第2話 衝撃的な再会2

 紅は星章蒼衣の指示で、宝杖学院の隣に建つ星章家の屋敷に運ばれた。目が覚めるまではそばにいてあげるつもりでいたが、光の家は門限が厳しい。仕方なく蒼衣に親友を託して、光は帰宅していた。

 ――電話、かかってくるでしょうか。

 そろそろ消灯の時間だ。二十三時には部屋の電気を消して、ベッドに入らねばならない決まりがある。

 ――首尾よく星章先輩が手を回してくれているようですから、心配はいらないはずですけどね……。

 知らせがないのはよき知らせであると自分に言い聞かせ、スマートフォンを充電しようとした時、着信があった。

 火群紅からだ。

「こんばんは、紅ちゃん」

「光、夜分遅くにごめん。今、大丈夫?」

 紅に問われると、光はどこかホッとして小さく笑った。

「いつになったら掛けてきてくれるのかとヤキモキしておりましたわ。なかなかお目覚めにならなかったものですから、とても心配しましたのよ?」

「うん、心配掛けてごめん。星章先輩から聞いたわ。ずっとついていてくれたんだって」

 紅が告げると、光は応える。

「えぇ、もし、男性恐怖症を再発していたら、例え婚約者である星章先輩でも怖いと感じるかと思い、残っていたのですが……大丈夫ですか?」

「たぶん平気。将人個人はやっぱり駄目なんだけど……。って、そうだった。今日は本当にありがとう。来てくれたおかげで助かったわ。光は恩人だよー。一生大切にするっ!」

「どういたしまして。もっと早く気付くべきだったと悔やんでおりましたが、紅ちゃんに感謝されて嬉しいですわ」

 胸の中で渦巻く複雑な感情に気付かれたくなくて、光はわざと明るく振る舞った。わざとらしいと彼女自身でも感じられたが、きっと紅にはわからないだろう。

「ねぇ、この件、先生には何て説明したの?」

「先生には何も伝えていませんわ」

 さらりと答える。親友にたくさん隠し事を持つのは気がひける。このことはさっさと明かしてしまおうと思った。

「だけど、呼んだのよね?」

「将人くんに告げたあの台詞は狂言ですわ」

「え?」

「星章先輩には紅ちゃんが気を失ったあとに連絡しましたの。紅ちゃんの婚約者ですし、学院内の揉め事であれば、生徒会を頼るのが宝杖学院のルールですから」

 確かに宝杖学院の生徒会が持つ権力は強い。他のケースであっても、おそらく同様に生徒会長である星章蒼衣に連絡を取る人は多いだろう。

「じゃあ、このことを知っているのって……」

「当事者と星章先輩、そしてわたくしたちの四人だけですわ。必要であれば、星章先輩が指示を出すと思います。まずは紅ちゃんが落ち着きを取り戻すのを見守り、安全を確保しようという先輩の配慮です。勿論、わたくしも賛同したからこそ、従いましたの。気にする必要はありませんわ」

 状況については蒼衣にすべて伝えていた。こういうやっかいごとについては光が考えるよりも、蒼衣のようなしっかりとした人間が対応する方がよい。彼からも了承を得ている。

「なんか色々と悪いわね、巻き込んじゃって」

「いえいえ。最近は関わり合いが減っていると感じていたくらいなのですから、もっと頼ってくださって構いませんのよ?」

「昔っから光にはお世話になりっぱなしよ。今度何か奢るわ」

「うふふ。楽しみにしておきますね」

 紅と一緒に過ごす時間はとても楽しいが、高校一年生になってからはその時間が減っていた。彼女にも彼女の付き合いがあるから、離れてしまうことは仕方がない。頭ではわかっていても、納得できていなかった。だから、デートの約束をしたみたいで素直に嬉しい。

「――ところで、どうして戻って来たの? 真珠まじゅと下校したはずよね?」

 紅の疑問に、光は素直に答える。

「はい。ただ、帰りの途中、転校生の話になりまして、B組に将人くんが入ったと聞いたのです。それであの事故のことを思い出し、念のために電話を。それでも繋がらなかったものですから、この目で確認しようと戻りましたの。紅ちゃんのスクールバッグが階段に置き去りにされているのを見たときは、とても動転したのですよ? そのあとまもなくお会いできましたが」

「――光もあの事故のこと、覚えていたのね」

 紅は十歳の時、事故で背中に大きな傷を負っていた。その現場に居合わせたのが、将人と蒼衣である。光はその場にはいなかったが、とてもよく覚えていた。

「わたくしの両親の病院で入院されていたので、余計に記憶に残っているのですわ」

「あぁ、そうだったわね。光の両親にはとってもお世話になったわ」

 彼女は思い出したようだ。

 紅は光の父親が経営している小さな病院で、怪我が落ち着くまで入院していた。看護士である光の母親に面倒をみてもらっていたはずで、あの事故が起きた夏に限っては光はお見舞いによく通ったものである。

「懐かしいですわね。あの頃はまだ――」

 言いかけて、光はやめる。今はまだ話す時ではないと直感したからだ。機転を利かせて言葉を瞬時に選び直す。

「……あら、こんな夜更けに長電話はよろしくありませんわね。昔話はまた日を改めましょう、紅ちゃん。今夜はゆっくりお休みになってください。明日欠席するなら、早めに連絡くださいね」

「了解。明日はちゃんと出席するから、大丈夫。――じゃあ、今夜はこれで。おやすみなさい」

「おやすみなさい、紅ちゃん。良い夢を」

 そう告げて、光は通話を切ったのだった。

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