81話「魔女と騎士団」
「おう、アークス、騎士団の仕事は順調か?」
アークスが馬車から降り、魔女と会話ができるくらいに近付いたところで、先に話しかけたのは魔女だった。
魔女は、いつものようにサバサバとした様子でアークスに話しかけている。アークスから見ても、今のところは不自然な所は無い。
「ええ……まあ……」
いつもの魔女だと思いつつも、サフィーやブリーツの考え方も無視はできない。慎重に受け答えをする。
「なんだ、随分緊張してるじゃないか」
魔女がにやりと口元を緩ませ、片腕を腰に当てた。
「どうした? こっち来いよ」
魔女が手招きをする。アークスには、一見、いつも通りの魔女に見えるが、僅かの疑念も頭に引っかかっている。
「魔女さん……どうしてここに?」
アークスは、魔女には悪いが、魔女には迂闊には近づかず、慎重に間合いを計りながら、じりじりと距離を詰めるように、にじりよっていく。剣を構えるまではいかないまでも、鞘に手もかけている。
「そんなに警戒するなよ、私がここに来ていけないか?」
「何で私達の居場所が分かったの!」
アークスの隣にサフィーが素早く位置取りし、剣を構えた。ブリーツも二人の後ろに控えて立っている。
「アークスに新世界の探索の依頼を出したのは私だぞ? 事情は知ってるよ」
「で、でも、僕はまだ、一度も魔女さんには報告してませんよ?」
「報告しなくとも、分かるよ。風の噂でな。ストーンゴーレムとの戦いについては聞いている。激しい戦いだったそうだな」
「そこから導き出した……ということなんですか……」
「そうだ。アークスは理解したようだな」
「それは城にも伝わってない情報よ。何で貴方が知ってるのよ!」
「知ってるさ。城の情報が、一番早いなんてことはないんだぞ」
アークスは、すぐ隣のサフィーの敵意からくる気迫のような雰囲気をひしひしと感じているが、魔女はそれを微塵も気にしている様子は無く、涼しい顔をして喋っている。
「それは確かに……魔女さんも、この時空の歪みのことを……少なくとも、一般的な騎士団よりも早く知っていたし……」
サフィーとブリーツも、アークスと同じ一般兵だ。リーゼ戦の情報が城に来ていても、時空の歪みに関することなら、もしかすると立場が下の方の騎士達には知らされていないかもしれない。どちらにせよ、魔女はそんな一般的な騎士達よりも、情報を早く仕入れることはできる。
「矛盾は無いってことかしら……」
「そういうことだ。少しは信頼してほしいものだな。私はマッドサモナーのことを睨んでアークスに新世界の事を頼んだんだぞ? つまり、私はマッドサモナーの敵、お前達の味方だよ。ほら、こっちに来いよ。取って食ったりしないから」
「……なら聞くけど、私達が、あんたの住処に行った時、否定しなかったのは何でよ?」
「えっ!? サフィー達、あそこに行ったの!?」
「ああ……そういえば、そこからはアークスには説明、まだだったわね。ルリエイルの館での一件の後にも、ちょっと進展があってね、私達は魔女の住処に乗り込んだのよ。相変わらず不潔で不気味な巣穴だったけどね!」
サフィーがわざと大きな声で、魔女の方向に向かって言った。
「何しにだい?」
ルリエイルの一件の事までしか知らないアークスは、サフィーに聞いた。さすがに魔女の住処の奥、真の魔女の家には足を踏み入れていないようだが、騎士の方から魔女の住処に行くことは稀だ。
「マッドサモナーかどうかを確かめに行ったのよ」
「ああ……そうだよね……」
アークスの危惧していたことだ。マッドサモナーのことは、アークスも魔女に聞いた。その時には、はぐらかされてしまったが、その時の雰囲気的に、魔女はマッドサモナーではないんじゃないかと、アークスは思っている。
「えと、それで、どうなったの?」
魔女の前では、どうにも聞き辛いが、アークスは小声でサフィーに聞いた。
「逃げたのよ、私達が力ずくで聞き出そうとしたらね」
「力ずくで……」
「ふっふっふ!」
「へ?」
ブリーツのわざとらしい笑い声を聞いて、アークスは後ろを振り向いた。すると、やはりわざとらしく胸を張っているブリーツが居た。
「あの……ブリーツ……?」
頭にクエスチョンマークがいくつも浮かんだ状態でブリーツの方を振り向いたアークスだが、答えたのはサフィーだった。
「あー……説明するわ。ブリーツが変なこと言ってややこしいことにならないうちに。ようするに私とブリーツで魔女を捕まえようとしたら、姿を消したのよ。後少しの所だったけど……今、決着を付けようかしら……」
「え……魔女に勝ったの!?」
「そうよ」
サフィーは魔女に向かって剣を構え、一歩前に踏み出した。
「お……? いいぞ、かかってこいよ」
魔女がにやりという表情をして、人差し指をクイクイと動かす。サフィー達を誘っている様子だ。
「この……!」
「ま、待ってよ、でも、魔女さんはマッドサモナーだって言ったわけじゃなかったんでしょ?」
魔女に斬りかかろうとしたサフィーを、アークスが止める。まだ魔女がマッドサモナーと決まったわけではない。このタイミングで争うことはない。マッドサモナーが別に存在するとしたら、同士討ちになってしまう。
「だから、それを聞き出すために捕まえるってことよ! それにね、魔女の住処には、例の虫もあったのよ」
「え……例の虫って……」
「人をリビングデッドに変える虫よ。ホーレを壊滅させ、ルリエイルの館にあったのと同じ、改造バエが、魔女の住処にもあったのよ」
「そんな……」
アークスは愕然とした。魔女は虫の新種をいくつもコレクションしていた。何に使うのかまでは分からなかったが……もしも、その中の何種類かが、改造バエのような殺人的な虫だったら……。アークスは背筋が凍った。
「ふふふ、アークス、騎士団はどうしてこう、頭が固いのだろうな。その改造バエが見つかったって、マッドサモナーだという証拠にはならんのにな。もし私もマッドサモナーと戦っているとしたら、どうするつもりなんだかな。同士討ちになるぞ、同士討ちに。まったく、無能な騎士殿に税金の無駄遣いはしてほしくないものだな。アークス、騎士団が気に入らなかったら反乱を起こすくらい考えたっていいんだぜ? 私と組むかい?」
「アークス!?」
魔女の言葉を聞いて、サフィーは思わずアークスの方を向いたが、アークスは相変わらず、眉をひそめてなにやら考えている様子だ。そんなアークスも、サフィーの様子を察したみたいで、サフィーの方を向いて、軽く微笑んだ。
「大丈夫、僕が反乱なんて起こすはずないだろ」
「そ、そうよね……でも……確かに魔女の言う事にも、一理あるかもしれない」
サフィーが魔女の方に向き直った。
「あなたを完全に信じる気にはなれないけど……力を合わせてマッドサモナーを討つというのなら、リスクを承知で手を組んでもいいかもしれない」
サフィーが魔女の方へ、一歩踏み出した。
「お、共闘といくか、騎士殿」
魔女はにやりとして、右手を前に差し出した。
「いいだろう。まず、信頼の印に握手といこうか」
「貴方を完全に信用したわけじゃないわ。アークス、ブリーツも、魔女が少しでも怪しいことをしたら……」
「待って、サフィー」
アークスがサフィーを止めた。
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