第17話 友人からもらったHなDVDが幼なじみ♀に見つかって気まずい4
慣れないことはするもんじゃない――このときばかりは心底そう思った。キッチンと私室を隔てているドアを開けた瞬間に目に入った光景に、気まずさを覚えたからだ。
――何故だ?
部屋に待たせていた彼女が、ベッドの下に隠しておいたはずの小包を引き出して、中身をチェックしていた。
ティーパックが入ったマグカップを二つ、ローテーブルに乱暴に置いたところで、彼女がこちらを見る。いつだってお澄まし顔の彼女が、少し頬を赤らめている。
「えっと……これって、あの……」
困惑しているらしく、彼女は視線を外す。箱入り娘のお嬢さんらしい反応というべきか。
――で、おれはどうしたら良いんだ?
小包の送り主を恨みながら、将人は必死にシミュレーションをした。使い慣れてきた自分の部屋に入ってからの数秒が、数分にも数時間にも感じられる。
紅茶になりきっていないマグカップの中身を、将人はローテーブルの前に腰を下ろすなり飲み込んだ。味のしないお湯が喉を通り抜け、まだ僅かな時間しか経っていないことを脳に知らせる。
テーブルを挟んで対角線上にペタンと座っている光は将人の方をなかなか見ない。開けた小包と床とを往復するように視線をさまよわせている。
「……興味あるのか?」
抽出が進んでいない色の薄い紅茶を啜りながら、横目で彼女を見る。彼女にしては珍しい反応なので、様子を窺わずにはいられないのだ。
「い、いえっ、そんなことは……」
「本当に?」
「…………」
おかっぱ頭から覗く耳が真っ赤だ。
――光でも、狼狽えることはあるんだな……。
壁に追いやって威嚇したときも、ベッドに押し倒して忠告してやったときも、光は怯えもしなければ動揺らしい仕草さえしなかった。いつだって彼女は将人の目を見返して、何かと言い返してきたというのに。
「ヒトの部屋を漁っていたんだ。興味がないとは言わせねぇぞ?」
「そ、それは……将人くんの部屋に一人で待たされたことなんてなかったものですから、出来心で……」
「ふぅん?」
からかうように促すと、光は俯いたまま、ますます赤くなる。
「お……男の人の部屋に入ったら、こういう場所は見ておくものだって、姉さんが言ってましたし……」
――あー、兄貴の隠し場所もベッドの下なのか。
光の姉がそう告げたということは、自身の兄も探られたことがあるに違いない。どんな状況になったのだろうか――と想像したところで、将人は現実に意識を戻した。光がこちらを見たからだ。
「あ、あのっ、やっぱり将人くんは胸の大きなコが好きなんですかっ!?」
「ぶっ!?」
危うく盛大に紅茶を吹き出すところだった。真っ赤な顔で、自分の胸を押さえながら言う姿は必死といった感じで、何が彼女にそんな台詞を言わせるのかさっぱりわからない。
「こ、紅ちゃんは胸がおっきいですもんね……確かにこのくらい、ううん、これ以上はありますもの」
言って、DVDのケースを一つ取り出すと、パッケージを指し示してくる。それは裸の女性が扇情的なポーズをしている写真なのだが、その胸は重たそうなくらいたわわに膨らんでいる。
脳内で、紅のシルエットとパッケージの女性が重なった。
「待てっ!! 紅の胸がデカイのは事実だが、巨乳好きってわけじゃねぇぞっ!!」
将人はDVDを片手で下げさせて反論する。
――ないよりはあったほうが嬉しいっつーのは事実だが。
紅の胸を揉んだときの感触をふと思い出す。他人よりも大きな自分の手のひらで掴んでこぼれ落ちそうになる乳房など、おそらく今後出会うことはないだろう。柔らかで張りのあるあの揉み心地は忘れようがない。
ふと、視線が光の胸元に向かう。ハイネックのセーターは身体のラインをくっきりと浮かばせている。女性らしい綺麗なシルエットだ。
「でもっ、この箱の中はそういうのばかりですっ」
「おれが選んだわけじゃねぇっ!? 誤解するなっ!」
