第20話 ハッピーバレンタイン1

 二月十四日金曜日、朝八時。

 普段よりも昇降口が賑わっているのは、今日がバレンタインだからだろう。どことなくチョコレートの香りが漂っている。

「おはようございます、紅ちゃん」

「おはよー、紅ちゃん」

「おはよう、光、真珠」

 真珠に会って立ち話をしていたところに、紅がやって来た。光たちは紅に挨拶をする。そして、彼女が持つ大きな紙袋に視線を向けた。その中身はバレンタインで配るために用意したクッキーだろう。

 紅はこの時期になると毎年クッキーを焼く。幼なじみで婚約者である星章蒼衣に渡すようになってから、それが習慣になっていた。お坊ちゃんである彼に市販のものでは見劣りしてしまうから――という理由で始めたことで、年々その腕は上がっている。

 彼女のクッキーを食べることが、光の密かな楽しみでもあった。

「今年は随分と大荷物になりましたわね。紅ちゃんは貰うのがメインかと思っていたのですけど」

「フィーバー中ってのも大変なんやな。律儀に配らんでもええんやない?」

 二人でからかってやる。交友範囲の広い紅は友チョコをもらうことも多いのだが、この様子だと配るのも多いようだ。

 二人の台詞を聞きながら、紅は紙袋から二つのラッピング済みのクッキーを取り出した。ルビー色の光沢があるリボンで口を締めている。光と真珠に用意した友チョコらしい。

「あたしの女の子らしいところを見せつける貴重な機会をみすみす逃す訳にはいかないわ――とでも答えておけばいいかしら?」

「あんまり期待させるようなことはせえへん方が、と思うんよ。――って、ウチらにもあるん?」

 紅が差し出した紙袋を受け取り、真珠が驚いた表情を浮かべる。

「僻みそうな人には作ってきたのよ」

「あらあらまあまあ。わたくしにもありますのね。今年は戴けないものと思ってましたのに」

 光も紙袋を受け取って、やんわりと微笑んだ。遠回しな嫌味だ。

「今年は美味しく仕上がったからね。珍しく蓮が誉めてくれたし」

 彼女の弟のお墨付きと聞いて、光は袋の中身に期待する。そして嫉妬した。

「うふふ。恋する乙女は料理も美味しくさせるのですね。勉強になりますわ」

「で、そういう光は作らなかったの?」

 光たちは上履きに履き替えて教室のある四階に向かう。紅が尋ねてきたのは、去年友チョコを交換しあったからだろう。

「わたくしはホワイトデーに紅ちゃんに返すだけですわよ」

 うふふ、といつも通りに光は返す。探りを入れたつもりだったようだが、そんなのはお見通しだ。

「そっかぁ。じゃあ、来月を楽しみにしているわね」

 彼女が今日一日を平和に過ごせますようにと願いつつ、自分はどうやって彼に渡そうかとひっそり思案する光だった。

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