第16話 バス停
それから三月が過ぎ、傾いた陽ざしが秋を感じさせる土曜日の午後、和哉の許に一通の葉書が届いた。宛名の手から彼は直ぐに差出人を悟ったが、消印が腑に落ちなかった。
裏を返した。するとそこには、転居を知らせる文面と写真がレイアウトされ、――にやける泰二の横にマヤの笑顔が寄り添っていた。
末尾の「村山泰二」と並んで「康子(旧姓小川)」とある余白には、『今度飲みましょう!』と不揃いな文字が添えてある。
「あいつ、……」和哉は玄関先で一人苦笑した。――
そんな彼も、「あさ美」と互いの部屋を行き来するようになって半年になる。
和哉はまたしても國光にやられてしまった。今度は由美香との連係プレーに――「あさ美」は由美香の妹Fだったのである。幸か不幸か、彼女が和哉のアドバイスしたとおり、近い将来の入籍を匂わせたところ、周りの男達はさておき、当のお相手を遠ざけてしまう結果となったのである。あの目敏い國光がこれを利用しない訳がなかった。……
今朝も和哉は酒屋の前でバスを待つ。
やって来るのは最寄駅を通らない系統の車両である。バスは彼一人を拾うと再び動き始める。窓際に腰掛けるのとほぼ同時に音声案内が次の停留所を告げ、ついでにこう加える。
「Oバスからのお願いです。バス停付近での喫煙は、近隣や他のお客様のご迷惑となりますので、おやめください……」
和哉はやはり手許の活字に眼を落としている。 (了)
顔見知り one minute life @enorofaet
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