この前はドウモ
「ワルディー。落ち着きなさい」
静かな声が響いた。
「空院さん、ご苦労様。後は引き受けるわ」
教壇に備え付けの椅子に座る女性は熱の無い声と眼差しをシズカに向けた。
「よろしくお願い致します。ワルディー、お昼ご飯の時にまた。カタリさんも一緒に」
シズカは女性に会釈すると、ニコニコしながらワルディーをなでなでした。ワルディーも満面の笑みでシズカに抱きつき、じゃれついていた。
「ミーアキャット組担当教官、ライフよ。統合軍から派遣されている軍事教官でもあるわ。正式には統合陸軍極東方面司令部所属の軍人で、階級は大佐」
教壇から向かって右側の席に座る俺に、ライフは冷涼な眼差しで自己紹介をした。
ファミリーネームはないらしい。
この時代、親も知らずに孤児として生きる子供も多いのだが、そういった者達の中にはあえて苗字やファミリーネームを持たないといった主義もあるらしい。
まあライフがそれに当てはまるか、は別として。
興味ない。
好きに生きればいい。ただの識別記号だ。判ればいいんじゃないか?
俺はそれについて何も訊かなかった。
ミディアムレングスの銀髪にやや褐色の肌。美しい顔立ちだが、その何モノにも動じなそうな落ち着き払う眼差しが、やや冷たい印象を周囲に与えている。
黒い軍服がカッコイイ。ライフ大佐、か。
だが、どうでもいい。やっぱり俺は何も言わず、会釈だけしておいた。
俺は依頼をこなすだけだ。
「彼女はワールディア・シー。イギリスからの交換遊撃隊員よ。ワルディー、自己紹介を」
ライフは俺の隣の席に座るワルディーに視線を移した。俺も横目で彼女を見た。
ワルディーはとても素敵な笑顔で「ん、ん」と頷き、ちょっとキリッっとした表情でふ~、は~、と深呼吸を繰り返すと、たどたどしく口を開いた。
「わ、ワールディアれす、です。女子えす、です。酢めしとねこがすきです。酢めしとごはんでダイジョウブです」
いや大丈夫って言われましても。
酢めしオカズにご飯いけちゃうの? 反応に困った俺はライフに目を向ける。
「・・・・・・私はエビせんが好きね」
いや訊いてねえよ。まあウマイけどなエビせん。
「リューシロは、おしゅ、ごシュミなんスか?」
なんスかって。お前は後輩か。
・・・・・・趣味・・・・・・か。昔、あった気もする。
「・・・・・・ネコ」
俺は思い出すのも面倒なので適当に合わせておいた。
「・・・・・・趣味が猫・・・・・・? 猫を飼うのがって事? 猫を食べるのが? 猫を被るのが?」
ライフが首を少し傾げながら尋ねてくる。と、ワルディーがなんか大興奮だ。
「ん、ん、ねこ、こ、も、も、んも」
猫好きなんですか? 的な事でも言いたいのか。俺のヒザを揺すりながらワルディーは目を大きく開けてまたネコ口だ。頑張って何か言おうとしている。
「ハッキリなさい。猫をどうするの? 舐めるの? 訴えるの?」
「んも、も、ここ、ね、ね? ん、ね?」
揺するな揺するな鬱陶しい。いや何この状況。何で俺は「ネコ」って言っちゃったんだろう。
あ~めんどくせ。
やかましい女達の声を遮るかの様に俺はゆっくりと立ち上がった。そして握りコブシの親指で自分を指し示すと、突然のアクションに口を閉ざした愚かな生命達に俺は告げた。
「──俺が、猫だ」
しばらく時間が止まった。
何で俺はこんな事しか言えないんだろう。
立ち尽くす俺を無言で見守る女達。
室内に、外からの小鳥のさえずりがよく響いていた。
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