第5話 恋する月長石の強かな戦略1

 十月二十四日木曜日。

 いつも一緒に昼食を取っている海宝かいほう真珠は部活のランチミーティングのために姿がない。珍しく穏やかな時間が流れていた。

 ――話すなら今でしょうね。

 噂好きな真珠がいると根掘り葉掘り聞かれる可能性が高い。彼女がいない間に話をつけておきたかった。

 光はゆっくりと口を開く。

「紅ちゃん、一つ頼まれごとをしていただけませんか?」

「なぁに? 真剣な顔で」

 既に昼食を終えている。休み時間もそろそろ終わる時間であるので、食堂のテラス席から見える景色に生徒の姿は疎らだ。

「今夜は紅ちゃんと夕食を御一緒しているということにしておいて欲しいのです」

 告げて、光はにっこりと微笑んだ。首を僅かに傾げた拍子に、綺麗に整えられたおかっぱの毛先がサラサラと揺れる。

「別に構わないわよ。今夜はあたしも外食の予定だし」

「あら? 金剛くんとデートですの?」

 クラスメイトである金剛抜折羅の名前を出す。紅が付き合っている相手だ。

 光の問いに、紅の表情が明らかに曇る。嫌がっているというよりも、困惑しているといった気配だ。

「二人きりなら良かったんだけど、他にもいるのよ」

 そう告げる様子を見て、ひらめくものがあった。彼女がこういう態度をする人物といえば、一人しかいない。

「その様子ですと、白浪先輩もご一緒のようですね」

 さらりと白浪遊輝の名前を出してやると、誰が見てもわかるのではないかと思えるほどに彼女は狼狽えた。

「ど……どうしてわかるの?」

「うふふ。金剛くんと紅ちゃんの両方を構いたがるのは白浪先輩くらいですもの。あの方は一体どうしたいのでしょうね」

「確かに……」

 からかって楽しんでいる――それが一番近い表現だろう。紅を好きだと公言しているわりには抜折羅の邪魔をしているようには見えないし、紅にアプローチする他の男たちについても同様だ。つまり、遊輝が彼らを排除しようとしている気配はなく、たんにこの状況を楽しんでいるだけとも取れるわけだ。

 また、彼だとわかった理由は一つだけではない。光は続ける。

「それに、今日は白浪先輩のお誕生日ですものね。楽しい時間を過ごせることをお祈りいたしますわ」

「うん……」

 浮かない顔をして項垂れていた紅だったが、唐突に顔を上げた。

「――ん? でも、なんであたしと夕食に行っていることにしたいの?」

 怪訝そうに見つめてくる親友に、光はにこやかに応じる。

「今夜は行きたい場所がありますの。帰るまで時間が掛かりそうなものですから」

「親に内緒にしたい場所ってこと?」

「えぇ。わたくしの家が厳しいことはご存知でしょう? それでも、紅ちゃんと一緒であればいくらか緩くなりますので」

 彼女は詳しい話を聞き出そうと考えていたように見えたが、そこで昼休みが終わることを示すチャイムが響いた。

「さぁ、そろそろ教室に戻りませんと。アリバイ、よろしくお願いしますね」

 始終穏やかな物腰で告げて、光は立ち上がったのだった。

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