第24話 手袋と肉まんとリップクリームと2

「――長月って、帰りに買い食いしたりすんの?」

 ふと、コンビニが目に入って問う。話を変えようと思った。黙って歩くのは嫌いではない将人だが、光がいつまでも俯いて歩いているのは気に食わない。足元を気にしているから――というわけではないことには気付いていた。

「誰かと一緒であれば、することもありますが?」

 唐突な問いだったからか、光が顔を上げる。きょとんとしているのは、質問の意図が伝わらなかったからだろう。

「んじゃ、ちょっと付き合え」

 付き合えと言っておきながら光を置いてずんずんと進むと、将人は迷いなくコンビニに入りレジに向かった。

 光が追いかけてきて店内に入る頃には会計を済ませていて、将人は商品を受け取ると彼女の前にいく。

「肉まんとあんまんとピザまんなら、どれを喰う?」

「え?」

「付き合えっつったろ? 好きなもん選べよ」

 入り口で話しているのは得策ではないので、光を外へと誘導しながら問う。

「いただけるのですか?」

「あんたはもうちっと喰った方がいい。遠慮するな」

 適当に掴んだものから食べようと思ったのだが、手袋が邪魔だ。会計を電子マネーで行った都合で手袋をはめっぱなしにしていたことにここで気付く。

 バレンタインで光から貰ったこの特大の手作り手袋は、やたらと雪が降る今季はずいぶんと重宝していた。既製品では将人の大きな手を充分に包めないので、常に冷気にさらされていたからだ。

「わりぃ、持って」

 手袋を外すのに不便で、将人は熱々の袋を光に預けた。さっさと手袋を外して、スクールバッグに突っ込む。

「手袋、使ってくれているのですね」

 おとなしく様子を窺っているらしかった光が言う。自分が作ったものだとすぐにわかったのだろう。

「まぁな。他に合う物もねぇし、ありがたく使わせてもらってる」

 光から袋を受け取ると、中から無造作に一つ取り出してナニまんなのかを確認。ほい、と光に手渡した。

「それ、肉まんな。あったかいうちに喰ったほうがうめぇし。他のが良けりゃ、おれがそれを喰う」

「いえ。今の気分はちょうど肉まんでしたから」

 言って、光は一口だけ小さく頬張る。そして幸せそうに顔を綻ばせた。

「なら良かった。肉まんだけ、一つ多かったし」

 こう寒いと売り上げが伸びるのだろう。店に置いてあった安い肉まんで食べられる状態のものが四つしかなく、それを買い占めてきたところだった。高級路線の肉まんも置いてあったわけだが、ケチくさい仕送りでやりくりするには手が届かない。質より量を取った。

「ふふ。それは都合が良かったですね」

 光はちまちまと肉まんを食べている。将人が肉まんを食べ終えてしまうまでに、彼女は半分も進んでいなかった。

 ――こういうの、悪くねぇな。

 駅までの道を歩きながら食べるのは楽しい。光が一生懸命になって食べている様子もどことなく見ていて飽きなかった。ピザまんを豪快に食べ進めながら、将人は光の様子を窺う。

「他のも味見、するか?」

「そんなに食べられませんよ」

 言って、光は最後の一口を頬張った。幸せそうな笑顔を見せて。

「おれ、結構、あんたが喰っているのを見るの、好きかも」

 ピザまんをもぐもぐしながら、思ったことをそのまま告げる。

 おかっぱ髪から覗く光の耳が瞬時に赤く染まった。

「はい?」

「いや、なんか、そう思って。――手料理につられているだけかと思っていたけど、それだけじゃなさそうだと思えてさ。あんた、喰ってるとき幸せそうな顔してんだ。見ていて悪くない」

 袋に残っていたあんまんを取り出して、適当にちぎる。小さな方を光に握らせた。

「デザートは別腹だろ? そのくらい喰っとけ」

「あ、ありがとう」

 照れくさそうに笑って、光は受け取った分を食べ始める。将人が一口で食べてしまう分量を、彼女は三口にわけて飲み込んだ。

「――腹が膨れると、さっきまでのイライラがどうでもよくなるな」

 唇をぺろりと舐めると、かさついた皮膚が少しだけヒリヒリした。将人はゴミをくしゃっとまとめて、コートのポケットに突っ込む。

「長月が言ったんだっけか? 腹が減ってるとイライラしやすいから食べろっつったの」

 もう間もなく駅に着きそうだ。隣を歩く光を見ながら、将人は問う。

「どうだったかしら?」

 すぐに思い至らないらしかった。光が首を傾げる。

 将人は思い出したことがあって続けた。

「たぶん、あんたで合ってる。小学校の遠足でクラスメートとケンカになって、仲裁に入ったあんたがそんなこと言って飴玉くれたんだ。先生に隠れて、こっそり」

 真面目な光が、先生の言うことを守らずにそういう行動をしたのが意外だったのでよく覚えていた。彼女の突飛な行動と飴玉で気分がそがれて、互いに怪我もせずに済んだのだと記憶している。

「あぁ。あれは、紅ちゃんが何も考えずに間に割って入ろうとしたから、とっさにしたことですよ」

 将人の説明でようやく思い出したらしい。光はくすくすと笑いながら答える。

「きっかけはどうであれ、あれには感謝してたんだ。先生の説教を聞かずに済んだし」

「ずいぶんと昔のお礼ですね」

「お陰でイラつくときに喰う癖がついて、図体ばかりどんどんデカくなったんだがな」

 物心がついた頃にはすでに他の同年代の子どもよりも体格が良かったが、そのまますくすくと育った原因はそういった面もあるに違いない。

「太らなくて良かったじゃないですか」

「そこは遺伝子に感謝だ」

 改札を抜けて、やってきた電車に乗り込む。他校の生徒の姿がちらほらと見えて、同性だけのグループやカップルが散らばっている。

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