彼女を部屋に独りにしていた時間は五分もなかったはずだが、しっかりと見ていたらしい。
「それにあんただって胸は大きい方なんだから、気にすることねぇだろうがっ!」
「っ!?」
今の彼女の反応に効果音を付けるなら、爆発音が合うと思う。肌の見えるところのすべてが真っ赤に染まって、これ以上は赤くなれないだろうといった様子だ。
「なんなら、納得できるように確認してやろうか?」
勢いで言ってやる。ちなみに、その気はない。そのときの流れで、異性として興味を持っていない幼なじみを襲うほど、ケダモノではないつもりだ。
立ち上がる仕草をすると、さすがに光は慌てて懸命に首を横に振った。
「ま、間に合ってますからっ!」
「ふぅん?」
「将人くん、いやらしい顔してますっ!!」
本気で焦っているのを見て、将人は座り直す。充分にからかうことができて満足だ。思わず笑ってしまう。
「くくっ……期待しているなら、応じてやっても良いかと思ったんだがな。ここに来る度に警戒しろっつってんのに、またそういう格好で部屋に上がり込んでるし」
「きょ、今日は露出を抑えていますけど?」
どこか変な場所でもあるのだろうかといった様子で服装を確認した後、光は赤い顔のままで小さく膨れる。
確かにハイネックのセーターにロングスカートの格好なのだから、露出度は低い。
「あんなぁ、身体の線が出るような格好じゃ、意味ねぇだろ。挑発してんの?」
「う……」
「あんまり迂闊な格好はすんな。ロクな男に会わねぇぞ。あんたは美人なんだから、安売りするな」
「…………」
光はしばらくもじもじしていたが、やがてローテーブルに置かれた自分用のマグカップに手を伸ばした。
「……将人くんは、わたくしのことを美人だって言ってくれますけど、本心なのですか?」
ぼそりと呟かれる問い。
「おれが社交辞令が苦手で、嘘を吐くのが不得意ってこと、あんたはわかってくれてるもんだと思っていたんだが」
「…………」
将人が素直に答えると、光はそっと目を伏せた。
沈黙が続く。
「……ケーキ、食べましょうか?」
黙っているのがつらくなってきたのか、先に喋り出したのは光だった。
「あ、皿とフォークが必要だな」
マグカップしか部屋に持ってきていないことに気が付いて、将人が立ち上がる。
「今日はよく動くんですね」
部屋を出ようとした背中に彼女の声がぶつかった。
――言われてみりゃそうだな。
普段は面倒くさくて動かないのだが、今日は積極的に動いている。どうしてなのか。
「あー、よくわかんねぇけど、あんたが来てくれたのが思いのほか嬉しかったんじゃね?」
肩越しに彼女を見やると、一瞬びっくりしたような表情を浮かべて、にっこり笑った。
「よくわからないけど嬉しいって、なんなんですか」
「そのまんまだ」
言って、一つ思い付く。口の端を片方だけ上げて、台詞を続ける。
「――その箱の中身で気になるのがあるなら、見て帰ってもいいんだぞ。お嬢さん育ちのあんたじゃ、知らねえ世界だろうし」
光が台詞を返してくる前に素早く部屋から退散する。彼女はこのあとどうするだろうか。
――きっとアイツ、興味のない振りをして物色するんじゃねぇかな。一緒に入っていたオモチャあたりも眺めて、何に使うものなのか真剣に悩むタイプだ。
どんな反応をするのか気になるし、想像するだけで妙にワクワクする。こんな気持ちは久しい。
――皿を探す振りして、こっそり観察してやろう。おれだけ弱みを握られているのも不公平だからな。
部屋の他の場所を漁られたとしても、困るようなものは別段置いていない。気付かれるか気が済むかするまで、光の行動を覗いてやろう。そのくらいしたって、罰は当たらないはずだ。
将人はさっさと皿とフォークを準備すると、ドアをそっと開けて様子を窺うのだった。
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