第19話 幼なじみ♂の部屋でHなDVDを見つけたためにピンチです2

 いやらしさよりも、綺麗だと感じた。こういうものは男に無理やり奪われるようなものだと認識していたのだが、この話はそういうものではなかったのだ。だから、そんな感想になってしまったのだろう。

 ――終わってしまった……!

 妙な充足感があった。喘ぎ声には最初こそ抵抗があったのだけど、どこか幸せそうに感じられてきた頃にはすっかり作品に没頭していた。

 ――わたくしも、あんなふうに誰かに触れられる日が来るのでしょうか……。

 大人の世界というものを少しだけ理解できたが、自分の身に起こることとは結び付かない。

 ――できるなら、初めての相手は将人くんがいいんですけど……。

 DVDがメニュー画面に変わったというのに、将人は光を抱き締めたまま動かない。何か言ってくるのではないかと思っていたのに。

 光はそっと肩越しに彼の様子を窺う。自分のおかっぱ髪が邪魔ではあるが、見えないことはない。

 ――あれ?

 寝顔が目に入った。目を瞑っているだけかと思ったものの、呼吸の様子から察するに熟睡中らしい。この体勢でよく眠れたものだ。

 ――わたくしが訪ねるまで寝ていたとは言ってましたけど……。

 将人にとっては、このDVDの内容では退屈ということだろうか。だとしても、抱き締めたまま寝るとは何事か。

 ――気持ち良さそうに寝てますね……。

 首を後ろに向けただけでは全体を見られないのだが、距離はなにぶん近い。穏やかな顔をしていることだけは確かだ。

 しばらく様子を窺っていたが、彼がほんの少し身じろぎした瞬間に身体がピリッと反応した。左腕が自分の胸に軽く触れただけなのだが、感じたことのない刺激に光は戸惑う。

 ――何、今の……。

 落ち着き始めていたはずの胸の鼓動が激しくなる。体温も上がってきているようだ。

 ――ひょっとして、感化されてしまったのかしら……?

 そういう映像作品を見ていたのだから、影響されることもあるに違いない。そうは頭でわかっても、心は受け入れられなかった。自分がいやらしい存在になってしまったみたいに感じられて、否定したくなる。

 ――でも。

 光は自分の右手で胸の膨らみに触れてみる。白いセーターの上から軽く触れた程度では何も感じられない。

 ――ですよね。

 こんな刺激で反応することがないと確認できて安堵する。さっき将人が動いたときに過剰に反応したのは、急なことでびっくりしただけなのだと結論付けた。

 続いて、やんわりと揉んでみた。さっきまで見ていた映像作品を参考に、右胸を下から軽く持ち上げて揉み込む。ブラジャーが邪魔だが、さすがに外すわけにはいかない。あまり気持ちが良くないなと思いながら、胸の頂に指を這わせて揉んでみる。

「んっ……?」

 ピリッと電流が走るような感覚に驚いて、すぐに手を止めた。お風呂に入るときには洗う部位であるが、そのときにはこんな感覚はない。

 ――この刺激が続くと気持ち良くなれるのかしら?

 さっきの映像作品内では、女優さんの胸を揉むだけでなく、俳優さんがその先端を口に含んでいた。どうしてそんなことをするのかわからなかったが、どんな感じがするのかわかってくると見方も変わる。

 ――奥が深い……。

 優しく胸を撫でて、将人に触れられる自分を想像してみる。想像だけなのに、幸せな気持ちになった。

 ――将人くん……。

「……光サンは、ずいぶんと大胆なことをするな」

「へっ!?」

 耳元での囁き声に、いきなり現実に引き戻された。驚きすぎて、反射的に立ち上がろうとするも、将人の太い左腕に阻止されて動けない。

「おれに抱き締められているってのに、ひとりエッチなんてするか?」

 呆れるように将人が発した単語に、光はますます身体に熱を宿した。

「そ、そういうんじゃ……。そ、そもそも、女の子を抱き締めて寝るってのもどうかと思いますけどっ!?」

「仕方ねぇだろ。DVDを真面目に見てムラムラしちまったら、困るのはあんたなんだから」

 何を気にしているのか、光には理解できなかった。この部屋を出入りすることに決めたときから、彼に襲われても構わないという覚悟を持っているつもりだったのだから。

 もちろん、そうなることを期待しているわけではないし、知識がないなりの理想のシチュエーションもある。すべてを受け入れようとまでは思っていなかったが。

「わたくしは困りませんけど……?」

 素直に告げると、将人は光の頭を乱暴に撫でた。

「って、わかれよ。おれはあんたを傷つけたくはねぇんだ。一時の衝動で抱くには、あんたはイイ女過ぎんだよ」

「……紅ちゃんなら抱きたいって思うのに?」

 リスクを冒してでも、彼は親友に迫った。無理やり唇を奪い、犯そうとしたのを光は知っている。

 将人の手が止まり、左腕に力がこもった。

「どうしてそんなことを言う?」

「それは――」

 言えなかった。口を開くものの、声が出ない。

「聞こえねぇな。ちゃんと言えよ」

 わずかな苛立ちが彼の声に混じっている。

「…………」

「おれを試しているのか?」

 黙っていると、視界が急に変わった。天井が見える。そう思うとすぐに将人の顔が割り込んだ。状況を理解するよりも早く、彼に両手を拘束される。ベッドに手を押さえつけられているとわかったところで、自分がベッドに仰向け寝にされているのだと認められた。

