第1話◆何時もの朝◇




 胸を締め付ける感覚に意識が浮上する。


「ティーッ…!――っ?…何時ものゆめ、か…」


 見馴れた自分の部屋のベッドで目をさました。瞬きすると同時に涙が耳まで伝い流れる。その感触に寝間着にしているスエットの上着の袖で顔と耳を拭う。

 寝ている間に少し汗をかいていたようで、体がベタついていて気持ち悪い。



 小さい頃から繰り返し見る同じ夢。最初に見たのは5歳の頃。かなしくて悲しくて泣き叫びながら、目をさました。

 両親はひどく驚いたあと抱きしめ、なかなか泣き止まない俺の背中を優しく叩きながら根気よくあやしてくれた。

 4歳年下の妹、菜々美ななみも俺の泣き声につられて泣き出してしまったが。




 夢の中に出てくる少女は見たことがないはずなのにどこか懐かしく、瞳に悲しみの光を湛えて優しく微笑む。


 あの夢を見たあとは何時も胸が苦しく、焦燥感に襲われる。




 ちらりとデジタル式の時計を見る。AM5時10分と表示されている。

「5時か…。まだ少し早いな」


 鬱々とした気分を変えるため、ベッドから起き上がり部屋の正面にある窓に近づきカーテンと窓を開ける。

 俺の部屋は2階にあり、何時もより早い朝の景色は少し眺めが良くみえる。まだヒンヤリとしている空気を肺に一杯吸い込む。


 汗でじっとりとしていた体に冷たい空気が心地いい。


「うしっ。久々に体を動かしますか」


 声を出して気合いを入れる。



 階段を使い1階に降りてリビングに出る。

 まだ誰も起きてないようだ。


 洗面所に向かいとりあえずか顔だけ洗う。上の棚に仕舞ってあるタオルを取りだし顔を拭く。

 タオルを何時もの場所にかけ、リビングから庭に出れるのでサンダルをはいて外に出る。


 運動する前に関節を動かし、体を柔軟させる。体を少し温まるぐらいに柔軟させたら、一通り習った武道の中から空手を選び型をなぞる。


「ふっ」


 ヒュッ


「せいっ」


 シュッ


「はぁあっ!」


 ドコォォオン


「あっ!…しまった……」


 足元に先ほどの音の原因、小さなクレーターが出来ている。

「足に力を入れすぎたな…。はぁ、地面埋めとかないと」


 向坂さきさか 珀斗はくとは昔から他の人とは身体能力違っていた。幼い頃は小さな違和感だけだつたが、成長するにつれ体は異常に頑丈になり力が増した。

 走るのも本気で走ったことがない。自分は異常だ。常に力を、精神を律してきた。


 異常であるが故にどんな武道も長続きせず辞めてしまった。

 日常生活をする分には力を加減できるが、武道になると集中し過ぎるせいか加減をわすれてしまい、その内誰かに怪我をさせそうだったからだ。



 俺の今の状態だと怪我処か相手の命が危ぶまれる。



 俺は普通だと証明しょうとした結果、様々な武道者の有段者たちを一瞬で倒しまくって出入り禁止になったせいも、ちょっぴりだけある。



 両親と妹はそんな異常な俺にたいして愛情をそそいでくれる。

 感謝してもしきれないくらいだ。


 それでも、何か足りない。自分でも何かはわからない。




 ただ、足りないのだ…。






 *****





 一旦家に戻ってさっとシャワーを浴びる。

 風呂から上がりリビングに行くと両手を腰にあて、仁王立ちでいる菜々美がいた。

 寝起きのせいなのか眉間にシワを寄せてちょっと機嫌が悪そうだ。


「おはよう菜々美。今日は少し起きるの早いな?」


 リビングにある置き時計を見ながら声をかける。時計の針は5時50分を指していて何時もより20分ぐらい早い。

 中学生になったからだろうか?

 早起きは良いことだ。―と、うんうんと一人で頷きながら納得していると菜々美が顔凄ませながら近づいてくる。


「おはようお兄ちゃん。こぉんな朝早く、な・ぜ私が起きてるのかって??その言葉、良くのうのうと言えたわね」


 そう言いながら左右の頬っぺたを指でつねりながら引っ張りあげられる。


「お兄ちゃんが朝早くからでっかい音を出すからよ!」


 眠りを妨げられかなりお怒りのようだ…。


「またど~うせ、庭でもほじくり返したんでしょ」

「ほぅだ、ひょふははっああ。えぁいおお、あいえふぁんな(そうだ、良く分かったな。でかい音、出してすまんな)」


 お見通しのようだ。流石は我が妹なり。

 菜々美とじゃれついていると、母さんが階段から降りてくる。


「ふぁ~…珀斗、菜々美おはよう」

「「母さんおはよう」」

「貴方達、兄妹の仲がいいのはと~ても母さん嬉しいんだけどこんな朝早くはちょっと近所迷惑ね」

「「ごめんなさい」」


 菜々美がしょんぼりしている。

 中学生になったと言えどまだまだそういう所は子供だ。


「父さんは?まだ起きてないの??」

「えぇ、まだ起きてないわ」

「あんな大きい音がしたのに?!」


 流石父さんだ。一人うなずく。


「ほらほら、そんなこと言ってないで折角早く起きたんだから、学校の準備してらっしゃい。朝ごはん用意しとくから」

「「は~い」」




 何時もの光景、何時もの平和な朝だった―――










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