第12話 連係プレイ
半年後――和哉と由美香の二人は再び同じ会議室にいた。
と言っても、妹の相談の続きではない。和哉は由美香に異動の内示をしたのである。彼女本人から異動の希望があった訳ではない。和哉が異動の申請を出した訳でもない。異動先の秘書室へ勝手に持って行かれた格好なのである。
向こうの室長から聞いたところでは、彼女の担当は監査役の國光ということだった。和哉に今の室長職を引き継いだのが他ならぬ國光である。
「道理で、人事から何の釈明もない訳だ」――彼の元上司の國光は、他の役員の担当秘書が退職するのを奇貨として、気に召さない自分の今の秘書を取り替えたのである。
しかし、一方の和哉の所には、当面人員の手当がない。
「職場でも自分の事は自分でやれ、ってことか……」
そんなぼやきの心持ちで会議室から戻った彼の机上には、何枚かの電話メモが無造作に置かれていた。――いつもなら由美香が優先順位を付けてきちんと並べておくのである。
「これからはこれが当たり前なんだな……」
そう思いながらメモをめくっていると、『國光監査役』と書かれたメモが出て来た。
「――管理室の伊藤です。先程、國光監査役からお電話をいただいたようなのですが……」
和哉は、いきなり保留音になった受話器を首と肩に挟み、他のメモに目を通しながら、件の秘書からの返答を待った。
「今からお時間、大丈夫でしょうか?」――和哉は役員室に向かった。
「どうぞお――」
和哉はノックした建て付けの悪い扉を開け、一礼して國光の部屋に入った。
「おう、悪いな。呼び付けて――」
そう言いながら、奥の執務机からソファに移動して来た國光は、顎をしゃくって和哉を向かい側に座らせた。
「最近、顔を見せないじゃないか――」
「監査役のお手を煩わせるような事も起きておりませんので」
和哉は木で鼻を括ったような返答をした。
「お前、相変わらずだな。そのうち一人補充してやるから、それで勘弁してくれよ」――監査役に従業員の人事権限などないのが法律上の建前である。
「そういう発言は外ではなさらないでくださいね」和哉はわざと噛み付いた。
「わかってる、わかってる。監査役は監督するだけで、業務を執行する権限はないんだろ?まあ、今回は特別だよ。小林君は会長の遠縁でもあるしな……」
――やっぱり、そんなところか。和哉は心の中で呟いた。そしてこう切り返した。
「私の所に置いておくより、こちらの方が安全ですからね」
「おいおい、嫌味を言うな。それとも何か?……」
「そんな訳ないでしょう」和哉は國光の言葉を遮った。「彼女はちょうど仕事を覚えてきたところだったんです」――彼の頭の片隅に例の妹の件があった。
「まあ、そう向きになるなよ。ところで、――そろそろ『次』は考えているのか?」
國光はにやりと和哉の顔色を窺った。
「はあ?……」和哉は呆れて知らぬ振りを見せた。
「まだ隠居するには早いだろ?何だったら、誰かいい娘を紹介しようか?」
「國光さん、本当に監査役ですか?」
「別に、個人的に紹介しようかって言ってるんだから、いいじゃないか。それとも誰か、もういるのか?」
「いつも、こういう話の時は嬉しそうですね、――いませんよ」
――が、この時の和哉の頭の中には、柱の陰に立つマヤの姿が浮かんでいた。……
ようやく國光から解放された和哉が席に戻ると、待ち構えていたかのように机上の電話が鳴った。和哉は辺りを見回してから受話器を取った。
「はい、伊藤です」
「人事の花園ですが……」
その後、受話器を置いた和哉は頬杖と溜息を同時についた。
――まったく、つまらない連係プレイしやがって。(つづく)
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