第11話 心配な妹(2)

「妹さんは、彼に何か、職場の皆が知らないような、プライベートな事を喋ったかな?」

 そう訊きながら、和哉の頭の中では次の質問が控えている。

「えっと……」由美香は答えのイメージが湧かない様子である。

「例えば、今の、この相談みたいな……」

「ああ、ちょっと違うかもしれませんが、今の彼氏のこととか?――妹は『遠距離』なんです。もう付き合って三年以上で、結婚も考えてるんですけど、彼の仕事が神戸なんです。元々は東京の人で……このままじゃ、別居婚だって――」

「なるほど。――彼氏がいることは言っておいて正解かもしれないけど、神戸か……」

 和哉はそう言いながらも、二人の状況によっては、彼氏の存在が妻子ある男性には好都合に思える場合もあるから、一概に正解とも言い切れないと考えていた。

「その男性に何かされたとか、ある?」和哉は順番待ちだった質問をようやく出した。

「……タクシーの中でよく『手をつなごうよ……』って言われて……今はもう諦めて降りるまで握らせたままにしているとか、……」

「タクシー?」

「ええ、スタートの時間が遅いせいもあるんですけど、電車がなくなるのはいつものことで、――タクシーで送るから、っていうふうになるみたいなんです」

「えっ、家も知ってるの?」

「いえいえ、それはないみたいです。私も初めて話を聞いた時は驚いて――でも、自宅の一本前の道で降りるようにしているから、家まで来られたことはないって……」

「そうだね、そこは気をつけないとね。で、――一応、念のため確認しますけど……妹さんがその男性を嫌がっているということは間違いないんですよね?」

 和哉は壁に掛かった時計が三時四十五分を指しているのをちらりと見て、纏めに入った。先ず在り来りの処方箋を出した後、メモを取る手の止まった由美香にこう確認した。

「ところで、――妹さんは神戸の彼と結婚を考えていらっしゃるということですよね?」

「はい。多分、彼が東京に戻って来たら、結婚すると思います。彼が夏休みや連休で東京に来てる時なんか、ちょいちょい実家へ遊びに行ってるみたいですから――」

「だとすると、これは例えば、の話ですが――彼が東京に戻る前でも、入籍だけ先にしてしまうというのはどうでしょうね?そうすれば、恐らくその男性も距離を置くようになるんじゃないかな、と思います。もしかすると、その男性以外にも、彼程ではないにせよ、妹さんに寄って来る人が結構いるようなことはありませんか?」

「そう言えば、――色々誘われるけど、結局平日は夜が遅いからって……だから、土日はいっつも予定が埋まってるんです」

 由美香は俄に姉の表情を見せ、やや語気を強めた。

「入籍したと知れば、大抵の男性は寄って来なくなると思います。――まあ、こればかりは当人達の気持ち次第ですけどね……」

 和哉は笑顔でそう締め括った。この笑みは、内心、見合いの媒酌人のようなことを言ったおかしな自分に対する冷笑でもあった。


 壁の時計は三時五十五分を指していた。

 和哉は由美香を先に退出させると、少し間を置いてから消灯し、次の会議室へ向かった。(つづく)

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