第11話 スノーフレーク・クリスマス2

 きっかり三〇分が経過したところで、キッチンと私室を隔てるドアが叩かれた。私服に着替え終えた将人は、黙ったままドアに近付くと開ける。

「ありがとうございます」

「……!?」

 にっこりと微笑む光の頭には赤い生地に白い綿がつけられたサンタクロースの帽子が乗っている。お盆を持つ彼女の格好は、確かにミニスカートのサンタクロースだ。しかも、デコルテ部分が開いているため、鎖骨だけでなく胸の谷間も見える。

 ――光は着痩せするタイプなのか……。

 視線が胸元に吸い寄せられそうになるのを、お盆の上のローストチキンに目を向けて落ち着ける。彼女が何の意図を持ってこんな格好でここにいるのかわからない。

「ひ、光サンよぉ……さすがにその格好は寒すぎじゃね?」

 お盆を受け取って、部屋のローテーブルに移動する。彼女を直視したくなくて、自分から動くことにした。

「でしたら、暖めていただけます?」

 おどけて答える光に、将人は少し苛立った。

「――からかうつもりで訪ねてきたなら、もう用事は済んだだろ? 帰れよ」

 顔を向けずに言い放つ。思った以上に冷たい声が出た。どうしてこんな気持ちになるのかわからない。

「あの……将人くんの好みはこんな感じかと思っていたのですが……気分を害してしまったみたいですね……」

 しょんぼりとした声が背中にぶつかる。気丈に返してくるかと思っていたので意外だった。だから、声色も少しは優しくなる。

「好みは……そうかも知れねぇが、あんたには似合わねぇよ。せっかく清楚系の格好が似合う容姿を持っているんだから、妙な格好すんな」

 ローストチキンをテーブルに置くと立ち上がる。お盆は床に置いたままにして、一気に光との距離を詰める。

「!?」

 将人の俊敏な動きに反応して、光の身体が逃げる。そしてベッドに足を取られてひっくり返った。仰向けに寝そべるような体勢であり、ミニスカートから覗く太腿の白さが黒いベッドカバーのせいもあって映えた。

 ――ったく、光は男をわかってないな……。

 わざと逃げ場をそちらに絞り、誘導することに成功していた。何が起きているのかわかっていないような表情をしていた光だったが、すぐに起き上がろうとしているのは賢明だと思う。

 ――賢明ではあるが、勉強は必要だな。

 将人は起き上がろうとしていた彼女を一瞬で組み伏せた。

「逃げんなよ」

「将人……くん……?」

「そんな格好で男の部屋に上がって、無事に帰れると思っているのか?」

 これは脅しだ。男友達が少なく、経験が浅いらしい彼女にはこうでもして学ばせて、身の守り方を覚えてもらう必要があると思った。無知のせいで彼女が傷付くところは見たくない。馬鹿な女だと罵って笑うには、彼女との距離は近すぎる。

「でも、将人くんはわたくしには興味がないのでしょう?」

 押し倒された状態である彼女は、寂しげな微笑みを浮かべている。怖がっているようには見えない。それが不思議だった。

「恋愛的な興味はないが、友達だとは思っているさ」

「じゃあ……友達でも、抱けますか?」

 その台詞に切なさを感じてしまった。

 動揺。思わず、彼女の肩を押さえている手に力が入る。

「あんた……何を口走ったのかわかっているのか?」

「…………」

 光はきゅっと唇を結ぶ。ただじっと、見下ろしてくる将人の顔を見つめていた。

「おれは、愛する女には手を出すが、友達とはシねぇよ。忠告くらいはするけどな」

「ならば、この状況は忠告なのですね……」

「その先を勉強したいなら、相手におれを選ぶな。だが、男は選んだ方が不要な怪我をしなくて済む」

 説教を終えたら解放してやるつもりだったが、光の反応が今ひとつだ。突然の出来事に呆然としているわけでも、恐怖で思考が止まっているわけでもなさそうだ。ただ、どこか淡々としている。

 ――ちょっと気が引けるが、仕方がないな。

 男を挑発して傷付くのは女の方だと理解させておきたい。だから、光の白い首筋に唇を寄せると、強く吸った。

「いっ……んんっ……」

 びくっと彼女の細い身体が痙攣して、身じろぎをする。されるがままというわけじゃないことに、将人はどこか安堵感を覚えていた。

「――もう馬鹿なことはするな。そのキスマークは勉強代だと思っておけ。年が変わる頃には消えるだろうから」

 白い肌には赤いキスマークがよく映える。この時季であればハイネックのシャツやマフラーで隠せるだろう。

 つんつんとキスマークをつついて状況を認めさせると、将人はようやっと光を解放した。

 そろりと光は起き上がり、キスマークの位置に右手を置く。俯いて、視線を合わせない。

 ――当然の反応だよな。

 自分のしたことを、将人は後悔していなかった。傷付くのを見るくらいなら、傷付けることを選ぶ。それ故に家族から離れ、単身で日本に戻ってきたのだ。

「逃げ帰るのも自由だが、どうする?」

 お盆を拾い上げて、彼女に向ける。

「おれなんかほうっておいても良いんだから、好きに決めろ」

 普通の女なら、襲われかけた相手と一緒になどいられないだろう。手を出さないと宣言されても信用できないはずだ。

 だのに、彼女は顔を上げるとやんわりと微笑んだ。

「食事はしましょう。ケーキも手作りなんですから、見るだけでも――」

「って、逃げ帰れよ」

「逃げるなって言ったのは将人くんじゃないですか」

「…………」

 そう言われてしまうと返せない。

 黙ったまま、将人は寝間着に使っているジャージを引っ張り出して、光に投げ渡した。

「それ、羽織ってろよ。この部屋、寒いんだから」

「はいっ」

 そのときの笑顔が本当に嬉しそうで。大きくてブカブカのジャージを着ている仕草が幸せそうで。

 ――おれ、なにやってるんかな……。

 彼女を見ていると毒気を抜かれてしまう。

 長月光にはかなわない――そう改めて将人は思うのだった。

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