夢見るUFOガールズ

ヤミヲミルメ

夢見るUFOガールズ

「これを流せば世界中がひっくり返るわ!!」

 メガネをかけた少女がスマホで空を録画しながら林の丘を駆け上っていく。

 深夜零時を少し過ぎた空。

 白い光を放つ何かが、丘の頂上に向かってゆっくりと降りてきている。


「本当にキミのトリックじゃないのか!?」

 隣を走るツリ目の少女もまた、自分のスマホをかざしている。


「……ぜえ……ぜえ……はあ……」

 二人の後ろには、これといって特徴のない少女がついてきていた。

 春には地元の人が花見に訪れる丘は、今の季節は葉桜だが、あふれる毛虫にいちいち悲鳴を上げているのは三人目の少女だけだった。


 三人は高校の超常現象研究会の仲間。

 この丘は地元では有名なUFO目撃談の多発地帯であり、丘のふもとには古代の祭壇と云われる謎の大岩がある。

 古代人はこの岩の上で儀式を行い、神と対話をしたと伝えられている。




 走りながら三人はそれぞれの頭の中で、部室での会話を思い出していた。

「この“夢見草の神”っていうのはグレイ型宇宙人のことよ!」

 そう言い出したのはメガネの少女。

 もっとも『神の正体はエイリアン』という発想自体は良くあるオカルト本の受け売りだった。

「神もグレイも居るわけないよ」

 そう言ったのはツリ目の少女。

 超常現象研究会に所属する人間とは思えないような言葉だが、そもそも彼女がこの部に入ったのは、彼女いわく、超常現象を科学的に否定するため。

 それでも追い出されたりしないのは、部員がこの三人しか居らず、一人でも減ると廃部になるから。

 方向性はどうあれ超常現象について調べ、考えること自体には彼女も情熱を注いでいた。

「本当にUFOが来てくれたらすごいことになるねっ」

 三人目は単純にわくわくしていた。


 それから三人は文献をあさり、神あるいは宇宙人を呼び出すための儀式の方法を探り出し、そして今夜、ついにその儀式を再現した。

 岩の上で祈りを唱えて舞い踊り、かがり火は山火事になるとマズイのでパーティー用のLEDランプで代用して、あと、お神酒もお店では売ってもらえなかったのでコーラをまいたが、そんなんでも謎の光は来てくれた。

 きっと久しぶりに呼び出されて、向こうも嬉しかったのだろう。




 ようやく丘のてっぺんにたどり着いた。

 そこには真っ白な服を着て真っ白なひげを生やした小柄な老人がたたずんでいた。

「ワシを呼んだのはおまいらか? ワシが神じゃ」

「何このジイさんボケてんの?」

「それよりあの光はどこに?」

 メガネッタとツリメーゼがきょろきょろと辺りを見回すが、宇宙船らしきものもプラズマらしきものも見えない。

「あ、あの、おじいさん、大丈夫ですか? もしかして徘徊とかしちゃってます?」

 ヘイボンヌだけが老人を気にかけているが、本当に神さまだとは微塵も信じていなかった。


「何よー! UFOなんてどこにも居ないじゃないのよー!」

 メガネッタがいらだたしげに手近な桜の幹を殴る。

「やはりプラズマだったか。うん。プラズマこそ科学だ」

 ツリメーゼは妄信的科学崇拝者である。

 つまりあんまりわかっていない。

 ヘイボンヌは困ったように笑うだけ。


「あの、おまいら、ワシのこと呼んだよね?」

「はア!? ジジイに用なんかあるわけないでしょ!?」

「だって神を呼び出す儀式をしたよね? してない?」


「あたしたちはグレイを呼んだの!! グレイはどこ!? 目がでっかくて脳ばっかり発達して手足が退化しちゃったカンジのエイリアンはどこなのよ!?」

 メガネッタの剣幕に、ツリメーゼとヘイボンヌは肩をすくめる。

「まったくキミは、グレイだなんて非科学的な……宇宙人といえばタコ型に決まっているだろうに……」

「あたし、耳がとんがってるのがいいなー」


「何を言っちょるのかサッパリわからんが、これが近ごろの若いモンっちゅーことなのかのう。ふむ……本当は奇跡の安売りなんぞしたくないのじゃが仕方あるまい! 見よ! これがワシが神である証拠じゃ!!」

