第22話 ハッピーバレンタイン3
将人は紅の背を見送ると、視線を階段の上に移した。おかっぱの少女、長月光が見下ろしている。下校するところらしく、学校指定のスポーツバッグとダッフルコートを持っていた。
「今日はすぐに退いたのですね」
「あんたに見られていると気付いたからな」
「あらあら、わたくしとしたことが、盗み見だなんてはしたないことを」
「よく言うな。やりにくい」
将人は紅から受け取った紙袋を指先で弄りながら、光の反応を窺う。
「――わたくしとの約束を守っていただければ、それで充分ですのよ?」
光との約束――それは紅を泣かせるな、ということだ。弱みを握られている以上、将人は光に逆らえない。
「へいへい、承知してるぜ、光サン」
「では、わたくしからもバレンタインの贈り物を差し上げますわ」
「ん?」
予想していなかった展開だ。光は階段を下りると将人の前に立ち、スポーツバッグの中から袋を取り出した。光沢のある黒い紙袋に、薄く青白いリボンが掛けられている。
「わたくしも幼なじみ仲間ですからね。義理ではありますが」
受け取った紙袋はとても軽く、柔らかい。単行本が入りそうなサイズの紙袋は大きく膨らんでいるのに、中身は一体なんだろうか。
「ここで開けてもいいか?」
「うふふ。せっかちさんですのね。構いませんわよ」
将人は努めて丁寧にリボンを解き、袋の口を開ける。中身は――。
「手袋? しかも手作り……」
黒い毛糸で編まれた手袋の手首部分にはイニシャルが赤い毛糸で刻まれている。店で売っていそうな仕上がりであるのに手作りだと判断したのは、そんなちょっとしたことからだった。
「他の女の子とは違うってことを見せつけておきませんとね。手作りだと理解していただけて、とても嬉しく思いますわ」
光はいつもの調子で温かく微笑んでくれる。将人は光から貰った手袋をもう一度よく見た。目も細かくて暖かそうだ。
「ほんと、お前は器用だな。料理ができて裁縫もできるなんて。それを知っていたら嫁に貰いたがる奴もいるんじゃないか?」
お世辞ではなく、将人は思ったままの台詞を口にする。
「そうあれば良いとは思いますわ。しかし、わたくしにも好みがあります。好いてくれる方なら誰でも良いというわけではありませんの」
「ちなみに、どんな奴が好みなんだ?」
単純な興味だ。女が好く男というもののサンプルにしようと思っただけ。
「そうですわね。鈍い人、かしら?」
光は楽しそうな顔をして、クスッと小さく笑った。
「鈍い人?」
鈍い人よりも鋭い人の方が需要があるのではなかろうか。
将人が聞き返すと、光は頷いた。聞き間違いではないようだ。
「ではわたくしは家の手伝いがありますので」
「あぁ、ちょっと待て。方向一緒なんだし、おれも帰る」
用事は片付いた。紅から貰ったクッキーが崩れてしまわぬようにスポーツバッグに詰めると、早速手袋に指先を入れた。
――すっげーぴったりじゃん。
背丈だけでなく手も人より大きいため、既製品の手袋はほとんど合わない。なので寒さには耐える道を選んできたが、これなら我慢の必要はなさそうだ。
「うふふ、丁度良さそうですね」
手袋をしているところを見ていた光が言う。
「いやー、マジで助かるよ。サンキューな」
「あらあら。将人くんから礼を言われてしまうなんて。明日は大雪ですわね」
「本当に雪になったら、この手袋は大活躍だな」
他愛のない話をしながら、将人は光とともに昇降口を出た。
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