逃走実況中

ねこまきね

プロローグ

「わこつです!@ハンパーグ」

ぼくがキーボードに打ち込んだ文字は、たくさんのコメントと一緒に画面に映し出され、右から左へと流れて行く。ぼくは心を踊らせながら黒い画面を眺めている。世界中のゲーム実況者ファンたちも同じ気持ちだろう。

しばらく無音が続いた後、マイクのスイッチの独特のガサガサという音がなった。


「あーあー。こんちゃーす、カラアゲと申しまーす。今日は暑いねー、みんな元気してる?」

待ちに待った放送が始まった。このお気に入りの実況者のラジオは、いまや週に一度の楽しみになっている。

画面には『こんちゃーす』『待ってた』『いきがい』など、お決まりの挨拶が大量に流れている。


「みんな聞いてよ、先週ゲームセンター行ったんだけど、なんであんなにクレーンゲームって取れないようにできてんだろね」

すかさず合いの手をいれるようにコメントが流れる。

『取れるよw』『スキルの問題』『私昨日リラックマの大きいやつ取った』

「うそうそうそ。取れないのオレだけ?すげー粘ったよ。帰り際なんて店員さんも憐れむ目で見てたからね」

『www』『ヘタラゲ』『そういや昨日めっちゃ下手な人いたな』

「えーそれきっとオレだよ。見てたなら助けてよー」


トークはコメントを拾いながら軽快に進んでいく。

この実況者は、実況者にしてはあまりゲームが上手くない。どちらかと言えば「抜けて」いるのだが、そこが愛される理由だろう。ついつい応援したくなるのはぼくだけではあるまい。

ぼくはコメントを打つ手を止めて、いつのまにか話に聞き入っていた。


最近、彼に憧れて、ぼくもアカウントを開設し、実況者の仲間入りをした。

【半端あぐ(ハンパーグ)】という名で、二日に一度ほどゲームの生放送を行っている。最初は1人か2人の参加者だったが、コツコツと続けているうちに、いまは50人ほどがコミュニティ登録をしている。

とはいえ、彼ら有名実況者ともなれば、50万人くらいのファンがいるから、同じ実況者と言えども、比べるのもおこがましい。


(いつかこんな風に放送を盛り上げたいなあ・・)

ぼくは片目で放送を眺めながら、自分が「向こう側」にいる姿を思い浮かべていた。

必要なのは何だろう。話術だろうか、声の質だろうか。それとも持って生まれたカリスマ性だろうか。

待ってろよ。ぼくもすぐにそっちに行くから。


画面の端では、参加者を示す数字が、1万人を超えたことを告げていた。


<本編につづく>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逃走実況中 ねこまきね @nekomakine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