80話「魔女との対峙」

「そう……そんなことが……」

 アークスに、これまでの経緯を聞いたサフィーは胸を痛めた。勿論、これは結果論でしかないが、魔女がマッドサモナーだと、もっと早くに気付いていれば、こんなことにはならなかったのではないだろうか。

「なんにせよ激戦だったなぁ。ま、これからまた激戦かもしれんが」

 ブリーツが、馬車の外に流れる景色を見ながら言った。


「うん……そっちも大変だったみたいだね。改造バエのこととか……」

 リビングデッドが作られる仕組みにアークスは恐怖した。寿命が短く、大量に生産できないとはいえ、小さい虫を解き放つだけで町一つが壊滅してしまう改造バエは、相当な脅威だ。キャルトッテも、きっとそれにやられてしまったに違いない。ミーナ、そしてミズキやエミナの身も危ぶまれる。


「ええ……こんなに恐ろしい事をして……魔女め……絶対、許さないんだから……!」

「サフィー……」

 サフィーは魔女がマッドサモナーだと言っていたし、ブリーツも横で頷いていた。そして、魔女と通じているミーナも怪しいと踏んでいるようだ。しかし、アークスには、それが酷く懐疑的なことに思える。

 魔女は、アークスにも歯切れの悪い答えを返した。明確にマッドサモナーではないと言うこともなかった。このことから、確かに魔女はマッドサモナーの可能性は高いだろう。しかし……アークスには、魔女がマッドサモナーだと結論付けることは、まだ出来なかった。

 ふとしたきっかけでこぼした魔女の内面を、アークスは知っている。そのことを思い出すと、魔女がマッドサモナーとは、どうしても思えない。いや……思いたくないのかもしれない。


「ミーナは……違うと思うんだけど……」

 正直な話、魔女はマッドサモナーではないという考えについては、アークス自身の中でそう思っていても、口に出すには根拠が希薄過ぎるし、魔女の行動もおかし過ぎる。しかし、ミーナは違う。ミーナは命がけでアークスを守ってくれた。ミーナがマッドサモナーの部下だというなら、あんなに必死にストーンゴーレムに抵抗しただろうか。


「アークスを安心させるための茶番だってこともあるわよ。油断は出来ないわ」

「番茶飲みてぇなぁ……」

「ブリーツうるさい!」

「はい……」

 ブリーツのボケにサフィーが突っ込む。今では見慣れた光景に、アークスの気持ちは少し軽くなったが……どうしてもミーナがマッドサモナーの側の人間だとは思えない。


「そうなのかな……」

「アークスは、もうちょっと疑り深くなった方がいいわよ。悪人っていうのは、こっちの思いもつかないことをしてくるものなんだから」

「悪人……か……」

 少なくとも、二つの町を全滅に追い込もうとしているマッドサモナーは善人ではない。悪人と認識するべきだろう。しかし、魔女は悪人なのか。マッドサモナーだとしたらそうだが、魔女は少し性格が悪く、騎士団を良く思っていないだけで、悪人だというほど悪人ではないのではないか。


「ううん……なんだかよく分かんなくなってきた……」

「まあ……実際、会って確かめてみるしかないだろうなぁ」

「そうね、私達は確実にマッドサモナーに近付いてる。じきに、本人とも顔を合わせられるでしょう。悩みはその時のために取っとくといいわ」

「そう……? ……そうかもしれないね……今は、三人を助けることに考えを割かなくちゃ」

「ええ。そのミーナとかいう魔女の弟子は分からないけど……今のところ、純粋な協力者として考えるべきだし、その考えは置いておくことにするわ」


「うん、誰がマッドサモナーなのかは分からないけど、助けないとだよ。あ……ところで、改造バエのことは分かったんだけど、改造バエに噛まれたらどうすればいいの?」

「どうすればって……」

「あー……それどうしようもねーんじゃねーかな」

 ブリーツが、頭をがしゃがしゃと掻きながら答えた。


「改造バエに噛まれるとリビングデッドになって、最終的には干からびきって、木の墓みたいになるっていうのは分かったけど……。そうなるまえに、血清とか、そういうのは無いってこと?」

「まあ……今のところはな」

「干からびた人間の死体の解析から、何が起こるかは解析出来たみたいよ。それから改造バエの構造から、改造バエが何らかの毒素を人間に注入する能力を持っているってとこまでは分かったらしいわ。でも、その毒素が何なのかっていうのが分かってないのよ。改造バエのサンプルも、既に空っぽになった奴だから、中に一体どんな毒素が入っていたのかが分からないんですって」


 マッドサモナーが、そして、あの老人が意図した事なのか、そうでないのかは分からない。しかし、サフィーがルリエイルの館で捕まえた改造バエに、毒素が見つからなかった。これは、老人が改造バエを騎士団に接収されることを見据えて、マッドサモナーが毒素を抜いたからなのではないか。サフィーにはそう思えてならない。

 サフィーは老人と、ルリエイルの館の事を思い出す度に、言いようのない不甲斐無さと屈辱を感じた。


「そうなんだ……」

 改造バエに噛まれてしまったら、もう取り返しがつかない。アークスは、それを聞くと、胸が締め付けられる気持ちになった。キャルトッテ村は、すでに改造バエに襲われて、リビングデッドが大量に発生している。つまり、もうキャルトッテ村の人は救えないということだ。


「じゃあ……少し覚悟を決めないとだよね……」

 キャルトッテ村の住民がリビングデッドとなってアークスの前に立ちはだかった時、アークスは躊躇無く、それを斬らないといけない。悲しいことだが……救う手立てが無い以上、せめてこれ以上苦しまないように、ひと思いに斬ってしまわないといけないのだ。


「サフィー殿!」

 不意に、馬車を動かしている御者が叫んだ。

「どうしたの!?」

「前方に……魔女が居ます! 止めますか!?」

「魔女ですって……!? この期に及んで、一体、何のマネなの……?」

 サフィーが身を乗り出して馬車の前方を見る。間違いない、あの忌々しい魔女が、手を組んで仁王立ちしている。

「……ひとまず止めて。ブリーツ、アークス、気を抜かないでね」

 ブリーツとアークスがこくりと頷いて、馬車の両側から魔女の方を見たのを確認すると、サフィーもその体勢を維持しながら思考を巡らす。

 ……わけが分からない。少なくとも、私とブリーツには、魔女がマッドサモナーであることは分かっている。なのに、こうも堂々と出てくる理由は何なの?


「サフィー、僕が少し話してみるよ」

「アークス……危険よ、おかし過ぎるでしょ」

 魔女の意図を考える。わざわざ、ああやって堂々と姿を現すことで警戒、そして疑念も解こうというのか。それとも、魔女を信用してくれるであろうアークスを味方につけて、仲違いを誘うつもりなのか……。


「それでも、行ってみるよ。話さなくちゃ、何も分からない」

 アークスは、意を決して動き出した。魔女を見据えながら、馬車をゆっくり通り、草原に足を踏み出した。


「……」

 遠目から見て、敵意は感じない。ブリーツとサフィーには、どう見えているのだろうか。僕がお人好しだから、敵意を感じないのだろうか。

 草原の風は激しく吹いている。アークスは、チュニックを風になびかせながら、一歩、また一歩と魔女へと近付いていった。

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