103話「マッドサモナーとの対面」

 松明一本の明かりと、ペイルホースの放つ、独特の青白い光に照らされたコーチの中に、マッドサモナーは手足の自由を奪われ、横たわっている。

 コーチの中は、松明の明かりだけで十分明るい上に、ペイルホースも光を放っている。しかし、影の部分というものは、それでも出来るものである。そんな影の部分が、僅かに、別の光によって照らされた。そう、開け放たれた扉と、コーチの破損個所から覗く外からの光によって照らされたのだ。その光とは、アークス達が持つ松明である。


「ブラウリッターもポチも真面目だなぁ、全く」

 ブリーツがぼやく。

「……」

 アークスには、ブリーツの言葉が聞こえていたが、それに反応する精神的余裕は残されていなかった。


「――城の牢屋に監禁された日には、厳重に管理されて、アークスのような下っ端の騎士じゃあ近付くことさえも許されなくなるなんじゃないかな?」


 アークスは、その言葉に後押しされて、結局、マッドサモナーに会いに来てしまったのだ。


「緊張することはないぞ。アークスが話す間は、私が見張っておこう。ドド」

 魔女がそう言いながら、ドドの方を向く。

「はい。ポチ、ブラウリッター、ここは一旦いいから、少し下がってくれるかい?」

 ポチとブラウリッターは、ドドの言うことを理解した様子で、一同の後ろへと移動した。


「ふふ……賢いな、二匹とも。飼い主に似るのかな?」

 魔女が微笑みながら、ドドを見た。

「いい子なんですよ、ポチも、ブラウリッターも」

「そうかい……さ、みんな、言い出しっぺのアークスは一番前に来させてもらうが、後は早い者勝ちだぞ」

 魔女の言葉を聞いて、アークスと並ぶように陣取ったのはブリーツだった。


「うへぇ……リビングデッドよりリビングデッドしてねーか? 完全にゾンビだぞ、これ」

 マッドサモナーの惨憺たる姿に、ブリーツが驚愕の声を上げる。マッドサモナーからは、すっかり生気が無くなっている。目は虚ろで、皮膚は皺だらけになって、垂れている。


「改造バエの呪いの効果を薄めたような状態に、マッドサモナーは今、なっているんだよ。だから、この状態は自分の立場を守るための黙秘でもなければ、落ち込みや不貞腐れからくる沈黙でもない。喋る力すら碌に残されていないんだ。気力もな。死ぬ寸前ということだな。だから、生け捕りにはしたものの、ちと扱いが難しいかもしれんな」

「ええと……ちょっとしたショックで死ぬ……ということですか……?」

 アークスが言った。アークスも、傲慢だった魔女が、これほどまでに惨憺たる姿になっていることに驚きを禁じ得ない。


「ごく簡単に言うと、そうだ。過激な拷問は出来んし、喋れるまでに回復させるには、相当栄養や体調に気を使ってケアせねばならんだろうな」

「マジか。面倒くせーなー。てか、俺に変わってくれんかなー。いつもサフィーに雑に扱われてるからな、俺はー」

「ふむ、ブリーツの身の上話は置いておいて、確かに面倒だが、それによって引き出される情報は気になるところだろう? 例の館の老人とどうやって知り合ったのかとか、時空の歪み……つまり、この世界の事は知っていたのかとかな。そして、それらを知っていたのだとすると、情報源はどこなのかとか……」

「マッドサモナーと魔女との関わりとか?」

 ブリーツは、ニヤリとしながら魔女の顔を覗き込んだ。

「ああ? やめとけやめとけ。どうせ碌な話にならんぞ。さっきみたいに魚釣りでもやっていた方が、百倍マシに時間を使えるだろうよ」

「そうかぁ? でも、サフィーは気になってるみたいだったぞ?」

「どうしてもっていうなら調べればいいんじゃないか? 下らん事に時間を無駄にしたいならやってみろよ。私はどうこう言うのも面倒だし、必要も無いから何も言ってはやらんぞ」

「煽らんでくれよ。気にしてるのは俺じゃなくてサフィーの方なんだから」

「だったら、まず養生することだと伝えるんだな」

「へいへい」


「あ、アークス。聞きたい事があるのなら今だけだぞ、マッドサモナーと直接会話できる機会なんて、今後、あるかどうか分からんからな」

「は……はい……」

 アークス自身、マッドサモナーには色々と聞きたい事があるのは事実だが、急にマッドサモナーと対面すると、中々言葉が出てこない。


「マッドサモナー……何でこんなことを?」

 苦心の末、アークスが口を開いた。

「はは……月並みだな」

 魔女の軽い笑いが飛ぶ。


「私は神から、そして皆から認められた英雄なのです。だから、力がある」

 マッドサモナーは答えた。声は枯れて、声量も小さいが、アークスの耳にはその声が届いている。


「力があるって……確かに貴方は強い。改造バエの力で無尽蔵の魔力を手に入れて、凄い数のモンスターを率いれるでも……だからといって、人を苦しませるために、その力を使っていいはずがない。僕は、そう思います」

「それはね、人々を助けるためですよ。私は色々な人を救っているのですよ」

「救っている……?」

 マッドサモナーは、誰かを救っていると言った。人々を助けるためといった。……一体誰を救っているのか、アークスには分からない。魔女がやっていたように、マッドサモナーもまた、裏で誰かを助けていた。そういうことなのだろうか。


「ある女の子をです。その人はとてもかわいそうな思いをしました」

「ある……女の子?」

「はいそうです。私は見ました。騎士が女の子の大事に抱えているお花を折って、強制的に新しいお花を買わせる所を!」

 マッドサモナーの声は相変わらず枯れているが、マッドサモナーは、出来る限りの力を込めて言っているのだと、アークスには伝わった。


「騎士にそんな人が……信じられないけど……」

 身内とはいえ、そんな人が騎士の中に居るとしたら、アークスも黙って見過ごせない。知っている騎士の顔が、一人ひとり浮かぶが……そういった話は聞いたことが無い。

「あの、アークス、それ、お前じゃね?」

「えっ!?」

 ブリーツが、アークス自身の事かもしれないと言い出したので、アークスは思わず声を上げた。

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