101話「魔法による毒素」

 ――パチッパチッ!


 夜の暗闇の中で焚き火は激しく燃え、薪は弾け飛び静寂を僅かに掻き消す。

 焚き火の周りには、ナイフで削って先を尖らせた木の先端に、パンや干し肉が刺さったものが刺さっている。そして、ついさっき、そこにブリーツとミーナとドドがどこからか釣ってきた魚が加わった。


「お前ら、生ものがあるんだったら早く言えよ。その魚が焼ける頃には、パンとか肉はとっくに食べ終えてるぜ、バランス悪いだろ」

「あ、す、すいません」

「なんだよー、嫌なら食わなければいいじゃんかよ。ほら穴みたいな所に住んでる癖して贅沢言うなよー」

 ドドは条件反射のように謝ったが、ブリーツは、木の枝に魚を通しながら、口を尖らせて魔女に悪態をついた。

「お? 人に一発当てたからっていい気になってるんじゃなかろうな……ええと、プリッツだったか?」

「ブリーツです……」

「そうか」


「ブリーツの言う通りだぴょん。これだけ釣るの、大変だったぴょんよ。そんなこと言うんだったら、お師匠様が、もっと早く釣り始めれば良かったんだぴょん」

「なんだ、滅茶苦茶な理屈だな我が弟子よ……ま、騎士様と仲良くなってるようで、いいことだな。見た所、大漁のようだし。食事が充実するのは良いことだ」

「あれっ? 結局食べるぴょんか?」

「当たり前だろう。誰が食わんと言った。それはそうと、そろそろだな」

 魔女は、傍らにあるロウソクを見た。ロウソクの蝋ははすっかり溶け、火はいつ消えてもおかしくない。あのロウソクが消えた時を目安に、魔女は自分で調べた事を話すといったのだ。

「丁度、夕食を食べながら話せるかな。話し終えたら丁度魚が焼き上がっているかもしれんし、中々のタイミングだ。が、みんな、結構散り散りになってるようだし、夜は長い。急かす必要もあるまい。しばし、待つかな」

 魔女はちらりと馬車を見据え、自らの体を、後ろの大木へと預けた。






「……」

 アークスは、ゆらゆらと揺れる炎を見ているうちに、ホーレ事件に端を発するこれまでの出来事が、走馬燈のように自然と頭の中に流れだした。ホーレ事件、そして時空の歪みの依頼。ホーレの一件をきっかけに、畳みかけるように色々な事があったが、それももう解決だ。あとは馬車を走らせ、フレアグリット王国に知らせるだけとなった。


「マッドサモナー……か……」

 ゆらゆら揺らめく炎は、これまでの出来事の像だけでなく、マッドサモナーのことについても、アークスの頭を優しく撫でるように刺激する。

 アークスにとって、今回の事件で一番不可解な存在なのはマッドサモナーなのかもしれない。


「……アークスさん?」

 エミナに話しかけられたアークスの意識が、思いの世界から現実の世界へと戻される。

「……あ、はい」

「魔女さんの解説、始まりますよ、気になるんでしょう?」

「ああ……ありがとう」

 マッドサモナーの事を考えるのに集中したかったアークスは、他の人とは少し離れた所に居た。魔女の話が始まるのなら、少し移動しなければならない。


「よっ、アークス見てたぞ。らしくないじゃないか、ボーっとしてるのをたしなめられるなんて」

 エミナとのやり取りの一部始終を見ていたブリーツが、アークスに声をかけた。

「ブリーツ……そうかな……」

「そうだよ。しかし、サフィーみたいな糞真面目を見習っても、碌な事にならんからな、それでいいと思うぞ」

「ブリーツさん、真面目な人が碌な事にならないなんて、そんなことないと思います!」

「ん……そ、そうだな、悪い悪い……」


「よーし、集まったようだな。パンと肉も焼けてるし、始めるとするか」

 魔女の声が聞こえる中で、アークスとエミナ、そしてブリーツが、焚き火の周りに並んで座る。


「さて、何から話そうかね……まあ、皆が一番気になっている、改造されたハエの話からかな」

 魔女は腕組みをして、一同を見回した。


「はいしつもーん!」

「はい何だブリーツ君」

「先生が生きた改造バエを持ってたのも、改造バエを調べるためだったんですか!」

「そうだぞ。先生は研究熱心なのだ。分かったかな?」

「はーい!」


「な、なんなんだこのノリはぴょん……」

 魔女とブリーツが、唐突に、妙に軽快な会話をしだしたのでミーナは呆れてぽかんと口を開けた。

「ごめんね、ブリーツは、ふざけて喋るから……」

 口をあんぐり開けているミーナに、アークスが説明した。ブリーツは、終始あんな感じだが、魔女がそれに一貫して乗っかっているので妙な雰囲気になっている。


「まあ、そんなこんなで私の方でも改造バエを調べたわけだ。で、その結果だが、あいつの体は生物的な技術で作られているが、中に注入しているのは魔法的な力のようだな」

「だから、騎士団の調べは捗らなかったぴょんか」

「うんにゃ、騎士団だって、魔力が注入されている可能性は考えると思うぞ。その辺りとは別の所に騎士団の連中が調べあぐねていた原因があるだろうな」

「んーと、ルニョーの話では、毒物は見つからなかったって言ってたな。後で注入しただったんだろうって」

 ブリーツが、研究室でのルニョーの言葉を思い出す。

「そうだ。構造がバレる事を考えてやったのかは微妙なところだが、それによって分かりにくくなってしまったのは確かだな」

「それで、調査が分かりにくくなった原因は何だったんです?」

 アークスが聞いた。改造バエから毒物が見つからなかったのは、何故だというのか。


「おそらく、毒素は後で注入していたのだろう。城の連中は、その可能性に気付かなかったのだな。ま、実際、虫に毒素を注入するのにもやり方があるだろうから、無理も無いがな」

「じゃあ、ミズキちゃんが言ってた改造バエの黒い煙って……」

 エミナの方も、ミズキの言葉を思い出していた。ミズキは、エミナの首筋を噛んだ改造バエをレッドレーザーで焼いたとき、焦げによる煙とは明らかに違う雰囲気の煙を見たと言っていた。

「ああ。コーチの中の誰かまでは指定できないまでも、誰かを……いや、恐らく全員をリビングデッドにするために、マッドサモナーが魔法で毒素を注入して放ったのだろう」

「近くに居たっていうことか……」

 ミズキの背筋がぞっとした。馬車でレーヴェハイムへと撤退している時にも、マッドサモナーに見られていたということは、いつまた襲われても不思議ではない状態だったということだ。

「そういうことだ。結果は空振りに終わったみたいだがな。ミズキだったかな? 彼女に重傷を負わせたのは、マッドサモナーにとっては不幸中の幸いだったろうな」

「ミズキちゃん……」


「止めを刺せなかったのは、僕達の馬車を警戒したからでしょうか?」

 アークスが言った。

「どうかな。単に詰めが甘いだけかもしれんな。あのウィズグリフはピンポイントでアークス達を狙って作ったものではないからな」

「え、違うんですか」

「ああ。あれはキャルトッテ村に近付く者、全てに対してのトラップだろう。先のコーチと後の馬車、どちらを狙ったとしても、あれだけ大掛かりのウィズグリフ、用意出来るはずないからな。恐らく、キャルトッテに改造バエを解き放つ前に準備して、近付く相手には誰にでも起動するつもりだったのだろう。

「そういうことなのか……」

 アークスが相槌を打った。

 一同は、夜の闇の中で、焚き火の炎に照らされながら、魔女の考察を興味深そうに聞きいり続ける。

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