102話「笑う魔女」

「じゃあ、あの館にも居たのかな、サフィーさんは、あの館で改造バエを発見したんだって。ブリーツさんも見てたはずだけど……」

 エミナに毒を送り込んだ改造バエの話を聞いて、ドドは真っ先に、館での事を思い出した。

「ああ、居たぞ。サフィーが一瞬で粉々にしたけどな」

 答えたのはブリーツだ。

「その時には、黒い煙は出なかったんですか?」

「いやー……一瞬の事だから、よう分からんなぁ。サフィーに聞くしかねーんじゃねーかな」

「じゃあ僕、呼んできます!」

 そう言って立ち上がろうとするドドを、ブリーツが慌てて呼び止めた。

「ええ!? ちょ、待てよ!」

「……え、いいんですか?」


「その必要は無いよ。喋ると体力も消耗するし、傷にも触るだろう。ゆっくり休んでいてもらおう」

 魔女もブリーツの意見に賛成する。

「そ、そうだぞ。決してやかましくなるから呼ばないんじゃないぞ」

「そうなんですね、ブリーツさん……あ、どうぞ」

 ドドはブリーツの言葉を軽く受け流すと、二人のやり取りを退屈そうに見ている魔女に、話を続けるよう促した。


「ふむ。じゃあ続けよう。実は、館でのことも、話だけなら聞いてるから、答えられると思う。まず、状況から考えて、マッドサモナーがその場に居たという可能性は低いな。その時の改造バエは、噛まれると、他の虫より少し痛いくらいで無害なものだったのだろうと思う。ミズキが見た、黒い煙のようなのも出なかったのではないかな」

「そうなんですか。サフィーさんは、虫をどうにかしようって必死だったって言ってたから、てっきり呪いがあるものかと思ってました」

「サフィーが見逃している可能性もあるが、どうかな。可能性からいったら、改造バエには何も入っていなかった可能性の方が高いのではないかなと、私は思ってる」

「でも、それだったら、どうして老人は呪いも入ってない虫を?」

「老人は、自分の発明した改造バエを世間に認められたかったらしいじゃないか。なら、自分の改造バエを野に放つことで、人目に付かせようとしたという可能性もある。ま……単に錯乱した状態だっただけかもしれんが……どちらにせよ、大怪我をしている人間を引きずってくるほど意味のある事柄ではないよ、館での事はな」

 魔女はちらりと馬車の方に顔を向かせたが、すぐに一同の方へと向き直した。


「まあ、それも含めて、こちらでもいろいろと調べていてな。それに加えて、今の戦闘を見ていて、ほぼ核心を掴めるであろうレベルにまで可能性を絞ることはできたよ。改造バエについてまとめると、こうだ」

 魔女は、焚き火を囲んでいる全員を、一通り見まわして、言葉を続けた。

「まず、改造バエは、マッドサモナーの魔力によって、呪いの力を発動させることで機能するということだ。だから素の状態では首筋に少し傷をつけることしかできないし、研究者にも見つかりづらかった。そして、改造バエは、その呪いの力を人体へと注入することができた。それが暴れ狂う人であり、リビングデッドであり、最終的には干からびた木の墓場のようになる『人』だった。そういうことだ」

 魔女の、この改造バエと呪いについての解説を聞いて、最初に疑問を投げかけたのはエミナだった。


「ミズキちゃんは、体中に深い傷を負った時、改造バエにマッドサモナー自身を噛ませることによって、魔力を補充してるって、譫言のように言ってました。だから、私は重傷を負ってるミズキちゃんと一緒に、マッドサモナーの所へ向かったんですけど……」


「そのミズキの判断は正しかったと言えるだろう。実際、マッドサモナーは改造バエから魔力の供給を行っていた。ディスペルカースでの浄化が無ければ、マッドサモナーの、見かけ上無尽蔵の魔力に、今以上に苦戦していただろうな」

「やっぱり、そうなんだ……ミズキちゃん……」

 ミズキちゃんが居なければ、もしかすると私達はマッドサモナーに敗れていたかもしれない。エミナはそう思い、過去にミズキに助けられた時の事をオーバーラップさせて、ミズキに感謝した。


