第12話 鈍感な黒曜石の気ままな元旦1

 一月一日。新年が始まったその時間、将人は起きていた。そろそろ寝ようかと支度をしていたところを、スマートフォンの振動が邪魔をする。

「あけましておめでとうございます、将人くん」

 日付が変わるなり掛かってきた電話の主は長月光だった。

「ん……あけましておめでとう」

 新年早々から彼女の声を聞くことになって少々憂鬱になりながら、将人は挨拶を返した。ぶっきらぼうとも気怠そうとも言える口調はいつものことで、決して眠かったからというわけではない。

「明日の朝はマンションにいらっしゃいますか?」

「たぶん。出掛ける用事はないし」

 将人は正直に答える。下心があったからだ。

 ――明日ここに来るなら、振袖姿を見られるだろうしな。

 幼い頃でさえ和服が似合っていると感じたのだから、大和美人に成長した光にはさぞかし見応えがあることだろう。

「でしたら、おせちを届けに伺いますわ」

「……作ったのか?」

 光の手料理にはハズレがないのを将人は知っている。何度かこの部屋で手料理を振る舞ってもらっているから腕は確かのはずだ。

 将人の問いに、彼女は小さく笑う。

「お手伝いですけどね。重箱代わりにお弁当箱に詰めておきます。弁当箱ごと差し上げますから、食べてください」

「悪いな」

 頼んだ訳ではない。でも、ちょっとだけ気が引けた。そんな言葉が出てきたのは、淡い期待があったからだと将人は思う。

 ただの幼なじみという立場でしかないのに、恋人のように振る舞わせていることに罪悪感もある。自分が惚れている相手が彼女ではないということも、それを彼女が知っているはずなのにそう振る舞うことも、どことなく居心地が悪かった。

「あらあら、珍しく素直ですね。いつもわたくしを追い返そうとなさるのに」

「それは押し掛け女房みたいな真似をするからだ。あんたはほかに世話を焼く男を作れよ」

「…………」

 正直な気持ちを告げると、スピーカーが沈黙した。

 ――なんだよ、この微妙な間は……。

 将人は大人しく彼女が喋り出すのを待つ。

 光は自分の部屋から電話を掛けてきているのだろう。生活音もほとんどなく、とても静かだ。

「……将人くんは、わたくしがほかの男にこういうことをするのについて、どうとも思わないのですか?」

 沈黙を破って聞こえてきた彼女の声は、少し震えているような気がした。

「おれとしては、あんたが幸せであるならそれで充分なんだが?」

 ――おれに構っていたら、幸せを逃しちまうだろうに……。

 将人は自分がまわりから誤解されやすいことを理解している。幼少期から図体が大きく絡まれやすいため、自然と喧嘩は強くなった。目つきが悪くて取っ付きにくいことと、喧嘩の傷が絶えないことから評判は悪い。実際に今だって、学校で恐れられ、避けられている。惚れている相手からも避けられがちだ。

 しかし、光だけは違う。幼い頃からずっと優しく接してくれた。何を言っても見捨てるようなことはしなかった。ありがたいとは思っているが、それ故に彼女のことが心配になる。光には幸せになって欲しいのだ。

「――でしたら、心配は無用ですわ。わたくしはとっても楽しいのですから」

「わかってねぇな。それが心配なんだって」

「将人くんは、わたくしがいやいややっているとでもお思いなのですか?」

「そうは思わねえけど」

 楽しいと思っているのが本心だろうとは感じる。学校で見かけるときよりもずっと活き活きして見えるからだ。彼女は家庭的なことをするのが好きなのだろう、くらいには理解しているつもりだった。

「ならば、わたくしの我が儘に付き合ってください。飽きるまでの辛抱だと思って」

「あんたなぁ……」

 光が自分よりもずっと強情だと知っている。海外から日本に単身で戻ってからは、とりわけ思い知らされた。何を言ったところで彼女は引かないのだろう。

 ――飽きるまでの辛抱、ね……。

 彼女の台詞には、どこか「絶対に飽きるわけがない」という確固たる自信が垣間見えて、将人は痛む頭を押さえた。

「明日は九時前にお伺いしますから、起きていてくださいね」

「ん、了解」

「では、また明日」

「おやすみ」

 短いやり取りをして通話が切れる。

 ――いつまで続けるつもりなんだかな……。

 将人はスマートフォンを充電器に繋ぐと、ベッドに潜り込んで目を閉じた。

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