「将人くん……?」

「悪いが、おれだって男だ。愛する女以外に手は出さないようにしようと心に決めてはいるが、喰ってもいい相手となれば、気持ちは簡単に揺らぐ。――おれはあんたに教えたよな?」

「うん……」

 つらそうな顔をしている彼を見るのは、こちらもつらい。自分で招いたことだというのに。

「ヒカリ? 男はちゃんと選べ。身近なところで選ぼうとすんな。あんたに相応しい人間は、きっとたくさんいるぞ」

「でも、わたくしは――んっ……?」

 反論しようとしたら、将人は急に顔を近付けてきた。唇にキスをされるのかと身構えたが、彼はそこを避けて耳の下辺りに唇を落とした。あまりのくすぐったさに身を捩る。

「おれにヒドいことをされたくなかったら、もうここには来るな」

 耳元で切なげに囁かれると、胸がキュンと締め付けられる。将人がどのくらい自分のことを考えて、悩んでくれているのかが伝わってくる。

 ――正直な気持ちを告白をしたら、将人くん、あなたはわたくしだけを見てくれますか?

 関係を進めたい気持ちと壊してしまいそうで恐れる気持ちがせめぎ合い、現状維持に逃げてしまう。今が心地よすぎるのだ。

「……わたくしは、将人くんともっと一緒にいたいです」

 言えることは、それだけだった。それが精一杯だった。

「襲われかけている状況で、どうしてそんなことが言える?」

「だって、将人くんがしないってわかるから」

「馬鹿だな、あんた」

 告げて、その流れで彼は光の耳をねっとりと舐めた。ちゅっと鳴る水音と、生温かい感触で肌が粟立つ。

「あっ……」

 やめて欲しいとは思わなかった。いやらしいことをされているのだという自覚はあったが、拒めない。

「んんっ……」

 鼻にかかった甘い声が漏れて、自分の声ではないみたいだ。

 気付けば、拘束された手首は頭上で一つにまとめられ、将人の大きな手のひらで留められている。自由になった彼の右手は、光の頬を優しく撫でて、首筋に指を這わせる。

「あぅんっ……」

 未知の刺激に、触れられていないところまでも疼いた。全身で彼を感じたいと求めている。

「――心配するな。嫁にいけなくなるようなことはしねぇから」

 潤んでしまった瞳を見て、将人はそう言った。

 ――これはそういうんじゃなくって……。

 弁解する余地を与えずに、将人はもう片方の耳にも同じように舌での愛撫を施した。不安がらないようにとの配慮か、その行為の間はずっと彼の右手が光の背中を優しく撫で続けていた。

「んんぅっ……」

 変な気持ちになってくる。初めから抵抗するつもりなどなかったが、彼にすべてを任せてしまいたくなった。どこに触れられても気持ちが良くて、もっとと求めてしまう。深いところで彼を感じたい。

 息がすっかり上がっていた。将人は光の顔を覗き込んで、頬をペロリと舐める。

「ひゃっ!?」

「あんまり気持ち良さそうな声を出してくれるな」

「で、ですが……」

「少しはあんたの欲求不満を解消させることができんじゃねぇかって思ったんだが、おれじゃダメだな。これ以上はさすがにマズい」

 困り顔で告げて光の額に口付けを落とすと、彼は起き上がって光を解放した。顔を向けないまま、台詞を続ける。

「今日の格好がガードの高いやつで良かったな。前みたいに露出が多かったら、多分脱がしてるぞ」

 彼の台詞を聞きながら、光はゆっくりと上体を起こした。まだ身体が微妙な刺激にピリピリと反応している。余韻というのだろうか。

「…………」

「――光サンよぉ、ちゃんと聞いてるか?」

 少しばかり上気した顔が向けられる。光はなんとか頷いた。

「う、うん……」

「はぁ……おれが言うのも変だが、好きでもない男に身体を許すような女にはなるな。そうなったら、おれはあんたを軽蔑する」

 ――わたくしが好きなのは、将人くんなのに……。

 チクリと胸が痛む。

 告白できずにいるからこうなってしまうのか――一瞬そう考えてしまったが、すぐに否定した。今、正直に言ったところで伝わらない。彼は親友のことを諦めていないし、彼にとって自分は大切な幼なじみ。まだ、幼なじみ以上の存在にはなれていない。

「迂闊なことをして襲われそうになったときには助けに行ってやっから、あんたは自分の身体を大事にしろ」

「……うん。ごめんね。ありがとう」

 大切に思ってくれている気持ちは素直に嬉しい。彼の中に自分が住まっているとわかるから。

 ――急いじゃ、ダメですね。

「ん」

 将人は光のおかっぱ髪を雑に撫でると立ち上がる。

「いい加減にケーキ喰ってメシにすっか。あんまり遅くなるのはよくねぇし」

「ですね」

 もう少しだけ、この幸せな時間で満足してください――自分の中にある欲望に語りかけて、光は将人に微笑んだのだった。

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