「マッドサモナーは、その呪いを利用する力、つまり、呪いの力を再び魔力に変換する力を持っていたのだと仮定できる。現に、改造バエは自らの体内に呪いをため込んでいても、なんともなかった。改造バエは、少なくとも呪いへの抵抗力を持っているということだ。それが人為的なものか、天然のものなのかは分からないがな。だったら、マッドサモナー自身にも、何らかの、呪いに対抗する免疫のようなものか、呪いの力を操る技術的なものか……その辺りは調べてみないと何とも言えないが、何らかの対抗手段が身についていても不思議ではないよな」

「呪いの力をマッドサモナーの体へ注入して、膨大な魔力を補充する。そして、それをまた改造バエに流し込めば……」

「永久機関の完成……ということになるが、一回か、そうでなくとも回数制限は存在しそうだな。とはいえ、その永久機関によって、膨大な数のウィズグリフを作り上げ、召喚モンスターを呼び出した。そういうことなのだろうな」


「改造バエがあったからこそ、あんなに多くのモンスター達を生み出した……ということですか……」

「そういうことだ。さっきの戦いだけでなく、様々な面でな」

 魔女が喋った時、ブリーツとドドは同じことを思っていた。館の奥の部屋にはウィズグリフがあった。そこからはガーゴイルタイプのモンスターが召喚された。これもサフィーが言ったことだ。


「だが、呪いの力を自分に流し込んだために起こる副作用もあるように見えるな」

 ブリーツは、マッドサモナーが、取り押さえられた後にもがき苦しんだ姿を見た。そして、その時に、サフィーと一緒にホーレで見た、木の墓のように見える、リビングデッドが更に干からびた状態の人間と、マッドサモナーの体が重なって見えた。

「ん……まあな……」

 魔女が頷く。

「木の墓って言われるものなら僕も見ました。研究室に保管されていたものですけど……でも、魔女は、ああはならなかったですよ。今も、確かにげっそりはしてますけど、狂暴になったり、木の墓みたいに極端に干からびはしていない。勿論、リビングデッドにもなってない」

 アークスが、屋根の無い方のコーチに囚われているマッドサモナーのことを思い浮かべる。

「ああ。つまり、マッドサモナーも呪いの力を百パーセントまではカットできなかったというわけだ。呪いの力は少なからず受けている」


「そうなんだ……だから、あんな無茶をしたのかな。魔力が足りなければ、改造バエの呪いの力で無理矢理補って、大きい事件を起こして……」

 アークスの頭に、この焚き火から少し離れていた時に考えていたマッドサモナーについての事柄が思い出される。何故、マッドサモナーは、あんな無謀とも思える事をしたのだろう。


「アークス、お前が改造バエの呪いの力における初期症状である狂暴化の事を言っているのなら、違うな。マッドサモナーは、魔力を完全に失うまで、呪いの力を制御していただろう?」

「あ……そういえば、そうですね」

「つまり、それは副作用ではないよ。マッドサモナーは、常に理性的だった。自分なりにはな」

「だとすると、やはり、強大な魔力を手に入れた結果、理性が吹き飛んでしまった……ということなんでしょうか」

「それは本人に聞いてみなければ分からんなぁ。私はマッドサモナーではないし、マッドサモナーの気持ちも分からんからな」

「あ……そうですよね」

「……なんならアークス、今からその気持ちを聞きに行ってみるかい? マッドサモナーは、すぐ近くに居るんだぞ?」

 魔女は、指でコーチの方を指さした。

「え……」

「夕食も、こうして火にくべてあれば冷めることもないしな。むしろ、帰ってくる頃には、魚にいい感じに火が通っているかもしれんぞ」

「で、でも……」

「城の牢屋に監禁された日には、厳重に管理されて、アークスのような下っ端の騎士じゃあ近付くことさえも許されなくなるなんじゃないかな?」

 魔女は、不敵に笑う。

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