前はその場で留まったままだ、とっとと始めろ!」

「独立運動には付き物なのがに発展する、暗躍するのが、いざここに俺のスタイル独立するのさ!」


 重量級のパンチラインが炸裂した、これが映斗のフリースタイルが完成した瞬間だった。俺のスタイル、俺のヒップホップ。理奈が駆け寄ってくる。


「凄いわ! 映斗、これでアサシンを倒せるわ!」

「ありがとう、理奈! 俺は生まれ変わったんだ! フリースタイラーになったんだよ!」


 すると源一郎は首を横に振った。口は真一文字に固く閉じられている。と、その前に吉田の存在感が希薄であるがそれはあまり気にしないでおこう。漫画になれば小さく描かれているはずであろうから杞憂に過ぎない。肩で息をしている映斗に大きな腹をゆっさゆっさ揺さぶりながら源一郎は駆け寄り声を掛けた。


「確かに、映斗のフリースタイルの基礎は完成したと思う。なかなかの攻撃力だ。そのへんのWACK MC下手くそなら粉砕出来るだろう。だが、しかし、このままではバビロンに打ち勝つ事は出来ない」

「何!? これだけ練習してもダメなのか? ゲンちゃん、それは一体どういう事なんだ? 俺はライムもフローもパンチラインも全て手に入れた。他に一体何を得ればいいのだろうか? 俺には一体何が足りないというのだ?」

「映斗、バビロンを倒す為にはザイオンの力が必要なんだ」


 理奈は眼を丸めて源一郎に問い詰める。


「ねぇ、ゲンちゃん、ザイオンって一体なんなの?」


 源一郎は眉をひそめて神妙な表情でゆっくりと口を開いた。


「バビロンの対極にあるもの、それがザイオンだ! ザイオンとは『神の国 』の事だ! 神の力、すなわちザイオンのパワーを手に入れなければお前はバビロンに屈し野たれ死ぬ事になる。しかし、それは簡単には手に入れる事は出来ない」

「どうすればいいんだ!? どうやったらザイオンを手に入れる事が出来るんだ? ゲンちゃん、教えてくれないか!」

「これは秘密裡にしていた事なのだけれど、ひとつだけザイオンが手に入る方法がある。ただし、誰しもがザイオンのパワーを手に入れられるわけではない。当然、選ばれた一握りの真のヒップホッパーのみが手にする事が出来る力だ。それは県内東地区にある財音神社ざいおんじんじゃに奉られている銅鏡に秘密が隠されているのだ」


 映斗は驚愕した。県内東地区はノトーリアス学園の縄張りだ、もしかしたらこれは源一郎の謀略かも知れない、みすみす敵地に乗り込むなんて気が引けると拘泥。理奈は気色ばむ。それほど西海岸と東地区は険悪なムードにあったのだ。西海岸高校とノトーリアス学園の間では度々、血生臭い抗争が繰り広げられているというのはもっぱらの噂だ。金属バットで武装した不良集団が住処とするスラム街。


「ねぇ、映斗、どうするの?」

「行くしかないだろう? バビロンを倒すためにはザイオンを手に入れて俺は真のヒップホッパーになるんだ!」

「でも… 東地区は危険なスラム地区よ」

「ああ、それはわかっている。だけど、俺にはザイオンの力がどうしても必要なんだ」

「わかった。映斗がそう言うんだったら、私も付いていくわ」

「ありがとう、理奈」


 源一郎が口を開いた。


「よし、そうと決まれば、明日、財音神社に行こう。実は俺もまだザイオンの力を手に入れてはいないんだ」


 辺りはすっかり薄暗くなった。そろそろ日が沈む頃だ。4人は砂浜に並んで座り、水平線の向こう側に沈みゆく夕日を見つめた。燃え盛る太陽は茫洋とした海辺に幻影を残し、やがて水平線の向こうに飲み込まれていった。その後は、完全な闇が覆い尽くしたのであった。空を見上げると夏の星座が漆黒に彩を与えていたのであったのだ。




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