 神さまが両手を振り上げた。

 夢見草の神。

 夢見草とは、夢のようにはかなく散る桜のこと。

 神が起こした奇跡によって、少女たちの頭上の葉桜が満開の花に変わった!!

 が、誰も見ていなかった。

 暗いから見えにくいというのもあるが、三人は頭を寄せ合って話し合いに夢中になっていた。


「とにかくUFOが現れたのは間違いないのよ! 宇宙人が実在するのは事実なのよ!」

「だけどどこにも居ないじゃないか」

「あの光は見間違いだったのかなぁ……」

「何でよ!? スマホにちゃんと録画されてるのよ!?」

「うむ。何もかも見間違いで片付けるのは非科学的だ。あれはプラズマだったと考えるべきだ」

「「いえ、それはそれで無理が」」

「なぜ声をそろえる?」

 会話の内容はアレだが、声がカン高いので、きゃぴきゃぴとした雰囲気になる。


「……なあ……おい……ちょっと見ろよ……」

 神さまは丘に生える桜の木に次々と花を咲かせていくが、少女たちの誰一人それに気づかない。

 さて困った。

 こんな時、神はいったいどうすれば良いのか。

「人類、滅ぼしちゃおっかなー」

 すねてつぶやく。

 人類の命運は少女たちの手に握られた。

「いいのか!? ワシ、この世界をぜーんぶ消しちゃうぞ!?」


 張り上げられたその声に、さすがの少女たちも振り返った。

「今、消すって言った?」

「何を消すと言ったのか聞き取れなかったのだが……」

「あ、もしかして、記憶を消すってやつ?」


「まさかこの人、メン・イン・ブラック!?」

「MIBか!? アルファベット三文字……科学的だな!!」

「そんな!? MIBが真っ白い服を着てるなんてズルい!!」

 無視をするのはやめてくれたが、神さまとしてうやまうのには程遠い。


「ええい、こうなったら、バル……げーーーーーーぷ!!」

 それは夢見草の神の長い歴史の中で最長のげっぷだった。

 少女たちは冷たい目で神をにらんで後ずさりした。


 いやいや、おかしい。

 こんなげっぷが出るなんておかしい。

 神さまは少女たちに背を向けて、儀式の岩へと駆け出した。




 岩の上ではコーラの泡が乾いて固まっており、LEDランプが置きっぱなしにされていた。

 お神酒の代わりにまかれたものが何だったのかは神様にはわからなかったが、かがり火が本物の炎でないのは理解できた。

 うかつにもこんなニセモノで召喚されてしまったなんて神としての名折れだ。

 神さまは腹立ちまぎれにLEDランプをぶん投げた。

 ここはさすがの神さまパワーで、室伏に投げられるよりも良く飛んだ。




「ああ! UFOだわ!!」

「いや! プラズマだ!!」

「ああん! スマホ、スマホ!!」

 丘の上で少女たちが騒ぐ。

 三人が立つ中央の地面に、ドスンと大きな音を立て、UFOならぬLEDランプがめり込んだ。

「…………」

「…………」

「…………」


「ランプが空を飛ぶなんておかしいわ!! これは間違いなく宇宙人の仕業だわ!!」

「そんなわけがないだろう!? どこかにマッチョが潜んでいるんだ!! それが科学だ!!」

「もう帰ろー!! マッチョが潜んでるなんて怖いよー!!」

 少女たちが丘を駆け下りる横で、満開の桜の花びらは散ることもなく、それこそ夢のように葉っぱに戻り、毛虫たちは食事を再開した。

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