79話「仲間のもとへ」

「うっ……く……」

 アークスは、手に持った杖に、ぐっと力を入れた。杖に体重を預けることによって、多少なりとも痛みが和らぐからだ。

「まだ動いてはいかんよ! 傷が開いたら大変なことになる!」

 顔がしわしわのお爺さんは、ヘーア。レーヴェハイムの医者だ。ヘーアは病院からアークスを追いかけてきていた。追いついたのは、病院からそれほど離れていない場所だった。

「でも、行かなきゃ! なんだか嫌な予感がするんです。マッドサモナーは油断ならない奴だし、少しでも事情を知ってる僕が行かないと! キャルトッテ村に行ったミーナ達から、何か連絡があったんでしょ!?」

 

「それは確かにあったが……アークス君は休んでいなさい。そんな体では、行ったところで、まともに戦う事は出来んだろう」

「戦えます。もう試しに剣を振りました。マッドサモナーは狡猾です。だから、なにか罠を仕掛けているかもしれないんです。やっぱり、僕が行かないと……」

「気持ちは分かるが……」

「痛み止め、もうちょっと打ってもらえれば、十分に戦ってみせますよ」

「おいおい、無茶言いなさんな! それに、この村にはもうコーチが無いんじゃぞ、移動手段が無いんじゃよ。行きようが無い」

「隣の集落まで走っていけば、コーチや馬車が余ってるかも。それに乗せてもらいます」

「おいおい、無茶苦茶を言う人だね、隣の集落まで行くったって、そんな体で行ける距離では……おや?」

 ヘーアの動きが止まる。

「あれ……何でしょうね?」

 アークスも、町の雰囲気が、なんとなくおかしいことに気付いた。がやがやと騒々しい感じがする。

「何じゃろうな?」

 この町の人であるヘーアさんも困惑しているので、ここに来てから数日間しか経っていないアークスには分かるはずがないだろう。この雰囲気だとマッドサモナーではないような気がするが……アークスはひとまず、がやがやと賑やかになっている町の一角に行ってみることにした。


「あの紋章は、あの騎士様と同じのじゃねーか?」

「あら、なんだい、また外の人かい」

「最近はそんなのばっかりだなぁ」

「忙しないねぇ最近は」


 アークスとヘーアが騒がしくなっている町の一角に着く。そこには人だかりが出来ていた。

「ええと、ちょっとすいません」

 やはりがやがやしているが、その中心には何があるのだろうか。アークスは人だかりの中を進む。

「すいません、ちょっと通してください……えっ!?」


 人だかりの中心に何があるのか分かった時、アークスは目を疑った。


「ブリーツ!? ブリーツなの!?」

「アークス! 無事だったのね!」

 真っ先に答えたのはサフィーだ。サフィーは人だかりを掻き分けて、アークスのもとへと近付いた。


「おっ、アークス、お前いつの間に魔法使いに転向したんだ?」

「え? ああ……」

 アークスは、瞬時にはブリーツの言ったことが理解できなかったが、ブリーツがアークスのついている杖を指さしているのが分かると、すぐに何のことだか分かった。


「えっ、どうしたの、杖なんて! 怪我してるの!? 誰にやられたの!?」

 サフィーがアークスの杖と、体の所々にある包帯を発見するなり狼狽した。


「これは……僕の力が及ばなかったんだよ……」

 アークスが眉をひそめて顔をうつむかせた。


「うーむ、色々あったみたいだよな。あのストーンゴーレムとナイトストライカーはアークスだろ?」

「うん……でも、ストーンゴーレムは強くって、ナイトストライカーもボロボロにされて……」

 アークスの、杖を握る手に自然と力が入る。そうだ、僕がもう少し上手くリーゼを扱っていれば、ちゃんとこのことを騎士団に伝えることができた。そうすれば、ミーナを、そしてエミナやミズキを危険な目に合わせることもなかった。レーヴェハイムに迷惑をかけることもなかった。


「自信持ちなさいよ。ナイトストライカー一機でストーンゴーレムを複数相手に勝ったんだったら上出来よ、怪我はしてるけど、こうして生きてるんだし」

「勝ったとはいえないよ。だってミーナに助けられて……他にも色々な偶然が重なっただけだから」

「それでも上出来よ。あのマッドサモナーに一泡吹かせたってことなのよ、アークスがやったのは」

 マッドサモナー、つまり魔女が、証拠を隠滅するためにアークスにストーンゴーレムをけしかけたのだ。サフィーはそう思うと腸が煮えくり返る思いだったが、苦戦したとはいえアークスがそれを切り抜けたことに、痛快さを感じている。


「マッドサモナー……やっぱり、マッドサモナーなのかな……まさか、こっちに来るなんて……」

「アークス、アークスが狙われたの、偶然じゃないかもしれないわ」

「え……じゃあやっぱり、マッドサモナーは意図して僕を……」

「ええ、その辺りは話せば長くなるから、どこか落ち着いた所で話しましょう」

「うん……いや、今はそれどころじゃないんだ。サフィー、ブリーツ、ここまで来たって事は、リーゼかい? ……いや、リーゼは動かせないか……でも、馬車で来たのなら、手伝ってほしいんだ!」

 そう。今は時間が一秒でも惜しい。三人に何かがあった時のための連絡手段である鳩が、レーヴェハイムに飛んできたのだ。


「な、何よ、いきなり血相変えて」

「んー……こりゃ、何かありそうだな……ああ、分かったぞ! バーゲンセールに遅刻しそうなんだろ!」

「んなわけないでしょ!」

「バーゲンセールはバーゲンセールでも、リビングデッドや召喚モンスターのバーゲンセールかもしれないよ」

 キャルトッテで何があったのかは分からない。しかし、マッドサモナーが何らかの妨害をして、ミーナ達がこの町に戻れなくなった可能性は、相当高い。

「ええ?」

「それって……聞き捨てならないわね」


「先生!」

 アークスが、隣で腕組みをしている医者を見つめる。

「うーむ……こりゃ、無理に止めた方が傷に障りそうだしな、馬車があるならいいじゃろう。ただし、無理はしないようにするんじゃぞ」

「はい! ありがとうございますヘーア先生!」

「ああ、それからあと一つ、儂も行こう」

「え……ヘーア先生が? でも、この町は……」

「私の弟子を置いていくよ。私よりも若くて経験も少ないが、一人前の医者だ」

「そう……ですか……でも……」

 ヘーアにもし何かあったら、ただでさえ貴重なこの村の医師が減ってしまう。こういった危険な事に同行させていいものだろうか。


「ほう、人には行かせろと催促しておいて、自分はそうやって悩むのかい。まあいいじゃろう。しかし、悩むなら病室で悩んでくれ。考えるのだったら、立ってても寝てても同じじゃろ?」

「ええ……? う……それは……」

「さ、病院に戻って、寝て考えるんじゃ。さあさあ!」

 ヘーアがアークスの腕をガシッと掴んで、ぐいぐいと引っ張る。


「ああ……い、行っていいですよ! 先生も行っていいです! もう……先生も食えない人だなぁ」

「ほっほっほ……まあ、アークス君に許可される筋合いも無いがな。なんにせよ、これで決まりじゃから、準備しようじゃないか」

「はい……」

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