第7話 先輩

 マヤは冬場も、例のデニムとパンプスのスタイルに変わりがなかった。トップスには黒革の、ハードテイストなジャケットを羽織っていた。

 和哉が膝を痛めてから一年が経とうかという頃だった。

 朝のバス停では、いつものように、吸い殻を捨てて柱の陰から出て来たマヤが、和哉の後ろについた。――彼女も、その頃には和哉の動きで自分のバスが停留所に近づいていることを認識するようになっていた。

 この日は珍しく窓際の席が左右いずれも埋まっていた。恐らく夕方から強い雨との予報が出ていたせいであろう。和哉は仕方なく滅多に掛けたことのない、一番奥の長いシートの空所に収まろうとした。すると、これから左隣りになる女性が何やら彼の後方に合図を送っている。和哉は、この見知らぬ女性に反応しそうになった自分を不快に思いながら、彼女に尻を見せるように身体を半回転して腰掛けた。後部座席のほぼ中央に、その女性を真ん中にして和哉とマヤの三人が並ぶ格好となった。

 彼女はマヤの勤め先の同僚――マヤのその後の接し方から、先輩であろうことは容易に察せられた。比較的混み合った車中であることに頓着なく先輩は会話を始めた。一方のマヤは、慣れない笑顔で――いや、見慣れないだけかもしれないが、作り笑いのぎこちない相槌を打つばかり、発する言葉もその殆どが蚊の鳴くような「ええ……」か、「はい……」である。時々何かを質問されているようであったが、一人挿んだ和哉の所までは届かない声で、答えの内容は判らない。が、それが却って和哉を意識しているように思われなくもなかった。彼にしてみれば、マヤが初めて見せる表情に、――何か猫を被ったような彼女が可笑しくも、哀れに思えてならなかった。……


 駅に着くと、先輩社員、マヤ、和哉の順で降車口に進んだ。和哉は外に出ると、例によってタイミングを計って、――と言っても、いつもより早いタイミングで、彼女達を振り返った。ターミナルを横切って駅ビルに向かうのはいつもと変わりなかった。が、この日はガードレールを跨がず、その切れ目の所まで移動してそこを通り抜けていた。その後、少し長い距離を歩いて自動扉の向こうへ二人は消えて行った。

「どこで働いているんだろう?」

 駅の改札口に向かいながら、和哉は一人考えていた。駅ビルは地下一階こそ飲食店やレンタルCD店などが入っているが、あとはテナントの殆どが企業の、――その中には和哉の勤め先の支社も入っている、基本的にはオフィスビルである。これまでマヤ一人を見ている限りでは、企業のオフィスのイメージは湧かなかったが、この日一緒だった先輩社員を見たからそんなことも頭に浮かんだのであろう。

「まあ、制服に着替えてしまえば問題ないな……」

 和哉はまるでマヤの上司にでもなったかのような、余計な心配をしていた。(つづく)

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