第10話 心配な妹
「はい、……こんな事、室長にご相談していいのかって思ったんですけど……」
由美香はそう言って視線を落とした。机の下では、恐らく手帳を両手で握っているのが、両腕の張り具合から見て取れる。
「まあ、僕の手に負える事だったら――」和哉は彼女の緊張を解そうと口を挟んだ。
「実は、私の家族の事なんです……」
――彼女の「家族」というのは、一つ違いの妹Fのことだった。Fは職場の妻子ある男性に纏わり付かれて困っているという。業務上のパートナーであるその男性は、Fにしてみれば仕事を教わる相手ということもあって、毅然とした態度で接することができないようである。勤務が深夜に及ぶこともしばしばで、そんな時、決まって二人きりの食事に誘われる。配属当時の新人歓迎会で、お酒がいける口であるというのも分かっているし、一人住まいということも知れているから、正直な彼女には、職場の先輩からの誘いを強く断る理由が見つからない。男性の方もそこにつけ込んで鴨にしているのは明らかだった。
「今どきそんな社員がいるなんて、大変な職場だなあ」和哉は呆れた顔で同情を見せた。
「そうなんです。ウチみたいに通報窓口もないらしくて……」
「そういう話は、なかなか職場の上司にも相談しづらいだろうからね――本来はそうすべきなんだけど。もうどれくらいそんな感じなの?」
「その人と仕事をするようになって二年って言ってました」
「そう……もう結構長いね」
「ええ。最初のうちは、誘われても、余り気にしないで、仕事の話があるからって思っていたみたいなんですけど……」そう言う由美香の表情は歪んでいる。
「段々、仕事とは関係のない話が多くなってきた?――でも今更、断りづらいよね?」
和哉は彼女を代弁すると共に、会話を誘導した。
「そうなんです、室長のおっしゃるとおりなんです」
彼女は顔を上げ、活き活き開いた瞳で二度三度頷いた。(つづく)
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