第15話 ワンピース

 梅雨も明けた七月の或る晩、いつもより早い時間に駅に着いた和哉は、地上に出ると、何の気なしにバスターミナルに目をやった。――朝の復路のバス停には、十人くらいの乗客の列ができている。

「そろそろバスが来る時間なのか……」

 いつもなら自宅まで歩くところ、タイミングがよかったせいか、バスで帰ろうという気になった。ターミナルの外周に沿って進み、乗り場の列の辺りに差し掛かった時、ちょうど右手の駅ビルの自動扉が開いた。――バスの時刻に合わせて誰かが出て来たのである。

 駅ビルのエントランスの照明は節電のせいで殆ど外に届かない。バス停の行先を示す電灯も、乗車位置の辺りを照らすだけで、バスを待つ列の半ば以降はかなり暗い。

 そんな中、和哉は自分と同じく列の最後尾に向かうその人物が女性であることを認めた。夏らしいペールトーンのワンピースが涼しげに浮かび上がったのである。

 和哉は自分との距離が縮まって来たその女性から視線を逸らし掛けた。が、意に反して視線は戻された。――記憶を疑った。そこにいるのは間違いなくマヤだった。

 彼女は和哉と目が合うと、はっとした表情を隠さなかった。それから素足のサンダルにその視線を落とすまで、かなりの時間を和哉は感じた。以前は眼を隠した前髪が眉の辺りで揃っている。その眼差しは穏やかに澄んでいる。白い頬が微かな丸みを帯びている。――彼女の変化を幾つも発見できる程の間があった。

 和哉は、マヤにそれまで見えなかった幼さを見た。

「これでいい……」自然、彼はそう思った。

 今ここにいるのは、あの柱の陰に隠れるように立っていたマヤではない。和哉は、いっとき自分の心に爪を立てた彼女がもはや存在しないことに安堵したのである。……(つづく)

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