さんすう 2

「うさぎさんが三匹のネコさんにリンゴを二個ずつあげました。うさぎさんはいくつリンゴを持っていたでしょう?」

 チョークを置いたライフが穏やかに問う。

 

 かけ算か。席に戻ったワルディーは一生懸命「う・さ・ぎ・さ・ん・が」とノートに書き込んでいる。

 

 ライフが意外にかわいいうさぎさんやネコさんを丁寧に黒板に書いてるもんだから俺はチョット吹き出しそうになった。


・・・・・・あれ? 黒板消しでネコさんを消し始めた。


 違う! 修正だ! さっきと耳の角度が違う! ネコさんの耳が少し下がった!


 俺はプルプルと震えながら吹き出すのを必死にこらえた。謎のこだわりだ。


「さっきのがしゅき、好きれす」

「ダメよ。コッチの方がカワイイわ。というか答えは?」

「・・・・・・ねこさんのお名前は~?」

「式に必要の無い要素ね。でも気になるの?」


「お名前ないと、かま、かわいそです」

 そう言うとワルディーはチョットだけうつむき、なんだか切なげだ。

「・・・・・・どうやら先生が間違っていた様ね。私は効率を重視したばかりに、とても大事な事を忘れていたわ。・・・・・・そう、心の式を、ね」


 しばらく遠い目で外を眺めるライフ。リンゴの数は一体・・・・・・。


「ネコさんの名前は『りゅうしろう』に決定よ」

「パクんな」

 さらりと言うライフに俺が穏やかにツッコむと、ワルディーが大興奮だ。

「ん、ねこ、こ、も、も、ん、ん、りゅし、リューシロ!」

 揺するな揺するな俺のヒザを揺するな。またネコみたいな口してこの子は。

「・・・・・・三匹いるじゃん」

 俺がどうでもいい感じで投げかけると、ライフは無表情。

 やがてチョークでネコさんの絵を突付きながら「『りゅういちろう』、『りゅうじろう』」と彼女は逃げた。

「・・・・・・その流れなら『りゅうしろう』は『りゅうざぶろう』だろ」

 俺がどうでもいい感じで投げかけると、ライフは無表情。


「・・・・・・『りゅうざぶろう』」

「うさぎさんが!?」

 チョークでうさぎさんを突付いたライフ。俺は衝撃で固まった。


 うさぎさんとネコさんの関係性に新たな謎が生まれたところでワルディーは自分のノートをむ~、と難しい顔で睨みながら独自の答えを導き出した。

「さんびゃくえん、くらいです」

「何で値段を推測したのよこの子は。ブー。ハズレよ。じゃあカタリ君。わかる?」


・・・・・・何だその挑発的な顔は。失敬な。


──ふん。いいだろう、魔女め。

 俺が今、貴様の仕掛けた罠を暴いてやるよ。

 

 そう、彼女は仕掛けやがった。彼女は魔女さ。

 未熟な少女を知の迷宮に落とし込み、霧に包み鎖で繋ぎ高笑う悲しき女。孤独な魔女だ。


──俺が今、解放してやる。ワルディー。そして魔女、お前もな。


「うさぎさんがいくつリンゴを持っていたか、正確な数は誰にも解らないんだワルディー。いくつ以上持っていたのか、と言うなら簡単だ」

 俺の静かな声に、魔女の表情が驚きの色に変わってゆく。

 

 固唾を飲んで見守るワルディーの視線を感じながら俺はゆっくりと立ち上がり、彼女達の最後の鎖を断ち切ってやった。


「うさぎさんがリンゴを六個だけ持っていたのか、十個持ってる内の六個をネコさん達にあげたのか、それは永遠の謎なんだ。この問題はかけ算の知識を試す事を装い、実は文章の読解力を試すモノだったんだ」


 未熟な子供に出す問題じゃないだろう・・・・・・。なぜお前の心はそんなに凍りついたんだ。


 魔女に突きつける人差し指は微動だにしない。怒りではない。悲しみ。



「・・・・・・え、ごめん、普通に六個なんだけど・・・・・・」



 魔女のその言葉を聞くまで、俺の悲しみが癒える事はなかった。

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