第3話 衝撃的な再会3
十月二日水曜日。
授業のある時間は休み時間も含めて、光はずっと紅のそばにいた。彼女のそばにいれば、将人と自然と会える気がして。わざわざ会いに行くほどの仲ではないし、親友を裏切っているように感じる罪悪感からも逃げられる。そんなことを考えてしまう自分を、光は少し呪った。
放課後。チャイムが鳴ってそう経たない頃、まだ一年A組の教室に残っていたクラスメートたちがざわめいた。その喧騒は廊下の方も同様のようで、普段の賑やかさとは種類が異なる。
紅が自分たちとの会話中に視線が集まる先に目を向けた。それにつられるようにして光も見やる。
光には見る前からなんとなく状況がわかっていた。羨望や嫉妬の眼差しが集中する先には、思った通り星章蒼衣の姿があった。
蒼衣は紅と目が合うと軽く片手を挙げて教室に入ってくる。
彼は、一年生クラスが集まる四階には滅多に現れない三年生だ。しかも一番の有名人であろう生徒会長である。そんな彼がこんな場所にやってきたとなれば、周りが動揺するのも頷ける。ましてや、婚約の発表があったあとにこうして紅の元に現れれば、より注目の的となるだろう。
紅は咄嗟に立ち上がる。蒼衣は紅の前までやって来ると止まった。
「迎えに来てしまいました。これからデートでも如何でしょう?」
にこやかな微笑み。こんなふうに声をかけられることを夢見ている女子生徒は多いはずだ。
「はい、喜んで。迎えに来ていただかなくても、こちらから伺いましたのに」
紅も微笑み返す。ふだんの彼女とは違うおしとやかな振る舞いは、蒼衣の婚約者にさせるためにまわりがお膳立てし続けた成果であろう。
返事を聞いて、蒼衣は机に載せられていたスクールバッグを手に取った。
「その点についてはお気になさらず。私が好きでしていることですから。――行きましょうか」
差し出される右手。そういう仕草も彼は様になる。
紅が一瞬躊躇したように見えたが、どうやら周りの視線よりも彼の意志を尊重することにしたらしい。彼の右手に自身の左手をそっと重ねる。
「はい」
しっかりと握られると、二人は歩き出した。紅は澄ました顔を意図的に作って、蒼衣のエスコートに従っている。
――どんどん遠くに行ってしまう……。
二人が出て行く背中を見送りながら、光は寂しく思う。紅が蒼衣の婚約者になることは幼い頃に察していた。彼女がお茶やお花を習わされていると知って一緒に通い、そばで見てきたから。紅には合わないお稽古ごとだったようだが、唐突に現れた蒼衣に対してそれらしく振る舞えるのだから意味はあったのだろう。
――わたくしも帰りますか。
教室のざわめきが落ち着いたところで、光は立ち上がる。今日の部活動は二年生たちが修学旅行でいないのでお休みだ。まっすぐ帰ってのんびりしようと考えていると、大きな陰が廊下から覗いたのに気付いた。
「ちっ。ひと足遅かったか」
大きな陰――将人は舌打ちをする。
そんな彼と目が合った。光は思わず微笑んで、歩み寄る。
「こんにちは。どなたかに用事ですか?」
知り合いであるとわかるような言い方はあえて避けた。そして、彼の用事の相手が紅であるとわかっていながら、わざと尋ねた。
少しでも将人と話がしたかったから。
「いや、もういい」
興味を失った顔をして、将人は短く答える。
近くで並ぶと、彼は本当に大男だ。見上げる首が痛くなる。自分の切り揃えられたおかっぱ髪が後方に流れるのがわかった。
――六年の間でずいぶんと大きくなったものですね。
出会った当初から体格に恵まれている彼だが、ますます大きくなっていることには素直に驚いていた。彼の父親も兄も背は高い方であるが、将人ほどではなかったからだ。
「そう……ですか」
短いやり取り。それだけで少し嬉しかった。
用事が済んだらしく、将人は大きな身体を意外とスマートに動かしてこの場を立ち去る。
――どうしてそんなに紅ちゃんにこだわるのですか?
自分も一緒に過ごしてきたはずなのに――声にならない問いを胸に秘めたまま、光は下校した。
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