第10話 スノーフレーク・クリスマス1

 十二月二十五日、朝十時。

 将人はインターフォンの音に起こされた。居留守を使おうと羽毛布団を頭から被ったところでスマートフォンがけたたましく鳴り出す。

 ――ったく……。

 乱暴に手に取ったスマートフォンの画面に表示されていたのは、長月光の名前だった。電源を落としてしまいたい衝動をなんとか抑え、将人は電話に出る。

「もしもし?」

「メリークリスマス、将人くん。冬休みに入ったからって、いつまでも寝ていては身体に毒ですよ?」

 ――見通されてやがる……。

 将人は幼なじみの光を面倒に思うことが多く、自分から近付くようなことはしない。だが、彼女の気質が世話好きだからなのか、距離を置いているつもりでもこうして向こうからやってくるのだ。

「インターフォン鳴らしてるの、あんたなんだろ? 迷惑だからさっさと帰れ」

「お断りしますわ」

 即答だった。鬱陶しい気持ちを隠すことなく台詞に込めたというのに、彼女は動じない。

「あんたなぁ、クリスマスだからって、サンタクロースを真似て訪ねてきたのかも知れないが、生憎おれのとこにゃそういう習慣はない。紅に相手してもらえよ」

 将人はもう一人の幼なじみで想い人である火群紅の名前を出す。光と紅は親友であり、学校にいる間は二人一緒にいる姿をよく見掛けた。

「紅ちゃんはたくさんのお付き合いがありますから、わたくしの相手はできませんの。――ほら、観念してドアを開けてください。また大した食事をしてないのでしょう? ご馳走を用意してきましたから」

 ――また持ってきてるのか……。

 秋に風邪で寝込んだことを思い出す。そのときに光はこの独り暮らしの将人の家に上がり込み、手料理を振る舞ってくれた。そのときの味は忘れられない。

「あんたの作るメシは確かに美味いが、頼るつもりはない。ってか、突撃訪問もするな。マジで迷惑だ」

「あらあら。サプライズはお嫌いですか? それに、前もって連絡したら逃げてしまうじゃないですか。確実に攻めるなら、電撃作戦ですわ」

 さらりと答えてくる。そして光のくしゃみが聞こえた。廊下が寒いのだろう。

「……このままやり取りしていたら、風邪ひくぞ。諦めて帰れ」

「お断りです。何のためにクリスマスパーティー用のコスチュームを着込んできたんだとお考えなのですか?」

「……は?」

 状況がわからず、呆けた声が出た。

「ミニスカサンタなんて、どうしてしたがるのでしょう? 着てみたところで、理解できるものでもありませんわね」

「……おれにはあんたの思考がさっぱりわからんぞ」

 光が頑固な性格であるのはよくわかっている。そのまま居座れて熱を出されても面白くないので、将人はのんびりと玄関に向かうとドアを開けてやった。ただし、チェーンはつけたままで。

「なんだ。コート着てるとわからねぇな」

 細い隙間から光を見下ろす。彼女の背は女子の平均身長よりも高めだが、一九〇センチを超える長身の将人からすればずいぶん小さく感じられる。

 サラサラのおかっぱ髪が揺れて、彼女の顔が上を向く。ムスッとしており、整った顔が不満げに歪んでいた。

「チェーンとは卑怯です」

「ヒトを叩き起こしておいて、そういうことを言うな」

 言って、将人はロングコートに身を包んだ光の頭からつま先までをまじまじと見る。

「――つーか、やっぱり色気なら紅の方が上だな。顔もスタイルもあんたは悪くないんだけど」

 素直な感想を告げる。光のことは美人だと評価しているがそれだけだ。抱きたいと思えるかという基準だと絶対に紅を選ぶ。好みをさっ引けば、光に足りないのは色気だという結論だ。

 光は一瞬瞳を揺らして、顔を背ける。

「値踏みしてないで、中に入れてください。追い返したくて開けたわけではないのでしょう?」

「へいへい。待ってろ」

 一度ドアを閉め、次に開けたときはチェーンを外してやった。

「将人くんはどうせ入れる選択をするのですから、始めから開けてくださればいいのに」

 光の手には複数の袋が提げられている。ここで何かを作るつもりらしい。将人が奪うように袋を受け取ると、彼女は堂々と部屋に上がった。

「寝間着で玄関に出ることに躊躇したっていいだろ? 女は嫌がるくせに、男なら気にしないってこともないと思うが」

 寝るときは部屋着に使っている黒いジャージの上下だ。外に出るときは、面倒だと思いつつもちゃんと着替えるのが将人である。部屋着姿や寝間着姿を他人に見られることに抵抗感があるため、こうして急に訪問されるのは好きじゃないのだ。

「困るとすれば、全裸だった場合くらいだとわたくしは考えていますから」

「あー、そういう感覚なのか」

 ――まったくもって、理解しかねる……。

 長い付き合いだが、光の思考は今ひとつ読めない。

「キッチン、お借りしますね。将人くんは着替えるつもりでしたらご自由にどうぞ。三〇分はこちらで作業しますので」

「んー、好きにしろ。おれは部屋を片付けるから」

 適当な場所に袋を置くと、将人はさっさと自分の部屋に引きこもった。

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