第18話 幼なじみ♂の部屋でHなDVDを見つけたためにピンチです1

「どうやらお気に召したものがあったみたいだな」

 一つのDVDケースを手に取って凝視していたために、光は気付くのが遅れた。背後にいつの間にか将人が立っていて、上から覗き込まれている。

 びくりとしてDVDケースを手放すと、頭上から彼の筋肉質な腕が伸びてきてひょいとそれを拾い上げる。

「ち、違うんですっ、これは……」

 立っている彼の手からDVDケースを奪い返すのは難しい。慌てて立ち上がるも、将人との身長差は三〇センチ近いので、彼が腕を持ち上げてしまえばジャンプをしても届かない。

「ふぅん。プレイよりもストーリー重視、ね」

 裏に書いてあるコメントを読みながら、将人が興味深そうに告げる。

「だって、それが一番ドラマっぽい感じがしたものですから……本当にそういう類のものなのかなって……」

 言わなくてもいいようなことを光はつい口走ってしまう。冷静になれていない証拠だ。想定外のことが多すぎる。

「んじゃ、確認のために見てみるか」

「はいっ!?」

 将人の発言に驚いて身動きが取れない間に、素早く移動されてしまった。彼は躊躇なくパソコンにDVDを突っ込む。

「え、あのっ、ケーキはっ!?」

 彼はケーキを食べるのに必要な皿とフォークを取りに行っていたはずだ。だのに、ローテーブルの上にはマグカップだけで、ケーキが入った紙箱も食器も姿がない。

「冷蔵庫を少し整理したらどうにか入ったし、心配いらねぇよ」

 マウスを掴むと、将人はこちらに近付いてくる。

「そ、そういう問題じゃなくてですね」

 どうして近付いてくるのかわからないのと、この場面をどうにか切り抜けたい気持ちがあるのとで、光はキッチンの方に逃げようと足を動かす。

「おっと。逃げんなよ?」

 彼の長い腕は、広くもないこの室内ではかなり有利だ。あっさり手首を掴まれて、引き寄せられる。

「ひゃっ……」

 いきなりすぎて体勢を崩す。彼に背中を預けるような形で光は抱き留められた。すぐに彼の左腕が光の細い腰に回される。

「捕まえたぞ」

「は、放してくださいっ!!」

 バタバタ暴れてみるも、何の抵抗にもなっていないらしい。それどころか、彼は腰に回した左腕だけで光の身体をいとも簡単に持ち上げてしまった。宙に浮いた足が心許なくて、光は焦る。

「あんた、ずいぶんと軽いんだな」

「軽くないですっ!! 何するんですかっ!」

 意外そうに言われたが、それほど体重は軽くないはずだ。背丈が他の女の子たちより幾分か高いのと、ちゃんと女性らしい体型であるのとで、もう少し痩せていてもいいかな、と考えているくらいなのに。

「もっと飯を喰っても良いと思うぞ。胸を大きくしたいなら、なおさら」

 光は数分前の失言を思い出す。恥ずかしさで、体温が上がった。

「…………」

 ベッドに移動して腰を下ろすと、ちょうどパソコンのディスプレイの正面だった。将人は光を拘束したまま座り、逃げる隙を与えない。広げられた彼の膝の間に座らされて、厚い胸板に後頭部を押し付ける体勢で固定される。その姿勢も恥ずかしい。

「――とはいえ」

 唐突に、将人が回していた腕をそのままぐっと持ち上げた。胸が押し上げられる。柔らかな脂肪の塊はむにゅっと動いて、存在感が増した。

「あのっ!?」

 狼狽える光をよそに、将人は肩から胸元を覗き込んでくる。

「これだけあれば、たいていの男は満足するんじゃねぇかと思うんだが」

 満足させたいのはあなたです――と、面と向かって言えるわけがない。胸の大きさを気にしているのは、すべて将人の所為なのに。

 ――鈍感……。

 もやもやとした気持ちを抱えたまま黙り込む。彼が鈍い男で良かったと思うことは多いのだが、それではどうにも満たされない。自分の中でバランスを取るのは、なかなか難しかった。

「それに、紅の隣にいっつもいるから気付かれてないんだろうよ。着痩せもしてるし」

 励ましているつもりなのだろうか。黙っていたら、将人は続ける。

「おかげであんたに変な虫がつく機会が減っているんだと思うから、おれはこのままでも良い」

「…………」

 言って、将人は腰の位置に腕を戻した。逃がすつもりがないのは相変わらずらしい。

 ――これは想定外です……。

 なんだか身体が火照ってくる。こんなふうに異性と密着したことはない。

 幼い頃に父親の膝に座らされたときはちょうどこんな感じで、自分よりもずっと大きな存在に包まれて安堵したものだ。今も似たような気持ちで、不思議と緊張はしていなかった。熱を帯びた身体に疑問はあれど、もう逃げようとは思わない。心地がよいのだ。

 ――ドキドキはしますけど、恐くはないんですよね……。

 身体の熱や胸の高鳴りを気付かれてはいないかと、光はそっと背後を盗み見る。

「ちっとは覚悟を決めたみたいだな」

 おとなしく抱き締められたままになっている光の視線に気付いたらしく、彼はニヤリと笑んで告げた。

「……逃げられないと悟っただけです」

 光はつんとした態度で返事をすると、ディスプレイに顔を向ける。

 ついに読み込みが終わったらしい。いよいよ始まるといったところで、腰に回された彼の腕に力がこもってさらに密着した。将人の心音が聞こえてきそうだ。

 ――最後まで、耐えられますかしら……?

 いろいろな意味で光は心配になった。

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